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7、バレてはない……か!?
静司さんが遊びにきているとき、じいちゃんはいつも機嫌がいい。
静司さんは男性でありながらも、おっとりとした聖女めいた容姿の親切なアラサーで、このあたりの老人(男女問わず)たちからの人気がとにかくハンパないのだ。
いつもたおやかな笑顔を絶やさない静司さんは、すらりと背の高い色白のイケメンだ。花屋だからなのかなんなのかわからないけれど、静司さんからはいつもホワホワといい香り(これが俗に言うフェロモンかもしれない)がして、目元の泣きぼくろがやたらと色っぽい。(ちなみに、俺のタイプからは完全に外れている)
祖父の代から花屋を営んでいる古都 さんちとうちの神社は長い付き合いだ。神前に備える榊 や季節の花々の枝などは、ずべて『トモリバナ』で揃えてもらっている。
ちなみに、俺が妖に襲われた時、たまたま近くを通りかかって異変を察してくれたのは、静司さんの父親・古都 剛さんだった。配達の途中で俺のランドセル(名前入りのキーホルダーで俺のだとわかったらしい)が道端に転がっているのを不審に思った剛さんが、じいちゃんに知らせてあたりを捜索してくれたのだ。
……だが、そのときの記憶は正直あまり残っていない。目が覚めたら俺は自分の布団の上に寝かされていて、ひどい熱を出していた。厳しい表情をしたじいちゃんと剛さん、そして静司さんに囲まれて安堵したことだけは覚えている。
それ以降、静司さんは俺のお目付役のような存在になったのだ。本当はもっと街中のカフェみたいなおしゃれな店でバイトをしたかったけど、バイト先として許可されたのは『トモリバナ』のみ。
現・店長の静司さんは、じいちゃんの料理のファンだからといって時折こうしてご飯を食べにくるのだが、こんな朝っぱらからというのは珍しい。だからこそ、なんだか嫌な予感が止まらない。
だって、まだ朝の六時半だ。こんな時間に、普通人は訪ねてこない……。
とはいえ、神社の朝は早い。
まずは朝五時半から境内の掃除。そして午前六時半の開門の前に朝拝と呼ばれる儀式を行い、神前を整える。お供えを物を準備し、その日一日の安寧を祈る。週末や午前に講義のない日は、俺も朝拝に参列することになっていて、中学に上がった頃から続いている習慣だ。なので、今朝もじいちゃんはとっくに起きて、すでに一仕事終えている。
そろ……と気配を消して居間を除いてみると……じいちゃんと静司さんが座卓の前に座り、揃ってお茶を啜っている。
俺と似て細身のじいちゃんだけど、75になった今も背筋はしゃきっと伸びて、佇まいには隙がない。白い着物に紋の入った紫色の袴を身につけて、鋭い日本刀のような目つきで前方を見据えている。
——え、なに……怖……。なんかぜったい重大な話があるって雰囲気じゃん。黒波のことバレてるのか……!?
しかも、そこに静司さんがいるという謎。なんだか嫌な予感が止まらない。今の入口でまごまごしていると、じいちゃんはノールックで「陽太郎、入れ」と俺に告げた。
「うっ……うん、おはよう」
動揺を押し隠しつつ、俺は二人の前に腰を下ろす。床の間の前にシャキッと座ったじいちゃんと、縁側に背を向けてしずしずとお茶を飲んでいる静司さんを前にして、俺はひきつった笑みを浮かべてみせた。
「な、なんだよふたりして朝っぱらから、改まってさ……」
「それは、自分の胸に聞いてみなさい」
ズン、と重々しいじいちゃんの声に、俺の背筋までシャキッと伸びる。
そして同時に察してしまった。——……ああ、これバレてるな……と。
「ええと……これには深いわけがあって……」
「言い訳はいい! まったくお前は、何を考えておるんだ!!」
「……おっしゃる通りで……」
霊の類は視えないのに、神職として長く仕えてきたじいちゃんは、なかなかどうして勘が鋭いところがある。参拝客や街の人からもしばしば悩み事を相談され、その都度、冷静かつ的確なアドバイスを施す。そうして時折、俺の元へ回ってくるのがお祓いの依頼だ。
『憑かれてるかもしれないからお祓いしてください』とやってくるお客さんのうち、本当に悪いものに取り憑かれているというケースは、実は稀だ。だいたいは気の持ちようで、悪霊のせいだと思い込み、自ら調子を崩している人が多い。
本当に憑かれているか否かという判断は、おおむねじいちゃんでも可能だ。だが、じいちゃんでも判断がつきにくいお客さんや、実際に浄霊が必要な場合は、俺が担当するという流れである。
……と、そんなことは置いておいて、今はこの窮地をどう脱するかというのが問題だ。
全身を硬直させ、膝の上で拳を握り締めている俺を見兼ねたように、静司さんの柔らかな声が聞こえてきた。
「まぁまぁ、陽太郎くんにもいろいろと考えがあってのことでしょうから。ね? 頭ごなしに叱るのはダメですよ、陽吾郎さん」
「だがねぇ、ここはわしも住んどる家なんだぞ? いくらなんでも破廉恥だろう!」
「でも、陽太郎くんだってもういいお年頃です。陽吾郎さんにだって覚えがあるんじゃありませんか?」
「とんでもない! わしはばあさんと結婚するまでは清らかなまま……」
——??? ……このふたり、なんの話をしてるんだ?
破廉恥とか、結婚するまで……とか、鬼を連れ込んだ話からはかけ離れているような単語がちらほら聞こえてくるのだが……?
