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 自分は、モフスタグラムの社長本人だということ。  好きな食べ物はカレーということ等を、べらべら喋ると、 ――じゃあ俺はここで寝る。  とリスオがお気に入りのソファを陣取ってしまった。  リスオの部屋は、一般的な独り身社会人が暮らす、ロフト付きワンルームだ。狭いが、職場に近く、買い物もしやすい。  だが、キングと同居するようになってから、窮屈でしかたがない。 (あー、んもう……、邪魔だなぁ)  リスオはキングを避けて、洗面所に向かった。そこで着替えもする。  キングは、日中は自分がオーナーのジムで体を鍛えつつ、時折T京本社と行ったり来たりしながら、やけにリスオを構ってくる。 (それにしても、キングは常識ってものを知らなすぎる)  身支度を済ませたリスオが戻ると、高校生の時から愛用しているテレビボードを前に、キングが腕組みをして立っていた。 「何してるの」 「リスオ、このテレビボードを捨てるぞ。今日は粗大ごみの日だろ? 俺様はゴミ収集車を見たことがないのだ」  またあのきらきらした目だった。 「はあ!? 駄目だよっ。これお気に入りなんだから」 「チッ。じゃあこっちのくびれたソファ」  キングは振り返ってソファを指差した。 「これも絶対駄目。去年のボーナスで買ったちょっといい奴なんだから」 「これがちょっといい奴……? なあ、もう少し滞在費上げようか、百万位。それでもっといいやつを買え」 「そういう問題じゃないっ。またすぐお金で解決しようとするんだから。おれは物を大切に使いたいんだ。物持ちがいいってよく周りから褒められるんだぞ」 「へえ、アンティーク嗜好か。俗っぽいように見えて案外趣味がいいんだな」  キングが口笛を吹いた。 「アンティーク? それもちょっと違うような……。まあいいや、ご飯にしよう」 「おう」  リスオは三度目の溜息をついた。 (お金持ちの考えることって分かんない)  リスオはローテーブルで、とぐろを巻く彼のファーや、読みかけの本や、置きっぱなしの仕事用のノートパソコンを、手早く整理した。 「あのさあ、居候なんだから部屋は綺麗に使ってよ」 「そういうのはハウスキーパーの仕事だ」  キングが向かいに座った。 「おれは、そういうのじゃない」 「うるさい奴だな。そのうちやる」 「そのうちっていつだよ。うちに来てから一回も片付けたことないじゃん。いつもおれが疲れて仕事から帰ってから片付けてるんだよ。だけど片付けても片付けても、一日経てばすぐ元通りだ。その光景を見るとどっと疲れるんだよ。人間視覚がごちゃついてると精神に影響があるんだ。だからちょっとでも片付けて欲しい。本は本で纏めるとか、ペンはペン立てに戻すとか、服は服で定位置を作ってそこに戻すだけでいいんだよ。簡単でしょ。――ねえ、ちゃんと聞いてる?」 「聞いてるきいてる」 「絶対に聞いていないし。そんなんじゃいつまで経っても自立出来ないよ。おれ知らないからね」 「問題ない。リスオとずっと一緒に住む」  リスオを見てキングが言った。スミレ色の瞳が悪戯っ子のように細くなる。 (うっ……!)  ドキンと胸が跳ねた。帝王のような迫力のある美貌と、やんちゃな瞳とのギャップに、やられたのだ。 「どうした?」 「何でもない。もう黙っててっ」 「ふふん」  キングは楽しそうに口角を上げた。 (なんだよ、今の)  リスオは廊下のキッチンに逃げ込んだ。 (変なこと言いだして……。なりゆきで同居しているけど、おれ達は注文主とパティシエってだけなのに) (本当にこんなやつが、あの超有名なモフスタの社長なの?)  リスオはあれから、キングについてネットで調べた。モフスタグラムの社長なのは間違いなかった。  モフスタは最近ぐんぐん業績を伸ばしている。インタビュー記事によると、海外のハイスクールで同級生だった、幼なじみの日本人三名と、起業したらしい。あのうさ耳男は、その一人だ。  どうやら、キングはモフスタの広告塔のような存在らしい。テレビやイベントに出て、派手な話題作りをし、モフスタユーザーを増やす。  彼の整った外見と、そのエンターテイナー精神は、聴衆を熱狂させる。最近ではテレビ出演の他に、WAC{ワールドアニマルクラシック}――世界最強を決める完全獣化の格闘大会――まで参加しているらしい。WACなんて、昨年の最年少チャンピオンだそうだ。  もはや〈モフスタ=キング〉、の図式が出来上がっているのだ。彼自身にもコアなファンはついているのだろう。 (うーん。そんなにすごい奴が、なんでうちのアパートにいるのかな……)  などと考えながら、リスオは朝食を作る。今日はほうれん草の味噌汁と、卵焼きと、納豆だ。  両親が共働きだったこともあり、リスオは家事が得意だ。祖母に洋菓子作りの基本を習った。和菓子や家庭料理も教えてもらったが、華やかな見た目の洋菓子がリスオを特に惹きつけた。 「美味そうだ。リスオのご飯は素朴だが、何回食べても飽きん」  出来た料理をテーブルに並べるとキングが言った。 「地味で悪かったな」  リスオも向かいに腰を降ろした。すっかり二人の定位置が決まっている。なんだかさっきの意味深な台詞のせいで目を合わせるのが気恥ずかしかった。 「褒めているだろうが。素直じゃないな」 「うるさいな。さ、食べよう」  いただきます、と二人は揃って合唱した。 (ああ、こいつとのんきにご飯食べてる場合じゃないのに)  突然押しかけた上に、生活力がほとんどないキングのせいで、家政婦の真似事までしている。これでは全く気力も体力も休まらないし、何より仕事のブッシュドノエルのデザインが進んでいない。締め切りは明後日だ。  今日は街の美術館や図書館へ繰り出して、煮詰まった脳を刺激しようと思っていた。だが、近所のスーパーではいい考えが浮かびそうにない。これでは馬淵にまた怒られてしまう。 (どうしよう……)  と、今までで一番大きい溜息をついた。 「おい、一体何なんなんだ。さっきから辛気くさい顔をして」  食べ終わったキングが言った。 「おれそんなに暗いかな」  どきっとして箸を止めた。 「何があったら知らないが、思い詰めてるようだな。一週間前は、もっと朗らかだったぞ」  年下のくせに意外に鋭いな、と思った。  少し迷ったが、没が続いている今は、誰かに話を聞いてほしくて、おずおずと口を開く。 「実は、コンテスト用のクリスマスケーキの企画を任されているんだよ。ブッシュドノエルを作るんだけどまだデコレーションのデザインが決まっていないんだ。テーマは〈大事な人と過ごすクリスマス〉なんけど、何枚描いてもオッケーが出なくて……」  リスオは箸を置いた。 「ケーキのデコレーションか。そういうものはビビッとくるものじゃないのか」 「そんなのは天才だけ。ああ、どうしよう。明後日が締め切りなんだよ」 「泣き言いってる暇はないだろ。とりあえずご飯を食べたらそのデッサンを見せてみろ」  馬鹿にされるかと思ったが、頼もしい答えが返ってきた。

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