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ツーマンライブ当日。いつもの対バンと違い、開始時間がお昼前だから早めに集合する予定となった。場所は現場の近くにあるカフェだ。
大学のレポートが多くて昨日は少し寝不足気味だったが、約束の時間には何とか間に合った。
泡沫さんはもう来てるだろうか。少し辺りを見回すが、泡沫さんらしき人物は居ない。もしかして店内で待ってるのかもしれない、そう思った俺は店のドアに手をかけて……
「水科ぁ〜!」
店内ではなく、店の外から笑顔で手を降って駆け寄るのは、爽やか好青年の皮を被った厄介オタクこと泡沫さん。今日は深めにキャップを被っているが、キャップで目元が半分しか見えなくてもその爽やかさと眩しさは衰えない。
「ごめんな、ちょっと道混んで遅れた!」
顔の前でパンッと手を合わせ、申し訳なさそうに謝る泡沫さん。この謝り方が似合う人間、人生で初めて見た。なんというか、昔クラスの女子から読まされた少女漫画のシーンを彷彿とさせる。
「俺も今来たとこ。ほら、行こう」
俺は再度カフェのドアを開く。割と駅近で店内はかなりオシャレだから、お客さんは女の子やカップルが多い。
さて、何故現地集合ではなく近場のカフェに寄ることにしたのか。それはライブ前日、俺のSNSアカウントに来たダイレクトメッセージが事の発端だった。
"モブ陰キャが泡沫に近付くな"
まさかのアイドルではなくアイドルオタクの同担拒否。しかも捨て垢からではなく、絶賛稼働中のアカウントからだ。
女オタオタはよく聞くけど男オタオタも存在しているとは思わなかった。あぁでも、泡沫さんほどビジュが良いと、好きになっちゃう女の子の一人や二人いるか。それにしてもモブ陰キャて。
男オタオタという珍しい存在が気になってしまった俺は、そのままアカウントを覗く事にした。画像欄をボーッと眺めていると、アイドルとツーショしているチェキの投稿を見つける。
黒髪ウルフカットに白のインナー。服は黒を基調としたオーバーサイズのパーカー、厚底すぎて重そうな靴は、踵落とししたらとんでもない破壊力がありそうだ。所詮、地雷系ファッションってやつだと思う。
顔は一部スタンプで隠されているけど、見えている所のパーツが良すぎてキレイな顔立ちをしているのは一目瞭然だ。最初どっちもアイドルかと思った。
あぁ、でもこれ
「男じゃん」
洒落たティーカップを静かに降ろすと、あからさまに顔を顰めた泡沫さん。因みに彼が飲んでいるのはブラック珈琲。
「そんな事になってたのか……俺の考えが浅かった、マジでごめん」
小さく謝る泡沫さんはしょんぼりした。それに気付いたのか、近くの女性客二人が俺達を見てヒソヒソ話している。心なしか視線がチクチク痛い。もしかして俺が悪いみたいになってる?
「言われた事は別に気にしないんだけどさ」
SNSは絡まなければそこで終わるから別に良いんだけど、彼が推しているアイドルは今日行われるツーマンライブに出る予定。つまり彼も現場に参戦すると推測される。
アイドル並みに目立つ格好をしているから彼を見つけるのは容易いだろうし、幸いな事に俺は影が薄いから気付かれる心配もない。つまり現場で絡まれる事はないと思う。ただ……
「あぁ、俺か」
自分を指差して苦笑いをする泡沫さん。
今日早めに集合したのは、地雷系厄介オタクの彼が、俺のせいで泡沫さんに良からぬ事をしてしまわないかと心配になったからだ。
「だから、俺と一緒に居ないほうが_____」
「約束したのになんで?嫌だけど」
食い気味に言葉を返され、思わず背筋が伸びる。表情こそあまり変わらないが、声色から微かな怒りを感じた。
「浬 なら何とかなるだろ。時間近いし、もう行こーぜ」
先程の緊張感から一転。パッと笑顔を見せた泡沫さんはそのまま支払いを済ませ、足早にライブ会場へと進む。あまりの早さに、俺は付いていくので精一杯だった。
「あ、俺の代金まで……払わせろよ!」
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