訳がわからなすぎて顔を上げてみると、じいちゃんと目が合った。するとじいちゃんは「ごほぉ!」とひとつ咳払いをして、やたら声を張ってこう尋ねてきた。
「お前が昨晩部屋に連れ込んでいたのは、どこの男だ!!」
「……はっ?」
「誰と恋愛しようがお前の自由だが、コソコソ男を連れ込むんじゃない! 一応わしにも紹介せんか!!」
「………………へっ?」
そう言い切ったあと、じいちゃんはぐびぐび〜! と湯呑みを傾けてお茶を飲み干した。そして、さらにバツが悪そうな表情を浮かべつつ、ごほんとまた咳払いをした。
「お前はほれ……いくつまで生きられるかわからんだろう。好きなように生きたらいいと、わしも思っとるんだ」
「え、えーと……」
「い、家に連れてくるってのはよっぽどの相手なんだろう? それならほれ……わしも相手さんのことを知っておいた方がいいんじゃないのか!?」
ごほ、ごほとわざとらしい咳払いを挟みながら、じいちゃんはちょっと頬を赤らめている。そして、その横で、したり顔の静司さんがうんうんと深い頷きを見せている……。
——おいおいなんの話だ!? じいちゃんには俺がゲイだなんて話したことはなかったはずだけど……ひょっとしてバレてたの!?
——……い、いや待て待て落ち着け。今、問題なのはそこじゃない! 鬼じゃなくて普通の男連れ込んでるって思ってるんなら、むしろ好都合……!!
「う、うん……そうなんだ。ごめん、何も言わずに、か、彼氏連れてきて……」
一秒くらいでそう思い至った俺は、引きつった笑みを浮かべながらそう言った。すると、じいちゃんは頬をぴくっと引きつらせ、静司さんは白い頬をピンク色に染めて口元を両手で覆う。
「そ…………そうだったのか陽太郎、うん……やはりな……。うん、いや、わしは何も言わんさ。お前が幸せならそれでいい」
「あ……う、うん。ありがとう」
「ま、まぁ……寝起きでいきなりわしに挨拶というわけにもいかんだろう……こっちにも覚悟がいるしな……うん、わしはもう務めに出ることにしよう。うん……まぁ、朝食でも食べていってもらいなさい」
じいちゃん的には、二階に『孫の彼氏』がいるという状況だ。真面目で堅物なじいちゃんにとって、この状況はすんなり受け入れられるものではないらしく、「静司くん、あとは頼んだ……」と苦悶の表情で言い残し、そのまま母屋を出て行った。
俺は胸を押さえ、「はぁ〜〜〜〜〜……」とため息をつく。なにも解決はしていないが、とりあえずこの場は凌げたということにしておこう。
だが、まだ静司さんが残っている。もっと厄介かもしれない相手が……。
案の定、つつつ……と静司さんは尻を滑らせて俺の隣にぴったりとくっつくと、ツンツン俺の腕を突いて微笑んだ。
「陽太郎くんも隅に置けないなぁ。彼氏がいたなんて、びっくりだよ」
「え……ええ、まぁ……」
「陽吾郎さんは動揺してたけど僕は平気だし、まずは僕に紹介してみる? きっと、二階でドキドキしてるだろうし」
「えぇ……いいよそんなことしなくても」
「リハーサルと思ってさぁ、ね? ね?」
静司さんはごくごくふつうの一般人だ。ツノを生やした黒波を紹介できるわけがない。それに、普通に彼氏がいたとしても静司さんに紹介するのはなんか嫌だ。メンタル面でもフィジカル面でも他者との垣根が低い静司さんのことだ、無遠慮に相手にくっついては、根掘り葉掘り事情を聞きたがるに決まっている。
「そういえば、いっとき陽太郎くん、ちょいちょい帰りが遅い日があったよね。上にいる彼氏とデートだったの?」
こういうところにも閉口させられる。家が近すぎる弊害だ。俺の部屋の窓から明かりが漏れているかいないかで、在宅かどうかチェックされてしまう。
しかもその頃は、零士との関係に夢を見ていた時期でもある。……色んな意味でバツが悪くて、「どうでもいいじゃん、そんなこと!」と、静司さんから距離を取ろうとした。
その時、すっと首筋に静司さんの冷たい手が触れた。冷たさと同時に、かすかにピリッとした痛みが走る。静司さんが着ている真っ白なモコモコセーターから弾けた静電気だろうが、文句を言う間もなくそのまま流れるように肩に腕を回されて、もう片方の手で髪の毛を撫でくりまわされた。
「まあまあ! そう怒んないでよ! んー、さすがに今日いきなり顔を見せろってのはかわいそうか」
「そ、そうだよ! あいつも寝起きだし……俺も、正直動揺してるっつーか……」
「そうだね。……ま、陽吾郎さんもああ言ってたし、ふたりで朝ごはんでも食べながら、顔合わせの段取りしたほうがいいんじゃない?」
「顔合わせって……おおげさだなぁ」
「ふふ、陽吾郎さん、ああ見えてすごく心配性だからね」
小さく肩をすくめ、静司さんは微笑んだ。
「陽吾郎さん、血相変えて僕の店に来てさ、『陽太郎の部屋から男の声がする! 靴も隠しとるようだし、友達ならわしに紹介するはずなのにコソコソしとるんだ!! どうしたらいいかね静司くん!!』って大慌てなさってたからね」
「えぇ……そうだったの……?」
「おじいちゃんを安心させてあげると思って。ま、ゆっくり話し合ってごらんよ」
ぱちっとウインクをして見せたあと、静司さんは音もなく立ち上がった。
そして去り際、もう一度僕の肩をばしばしと励ますように叩くのだった。
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