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「さっき店でお前の作ったレアチーズケーキを食べた。甘酸っぱいけどくどくなくて、スポンジは柔らかくて、見た目も白一色で上品だった。正直見なおした」
キングは真っ直ぐリスオを見詰めた。真摯なまなざしと、的確な褒め言葉に一瞬鼓動が跳ねた。特にあの絶妙な舌触りのチーズクリームを作るのはとても難しいのだ。
「なんだよ急に。よせよ。プロなんだから当たり前だろう」
「あはは、顔が赤いぞ」
「うるさい。それを言いに来たわけ？」
「違う。だから、この俺様がわざわざまたＳ台に着たのは、その……あんたにチビだって言ったことに対して、思うところがあった訳で……」
「何だよ。はっきりしろよ」
ついチビという言葉に反応する。
「睨むなよ。だからええと……その、まあ、うん……馬鹿にして悪かった」
悪かった、という部分を極めてぼそぼそと言った。まるで、好きな女の子のスカートをめくって、泣かせてしまった、男子小学生の謝罪のようだ。
普段のスタイリッシュな姿とは真逆な様子に、ついリスオは吹き出した。
「あはは、そんなことをわざわざ謝りに来たの？ 変な奴。ありがとねー」
「流すなよ。本題はここからだ――。お前のパティシエとしての腕を見込んで頼みがある。今年のクリスマスに、俺の年の離れた双子の妹達が喜ぶようなクリスマスケーキを作って欲しい」
リスオはきょとんとした。
「クリスマスケーキ？ おれが作るの？」
「ダメか？」
「ダメっていうか、どうしておれなの」
「理由はさっき言った。お前のケーキに惚れたからだ。――まあ、ケーキだけではないが……。ライオン属性の俺様に喧嘩売ってきた来た奴は、今までいなかったからな……。あの時のお前の度胸にぐっと来たというか……。腕にぶら下がってる姿がちんまりしてて可愛かったというか……。単にそのぱっちりした瞳にキュンとしたというか……」
どんどん声が小さくなっていく。キングは頬を真っ赤に染め、そわそわし、かなり恥ずかしそうだった。
「何？ 聞こえない。もう一回言って」
「いや、いいんだ。おいおいで」
「？」
「で、どうだ？」
「どうだって聞かれても……。おれ達まだ二回しか会ったことの無い、ただのお客と店員だろう？ パティシエなんて他にも沢山いるし……。それにあんたここら辺の人じゃないだろう、さっき都心って言ってた」
「俺はＴ京で暮らしてる。確かにＴ京なら腕のいいパティシエなんて腐る程いる。だがお前に頼むって決めた。だから引き受けろ」
「ちょっと待ってよ、おれの都合はどうなるのさ。クリスマスシーズンは朝から晩まで仕事しなきゃいけないから、あんたの妹さん達のケーキを焼いている暇はないよ」
「当日じゃなくても構わない。前もって作ってくれれば俺が届ける。そうすればイブに食べられるだろう。それとも何か、ケーキは出来たてをすぐに食べないと味が落ちるものなのか？」
「いや半日位寝かせた方が味が馴染むけど……」
「じゃあ決まりだ」
「ちょっと待って。まだ返事してないよ」
「なぜだ？ 謝礼は弾む」
「そうじゃなくて、引き受けるならプロとしてちゃんとしたものを作りたい。その為には試作がかかせないんだ。あんたはＴ京にいるんだろう？ どうやって味見してもらえばいいんだよ」
「簡単だ。お前の家に住めばいい」
キングはにやりと笑った。
「……は！？」
ぶったまげた。何を言い出すのだ。
「そうすればいつでも味見し放題だ。合理的だろう？」
「そ、そういう問題じゃないでしょ！ それにまだやるって言ってない」
キングの前に立ちはだかる。
「フン、ケチだな。ちゃんと滞在費も払うぞ。ホテルに住むより安上がりだ」
「全然よくないっ。困るよ、うちのアパート狭いんだから」
「いいじゃないか狭くて。俺のマンションなんか広すぎて今でも部屋を間違えるくらいだぞ。――ああ、前からアパート暮らしってやつをしてみたかったんだ。スーパーにも寄ってみたい。そうだ、ウオンというのはどこだ？ そこで半額シール争奪戦というものがあるのだろう？ 行くぞ」
キングの足取りは軽く、あちこちをキョロキョロ見回している。
それからアパートが見えるまで抵抗し続けたが、しかしキングは聞く耳を持たず、わくわくと辺りの店に興味を示していた。特にスーパーが好きらしくて見つけると必ず中に入って何か買い物をし、わざわざポイントカードを作っていた。
トランプのようにポイントカードを広げて持ち、アメジストのような瞳をキラキラさせているのを見て、リスオはとうとう観念した。
（まあいいか。おれのケーキを美味しいって言ってくれた人だし。わがままでえらそうだけど、悪い人じゃなさそうだ）
（妹さんたちの喜ぶ姿が見たいって、言われちゃあな……。パティシエのはしくれとして、放っておけない）
リスオは、彼の妹達への想いに共感した。リスオも、ケーキを食べる人の笑顔を見るのが、生き甲斐だからだ。
（その手伝いだと思えばいいか。ああ、なんておれってお人好しなんだろう）
前を歩くキングに向かって言う。
「あのさ、あんた名前は？ おれは栗田リスオ」
キングは振り返った。
「獅子倉王（ししくら・つかさ）。王様の王と書いてつかさだ。周りのやつらはキングと呼ぶ」
納得した。うさ耳男がそう呼んでいた理由はこれだったのだ。
「じゃあおれもそう呼ぶよ。おれのことは好きなように呼んでくれ。宜しくな、キング」
「宜しく、リスオ」
「ちょっと待て、お前年下だって言ってたよな？ 敬語使えよ」
「無理だな。媚びるのが俺は一番嫌いなんだよ。だからお前のこともリスオと呼ぶ。これも決定事項だ」
行くぞ、とキングは更に歩調を速めた。その長い脚について行くのがやっとだったが、しかしなんだか悪くない気分だった。
二人の背中を押すように、秋の夕空に星が輝いていた。街路樹が冷たい風にカサカサ揺れる。どこかから、焼き芋の甘い匂いがする。
こうして、クリスマスイブまでの期間限定の同居が始まった。
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