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第97話
早くしないとカラスに食べられるからと、お婆さんにお尻を叩かれるようにして、旭葵は庭へと追いやられた。毎年一生と一緒にやっていた柿狩りを今年は旭葵が1人で担当する。
食べきれないほど採れた柿の実の一部をお婆さんは袋に詰めると「一生のところに持ってきなさい」と旭葵に手渡した。
「え〜、今日じゃないとだめなの? だいたい今日は勤労感謝の日だよ」
「何言ってるんだい学生の身分で。小遣いやるからついでに夕食は外で好きなもん食べてきんさい。それか家で昨日の残りもん食べるか?」
これから老人会というお婆さんはお札をチラつかせ、旭葵の反応をうかがっている。旭葵は昨日の夕食をさっと頭の中で並べて、お婆さんからお札をかすめ取った。
昨日は栗ご飯にさつま芋の天ぷら、カボチャの煮付けといった、いわゆる女性が好きな秋の味覚“いもくりなんきん”を前面に押し出した献立だった。嫌いじゃないが2日続けて同じものを、それを1人で食べるとなるとやはり気が進まない。
柿が入った袋がずっしりと手に重い。下ばかり見て歩く旭葵の頭上には無駄に美しい夕焼けが広がっていた。
一生の家に行くのはいつぶりだろう。最後に行ったのは、ああそうだ、一生が美術の授業中にいきなりいなくなった日だ。あの日は一生の家で旭葵が苦手なパクチー入りグリーンカレーを2人で食べたんだっけ。ずいぶんと昔のことのように思える。
一生は今日、家にいるだろうか。できればいて欲しくない。一生には今、会いたくない。
玄関のインターホンを鳴らすと一生のお母さんが出てきた。一生じゃなかったことに旭葵は内心ほっとした。
「まぁ、旭葵君、よく来てくれたわね」
一生のお母さんは旭葵を見て嬉しそうな顔をしながらも、その目がじわりと潤む。喜びや哀れみといった、複雑な感情が入り混じった涙だった。
一生のお母さんとは一生が事故にあった後、電話で話しただけで、直接会うのは今日が初めてだった。一生が旭葵を忘れてしまったことを一生のお母さんは何度も旭葵に詫びた。
「あのこれ、うちの柿です」
お母さんはハッとして、そしてその顔を翳らせた。毎年一生が柿狩りを手伝っていることを知っていたお母さんは、申し訳なさそうに旭葵から柿を受け取った。
「いつもありがとう、今年はごめんなさいね」
「それじゃ俺はこれで」
「あの旭葵君、上がっていかない? 一生いるわよ。これからちょうど夕食なの、よかったら一緒に食べていって」
「いえ、俺は」
一生がいるならなおさらだ。顔を合わせる前にとっととこの場を去らなければ。旭葵は玄関のドアに手をかける。
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