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第103話

 昨夜降った雨がグラウンドに所々薄氷を張っている。踏みしめると綺麗な蜘蛛の巣状にひびが入った。手の中に吐いた自分の白い息が鼻先を湿らせる。 「うお〜、旭葵、寒いよぉ」  声と同時に後ろから抱きしめられる。 「ひっつくなよ、隼人」 「なんで今日の体育は外でサッカーなんだろ」 「知るかよ、そんなの先生に聞いてくれ」  回された腕を引き剥がそうとするが、手に吸盤がついているかのように、なかなか隼人の手は剥がれてくれない。 「もうすぐ冬休みだね、旭葵はクリスマスはどうすんの? 湊たちとクリパ?」 「いいや、湊の家はクリスチャンだからクリスマスは家族で過ごすんだ。大輝の方は実家がケーキ屋だから毎年家の手伝いてクリパどころじゃない」 「へぇ、それ両方とも初耳。じゃ、毎年クリスマスはどうしてんの?」  隼人の腕の中で旭葵は黙る。  クリスマスは、毎年一生と2人で過ごしていた。一生のお母さんは、入院患者のためのクリスマスパーティで毎年夜勤だったし、旭葵のお婆さんは老人会のパーティで大はしゃぎするのが恒例だった。  一生と激カワちゃんが付き合い出して初めてのクリスマスイブ。2人が一緒に過ごさない訳がない。  昔から、一生の12月24日は1年のうちで女子たちが最も手に入れたい1日だった。  毎年いくつものパーティに誘われていたし、5分でも10分でもいいから、一生とイヴの思い出を作ろうと女の子たちは必死だった。自分にリボンをかけて一生の家に押しかけてくる子もいた。  それもあって、クリスマスはいつも旭葵の家で過ごしていた。 「なぁ旭葵、もし今年まだ予定が入ってないなら、俺と一緒に過ごさない?」  隼人が旭葵の耳元で囁いた。  隼人は月に1度、東京のトライアスロンジムにトレーニングに行っている。今年はイヴの日にジュニアの子たちも集めてちょっとしたイベントをやるのだそうだ。イベントじたいは夕方には終わるそうだが、サンタ役として駆り出される代わりに、都内のホテルの宿泊費をジム側が持ってくれるという。 「普通のビジネスホテルのツインだけどさ、部屋からスカイツリーが見えるんだって。イヴの夜に都内のホテルに泊まれるってそうそうないしさ」 「隼人と2人っきりでイヴの夜をホテルで過ごすなんて絶対ヤダ」 「けんもほろろだな。じゃあさ、2丁目でオールはどお? 地元の知り合いがいろいろイベントやるし」 「それって普通のイベントじゃないだろ」 「あ、旭葵ってそーゆー偏見の持ち主?」  隼人や新宿2丁目はともかく、行ったことのない街で知らない人に囲まれてイヴを過ごすのは悪くないかも知れない。ここにいると嫌でも一生と激カワちゃんのことを考えてしまうだろう。 「オールでイベントだったらいいよ」 「嘘、マジ? やった!」  隼人は息ができないくらい強く旭葵を抱き締めた。 「ちょっ、隼人、苦しい離せって」 「ヤダ、離さない」  旭葵は腕っぷしは強いが、身長や体格は隼人の方が上だ。  隼人はそのまま後ろから旭葵が動けないよう羽交い締めると、その首筋に唇を寄せ、ギロリと視線だけを斜め上方向に向けた。  さっきから隼人がずっと感じている、殺気と言っても過言ではない鋭い視線。  校舎の2階、教室の窓際の席からこちらを見下ろしている一生を隼人は睨んだ。

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