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 うさ耳男はリスオに会釈すると、抵抗するキングを引っ張ってタクシーに乗って走り去った。  嵐のような時間だった。  「一体何だったんだ……。あの変な客」  リスオはぼうっと彼らのいた場所を見ていた。心臓がまだドキドキしている。 (あいつ、おれのこと可愛いって言った……) (噛んだのに、そう言った……) (なんで? もしかして、ドMさんってやつ……?)  見当違いなことを考えながら、リスオはしばらくその場に佇んでいた。 (それにしても、どこかで見たことある顔だったな。キング、か……) (また、会えるかな……?)  鼓動の高鳴りはなかなか終わらなかった。胸の辺りをぎゅっと押さえる。キングのことを考えると、リスオの紅茶色の瞳は自然と潤んでいた。それが何故なのかは、まだ分からない。 ☆~☆~☆~☆~☆  それから一週間経ったある夕方。昨日も遅くまでクリスマスケーキについて考えていたリスオは、落ち込んでいた。 「あのさ、栗田がクリスマスに嫌な思い出があるのはわかるよ。でももっとこう、暖かい雰囲気に出来ないかな?」  馬淵はため息をついた。彼とはプライベートでも仲が良く、クリスマスに失恋した経験があることを話してあった。  彼の手には、リスオが考えたデッサンが三枚ある。 「例えばこれ」  と馬淵は一番上に重ねた絵を見た。  ケーキの中央に女の子の人形が立っていて、頭に粉砂糖の雪がこんもりと積もっている。 「雪のアイデアは良し。でも人形にもこんなに降らせなくてもいいだろう。これじゃ笠地蔵だ。次」 「うーん……」  とリスオ。馬淵は二枚目に移った。 「今度は家とサンタと森の動物達だな。輪になって天を見上げて踊ってる、ってこれじゃ宇宙との交信だろう。こんな怖いの嫌だよ。最後」  三枚目。お菓子の家の中に、女の子と男の子がいて、別れを惜しむように抱き合っている。 「なんだこれ、悲恋か。却下」 「進くぅん」  リスオは情けない声を出した。これで三日連続で不採用である。 「もっと幸福なやつ描けないのかよ。俺は『ハッピー楽しい素晴らしい』みたいのが欲しいんだ。栗田には幸せオーラが足りない。恋人でも作れ。本日は以上、終わり。俺はゴミ片付けてくる」  ぴし、とデコピンをした後、馬淵は厨房を出て行った。リスオはがっくりと肩を落とす。 「幸せオーラが足りないって言われてもな……」  仕事があって、家族は健康で、何でも話せる友人がいる。これ以上の幸福なんてあるのだろうか。  そこまで考えた時、一週間前に喧嘩したキングの顔を思い出した。 (な、ないないない! あいつがおれの大切な人とか、絶対にないから!)  実は、リスオは彼のことを何度も思い出していた。毎日そわそわしている。 (あいつが『また来る』なんていうから、気になっちゃうだろう……)  趣味のホラー映画を見ていても、いつの間にかキングのことを考えている。 (もう止めよ。仕事、仕事)  その時、店主が厨房の扉を開けた。顔を真っ赤にして興奮している。 「栗田くん、お客さん!」 「えっ?」 「キキキ、キングだよ! 二人は友だちなの?」 「キング? 店長知ってるんですか」 「知らないの? 〈モフスタグラム〉の社長じゃないか。よくテレビに出てるよ。すごいんだよ。社員へのお土産にって、店の商品を全部買ってくれたんだ。秘書のウサギさんが持って帰って行ったよ」 「モフスタって、あのモフスタですか?」  モフスタグラムとは世界中で使われている写真共有アプリだ。その経営者といえば資産数億円は下らないだろう。  ITに弱いリスオだけれど、モフスタの名前くらい知っている。しかしその社長が先週自分が腕に噛みついた男だとは思わなかったのだ。 (嘘だろ……! だから顔に見覚えがあったんだ)  リスオが急いで店に出ると、イートインスペースのテーブルにキングが座っていた。店主の言うとおり、ショーケースも、焼き菓子コーナーもすっからかんだ。 「あっ」  リスオの小さな叫びに、キングが顔を上げる。金の襟巻きに、長い脚を組んでいる。テーブルには食べ終えたケーキの皿と、コーヒーがあった。隣の椅子にはずんだ侍のぬいぐるみが二体ある。 「久しぶりだな」  リスオに気付くと、何故か照れたように片手を上げた。 (本当に来てくれたんだ)  喜びが胸に湧いた。しかしそれを隠す。 「まじで来たんだ」  リスオはわざと素っ気ない口調で言った。 「客に対してそういう言い方はないだろう。相変わらず生意気だな」 「ふん。あなたに言われたくない」  ちらりと見ると、にこにこする店主と目があった。 (まずい。この間、こいつに噛みついたこと、誰にも報告してないんだった。バレたら絶対に怒られる)  しかも、今や超上客である。 「栗田くん」  店主が言った。 「は、はいっ!」 「今日はもう上がっていいよ。全部品切れだし」 「えっ、でも明日の仕込みが……」 「大丈夫。僕たちでやるから。ね? たまには早く帰って休みな。そんで……キングさんをまたお店に連れてきて」  店主がこっそりウインクをする。 「あ、ありがとうございます!」  リスオは好意に甘えることにした。キングに断り、一旦更衣室に向かう。着替えを終え、二人は店の外に出た。   「今日はもう店じまいか?」 「仕方ないだろう。誰かさんが買い占めたせいで売るものがないんだから」 「フン、あれくらいの量で品切れか。大したことのない店だ。いつも何時まで働いているんだ?」 「うるさいなぁ。街のケーキ屋だから、あのくらいの規模でちょうどいいんだよ。定時は夜の九時」 「それは遅いのか」 「まあね」  二人はとりあえず歩く。  九月に入ったばかりだというのに、もう冷たい風が吹き抜けていく。リスオはぶるりと体を震わせ、隣のキングを盗み見た。鼻が高くていい横顔をしている。 (中身は置いておいて、顔は格好良いんだよな……)  通り過ぎる人々がチラチラ彼を見ている。 「ねえあの超格好いい人、キングに似てない? 本物の金髪すごぉい」 「キングって、モフスタの社長で、〈セレブリティ格付けチェック〉の最年少王者の?」 「そうそう! すっごいお金持ちなんでしょ? でも超俺様らしいよ」 「最高じゃーん! バカにされた〜い。あの長い脚で踏まれた〜い」 「あはは、そんなすごい人がこんな田舎にいるわけないじゃん。他人の空似でしょ」 「だよね。あはは〜」  リスオは耳をダンボにして彼女たちの話を聞いていた。本当に有名人らしい。 「寒いんだなS台っていうのは。都心とは違う。風が冷たすぎて肺に入ると痛い。今でさえこんなだと、冬本番になったらどうなるんだろうな」 「……」 (それにしても、どうして、またおれに会いに来てくれたんだろう……) 「俺は十歳の時にニューヨークに渡った。あそこもすごく寒かった。けど東北の寒さとはちょっと違うな。なぜだろう。やっぱり緯度経度か」 「さあね……。でも無関係って訳じゃないんじゃない。おれもフランスにいたことあるけど、地域で異なるもの。その土地で獲れる果物の糖度も違うし、水も違った」  キングがリスオを見た。 「お前も海外にいたのか。俺もだ。留学か?」 「あの、おれに何か用?」  その問いに答えず、リスオが言った。焦れていたのだ。二人は立ち止まった。 「それは……」  キングは言いにくそうに首を捻ったり、顎を上げたり、息を吐いてから、ようやく口を開く。

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