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第104話

 終業式が終わるといつもより早く教室から生徒たちがいなくなる。 「初詣でな!」  大輝は早々と旭葵たちに別れを告げると教室を出て行った。クリスマスを一緒に過ごせない代わり、大晦日の夜から元旦の朝にかけてみんなで近所の神社に初詣に行くのが毎年の恒例だった。 「じゃあ、良いクリスマスを」  湊も軽い足取りで教室を出て行く。なんだかクリスチャンの湊が言うと本場の挨拶っぽく感じる。 「旭葵、明日ちゃんと迷わずに来れるかな。心配だよ」  さりげなく抱きついてこようとする隼人を旭葵は押しやる。最近の隼人は以前に増してスキンシップが多い。 「大丈夫だって、6時に新宿東口のアルタ前だろ」  本当は明日の24日、朝から隼人と一緒に東京に行く予定だったのが、行きは別々になった。  昨日からよもぎがひどい下痢をしていて動物病院に連れて行ったところ、今年流行っている猫風邪に感染しているらしく、明日の午前中も診察に連れて行かなければいけなくなったのだ。 「俺、ちょっと部室に寄って帰るからじゃあな」  湊や大輝と違って明日も会うというのに名残惜しそうにしている隼人に旭葵は手を振った。  チャランゴをケースに入れると、それを持って旭葵は部室を出た。  すでに校舎に人気(ひとけ)はほとんどなく、空気が3度くらい一気に下がったように感じた。  下駄箱で靴を履き替え外に出ると刺すような北風が吹きつけた。今年、お婆さんが編んでくれたマフラーを鼻先までずり上げる。  まだ、渡してないけど一生とお揃いだった。毎冬、一生の首元が寒そうだと、お婆さんは旭葵だけでなく一生にもマフラーを編んでくれたのだった。  旭葵は若草色、一生は群青色だった。丁寧に2人とも刺繍で名前入りだ。  旭葵は今まで一生がマフラーをしているところを1度も見たことがない。きっと首に何かを巻くのが好きじゃないんだと思う。  そんなこともあって、渡さないと思いながらも、なかなかタイミングが掴めないでいた。  門のところで部室のカギをかけ忘れたことに気づいた。面倒だが、引き返す。  今度はしっかりとカギをかけ、再び1階に降りようとした時、下から「鈴」と声が聞こえてきて、とっさに旭葵は身を翻し階段を数段上った。 「明日のイヴは桐島先輩とラブラブデートなんでしょう。どこ行くの? つか、明日もしかして先輩に捧げちゃうのぉ?」  なんで自分はこうもタイミング悪く、いつもこんな場面に出くわしてしまうのだろう。そしてまた、知りたくないのに聞き耳を立ててしまう自分がいる。下に降りていく声を追って旭葵も音を立てないよう階段を降りる。

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