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「全て平均以下だ。もっとマシなのはないのか」
(格好いいって思ったの、撤回。なにこいつ。超むかつくんだけど。でも、我慢、我慢)
リスオは営業用の笑顔を向ける。
「申し訳ありませんが、当店では他に包装紙の準備はございません」
「使えない店員だな。おい、チビ、他のやつを出せ。時間がない」
「チ……!」
リスオは目を剥いた。ぶわっと尻尾が逆立った。
「おい、チビ」
「チ、チビ……」
「チビ、聞いてるか?」
プツンとリスオの何かが切れた。
「……チビって、僕のことですか」
リスオが急に地を這うような声を出した。
「他にいないだろ」
サングラスの奥から、当然というような傲慢な瞳が透けて見えた。その目がさらにリスオの神経を逆なでした。
リス属性のせいか、昔からチビだとからかわれ続け、その言葉を聞くと、どうしても黙っていられなくなる。
(もう我慢ならん!)
リスオはレジの脇を周って、男の正面に立つ。ギロリと睨んた。彼は驚いたように半歩後ずさる。
「身長が低いと何か悪いことでもあるんですか」
「……なに?」
「あんたは先程から僕を下に見ているようですが、チビだと砂糖と塩を間違えるとでも言いたいんですか。あんたが今買おうとしているクッキーは僕が丹精込めて焼いたものです。僕を侮辱するということは僕が作った全てのお菓子を食べずに不味いと言っているようなものです」
「いや、そういうつもりでは……」
「相手の見た目だけで判断するなんて、みっともないよ。少なくとおれはあなたより年上だと思う。あんた、いくつだ?」
だんだんヒートアップしていくのが自分でも解った。悪い癖だった。
「に、二十一」
「ほら、やっぱりおれの方が上だ。おれは二十五だ。年上には敬語を使え。それが最低限の礼儀だ、分かったか!」
「はい……って、なぜ俺様がお前の言うことを聞かなければならんのだ!」
大人しく返事をしたかと思いきや、男はすぐに我に返った。
サングラスを取り、素顔でリスオに挑んでくる。|紫水晶《アメジスト》に似た美しい瞳だった。しかし、むきになる様子はまるで少年のようだ。
「あんたが横柄な態度だからだろ? 店員に失礼なことをいう奴は嫌われるよ」
「見たままを告げただけだ!」
「それが無神経だっていってるの。ライオンだかなんだか知らないけどさ」
「なんだと? 調子に乗るな、げっ歯類っ」
「げっ……! いいよ、わかった。もうあんたと喋りたくない。さっさと買って帰れば?」
リスオはぷいと横を向いた。
「フン、そうさせてもらう! 時間の無駄だった。いくらだ」
と彼は舌打ちをした。リスオが金額を告げると、男は尻ポケットを探ってぴたりと固まった。
「……無い」
「何が」
「財布」
リスオはわざと大きな溜息をついた。
「お金が払えないお客様には商品をお売り出来ません」
男はきょろきょろと尻ポケットを両方ひっくり返したり、シャツの胸ポケットをばんばん叩いたりしている。
「分かっている! フン、現金など無くてもどうにでもなる! カードがあるぞ」
その時、若い男が自動ドアを開けて飛び込んできた。うさぎの耳としっぽがついている。
「キングっ、やっと見つけたぜ。早くしないと新幹線に遅れるぞ」
うさ耳男は、キングと呼ばれた彼の腕を掴んだ。
「今それどころじゃない。財布が無いんだ」
「タクシーの座席に落ちてた、オレが拾っといた。だから早くしろよ。妹さん達へのお土産なんか駅で買えばいいだろ、会議に遅刻する」
「会議など知るか! ここの〈ご当地クッキー〉で全種類コンプリートなんだ。絶対に買う。ずんだ侍のぬいぐるみが……」
「そんなのいいだろっ」
「待てって、おいっ。――おいリス!」
キングがリスオを呼んだ。
「俺様に楯突いたな! 後でクレームを入れてやるっ」
「うるさいバカ!」
「客に対してなんだその態度っ」
「ふんだ、一昨日来やがれバカヤロー!」
リスオはぴょんとジャンプすると、ガリッとキングの腕に噛みついた。齧歯類なので、前歯はなかなか鋭い。でも服を着ているから、肌には到達していない。
もふもふ現代社会では、本能によるこういった諍いは日常茶飯事だ。罪に問われることもない。
「イテッ――……!」
キングは一瞬何が起こったか分からなかったようだ。ただ呆然と、腕にぶら下がっているリスオを眺めている。スミレ色の瞳が大きく開かれていた。二人は至近距離で見詰め合った。
「……お前」
「にゃんだほ(なんだよ)」
「よく見ると……とても、可愛い顔をしてるな……」
キングが呟いた。頬が林檎色に染まっていく。
(な、なにこいつ)
リスオはすぐにキングから離れた。彼は先程と打って変わって、ぽーっとリスオを見詰めている。
「ちょ、ちょっとは痛がれよ、バカネコ」
「え……? ああ、うん、痛いな。とっても……」
キングが噛まれた箇所をゆっくりとさする。なんだか夢見るような仕草だ。
(なんなんだ……)
「な、なんだよ」
リスオは正直びびっている。
「お前、名前は?」
「は?」
「名前」
「リ、リスオ」
一瞬迷ったが、本名を答えた。
「リスオ……素敵な名だ」
キングが柔らかく微笑んだ。きつい印象の瞳が細くなる。その表情を見て、リスオの胸がキュンと甘く疼いた。
(な、なんだってんだ……)
(どうして心臓がドキドキしてるんだよぉ……!)
高校生以来の胸のときめきだった。
「おいっ、あんたら昔の少女漫画か! オレの好きな展開だぜ。――って、ちがーう!」
なりゆきを見守っていたうさ耳男が、とうとうツッコミをいれた。
「キング、良い加減にしろよ〜! まじで遅れちゃうぜ」
「待て」
「ほら早くしろっ。――ご迷惑をおかけしました、失礼します!」
「リスオ! また来る」
キングが真っ直ぐリスオを見詰めて叫んだ。その瞳に偽りはなかった。ドキン! リスオの鼓動が一際激しく跳ねた。
「な……っ」
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