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第106話

 旭葵はよもぎの入ったキャリーケースをよっこらしょ、と、抱え直す。動物病院からの帰り道、もうこれで何度目か。 「これだけ重いんだから大丈夫だろ」  獣医さんも、よもぎの猫風邪は回復に向かっていると言ってくれた。  前に何度かよもぎを病院に連れていったことがあるが、いつも一生も付き添ってくれていて、よもぎの入ったキャリーケースは一生が抱えてくれていた。  ケースに入ったよもぎは、よもぎだけを抱える時と比べて何倍も重く感じだ。  やっとのことで家に辿り着き、玄関でキャリーケースからよもぎを解放してやる。  よもぎは用心深く匂いを嗅ぎながら辺りを観察し、けれどすぐに自分の家だと分かると、何事もなかったかのように、家の奥へと入っていった。 「ただいまぁ」  居間からテレビの音が聞こえてくるところをみると、お婆さんはまだ老人会のパーティに出かけていないみたいだ。よもぎの後を追うような形で旭葵も家の中に入る。 「なんかよもぎもう大丈夫みたいだよ」  居間を覗くと、テレビ画面に都内のクリスマスイルミネーションの映像が映っていた。  そしてその前に、お婆さんがうつ伏せに倒れていた。 「婆さん!」  テレビから流れてくるジングルベルの明るい音色とその光景があまりにもミスマッチで、ジングルベルがとても軽薄に聞こえた。  病院の廊下の椅子に腰かける旭葵の前を、トナカイのカチューシャをした看護師が通り過ぎて行った。  目の前の扉が開き、白衣をまとった医師が出てくる。赤い帽子をかぶってもいなければ、綿のようなツケ髭もしていないことに、どこか安堵する。 「ウイルス性の風邪をこじらせて、肺炎を起こしかけています。年齢が年齢なので十分な注意が必要です」  いきなり谷底に突き落とされた気がした。  どこかでお婆さんはずっと元気でいてくれるものだと思っていた。いつかやってくるその日は、旭葵が大人になったもっとずっと先のことだと思っていた。大人の自分を想像できないのと同じように、お婆さんがいなくなることも想像できなかった。  お婆さんは点滴やら酸素マスクやらいろんなものをつけられベッドに横たわっていた。まるで旭葵の知らないどこか他の家のお婆さんのように見えた。  とりあえず今日は家に帰って、明日また来るようにと言われた。その間、何かあったらすぐに連絡をすると。  ブラジルの両親に連絡をすると、何かあった時のためにすぐに帰国できる準備をしておくと言われた。  みんな何かあったらって、その何かってなんだよ。  旭葵は思ったが怖くて聞けなかった。  隼人にはさっきも電話をしたが、まだイベント中なのか電話を取らなかったので、お婆さんが倒れたことと、今日は行けなくなったことをメッセージで送っておいた。

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