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第105話

「明日はねぇ、アシカガの森のイルミネーションを見に行くの」  アシカガの森とはここからバスで30分ほどのところにある国営公園で、クリスマス時期は他県からの人流を狙って数年前からイルミネーションに力を入れている。  最初の年に一生と2人で見に行った。想像していたより大掛かりで、その幻想的な美しさに2人とも圧倒されたが、人混みにも圧倒され、それ以来行っていない。  あの時、一生は旭葵とはぐれないように、ずっと旭葵の手を握っていた。今年、一生の手に繋がれるのは激カワちゃんの手なのだ。 「それでそれで? イルミネーションの後は?」 「先輩がその気なら、私はいつでも心の準備はできてるよ」  つんざくような奇声に思わず旭葵は耳を塞いだ。 「だよね、だよね、だよね〜。初めての相手が桐島先輩だなんてこの幸せ者めが、このっ、このっ」  激カワちゃんの友人が激カワちゃんを突いている姿が目に浮かぶ。 「あ! 桐島先輩!」 「鈴」  一生の声が階段をまた1段降りようとしていた旭葵の足をすくませた。  激カワちゃんの友人と一生の簡単な挨拶。2人が友人に別れを告げ、連れ立って帰って行くのを聞きながら、旭葵はそのまま階段に座り込んだ。  明日の2人の予定を知ってしまうと想像はよりリアルになる。  予定以外にも分かったことがあった。まだ2人は一線を越えてない。  けど、それももう時間の問題だ。イヴの夜、一生の家には誰もいない。一生の家に何度も行ったことのある激カワちゃん。ロマンチックなイヴのデートの最後、何もないわけがない。 「やっぱ明日、隼人の誘いに乗って正解だったな」  吐いた言葉が階段を転がっていった。旭葵は両膝に力なく顔をうずめた。  立ち上がろうにも立ち上がれなかった。旭葵を律していたものが、波にさらわれる砂の城のように脆く崩れて去っていく。  誰でもいい、誰か壊れた自分の輪郭をもう1度形作って、ここから立ち上がらせてくれ。  誰でもいい、誰でもいいんだ。  ただ1人、一生以外だったら。

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