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第87話

「どういうことだよ」  1人だけ訳が分からない隼人が2人に説明を求める。 「いや、一生って僕たちが初めて旭葵と会った小3の時とまんまおんなじ反応をするんだなって思ってね」  うんうん、と大輝が頷く。 「俺たちの陣地から出てきた旭葵を見た瞬間、一生こんな目をして固まったよな。で、その直後に俺の姫宣言をしたんだ」 「そうそう、それまでどんな可愛い子でも、しぶって姫にしようとしなかった一生がね」  未だに窓の外から目を離さない一生に隼人は目をやった。  そんな目をしやがって。  心の中で呟いた。  旭葵の姿が門の外に見えなくなっても一生はそのままだった。すでに教室に残っているのは4人だけになっていた。 「おい」  隼人が一生の背中をドンと叩く。催眠から目覚めたように一生は身体をビクンと弾かせた。 「何か思い出したか」  3人の期待に満ちた視線から一生は目をそらす。 「……いや……」  しんとその場が静まり返った。 「やっぱダメかぁ」  失望が隠せない大輝を湊が小突いた。 「あの、俺の姫宣言ってなんだ?」  一生が訊いてきた。 「戦国合戦のことは覚えてるか?」  大輝の質問に一生はコクリとうなずく。 「旭葵は一生の姫だったんだよ」  湊が告げる。一生は目を何度か瞬いた。 「俺の……姫……」  俯いたまま固まってしまった一生の背中を大輝がさする。 「まぁ、まぁ、まぁ。さてと、じゃあ後はどんなふうに旭葵にこのことを伝えるかだな」 「それだけど、旭葵に伝えるのはもう少し様子見てからでよくないかな。過去のことは僕と大輝でフォローできるしさぁ」 「うん、実は俺も湊と同じ。この際、旭葵が気づくまで黙っててもいいんじゃね?」 「俺は反対だね、最初から言ってるけど」  隼人は憮然と腕を組んだ。 「てか一生はどうしてほしい? 旭葵に記憶のことを伝えてほしい? それとももう少し様子をみてみる?」  湊が一生に向かって首を傾ける。 「そんなの隠し通せるもんじゃないんだから、とっとと言ってしまった方がいいんだよ」  その時教室の入り口でコトリと音がした。 「隠すってなんだよ、記憶ってなんのことだよ」  さっき門を出て行ったはずの旭葵が教室に入ってくる。どこから話を聞いていたのか分からないが、その顔は明らかに怒っている。 「旭葵、帰ったんじゃ……」  動揺する湊の横で大輝は天を仰いだ。 「忘れ物したから取りに来たんだよ。で、俺が気づくまで黙ってって、ってどういうことだよ。何みんなで隠してんだよ」  1人平然と構えていた隼人が口を開いた。 「一生は事故で記憶を一部失ってるんだ。ズバリ言う。一生は他の人や物事は全部覚えているけど、旭葵のことだけ覚えていない」  旭葵の肩がヒクリと動いた。旭葵の中で何が巻き起こっているのかは、その表情からは分かりづらかった。

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