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「分かった」  リスオは急いで食事を終えると、デッサンを何枚か持ってきてキングに渡した。キングは以前馬淵に見せた笠地蔵や、宗教や、悲恋などを鋭い目でじっくりと見てから顔を上げた。 「確かに、どれもぱっとしないな。全体的に明るさや、キラキラ感がない。だとすれば、これじゃ絶対に審査は通らんぞ」  キングは鋭いことを言った。 (くっそう、さすがモフスタのセレブ社長……) 「そんなことは分かってるよお……。でも、頑張って幸せで楽しいクリスマスを描こうと思っても、何故か辛気くさくなっちゃうんだもん」  リスオは、熱いコーヒーの入ったカップを、双方の前に置いてから座る。  今までもケーキのデコレーションを手がけた経験はあるが、しかしクリスマスとなると、失恋の苦い思い出が蘇り、無意識のうちに、暗くて湿っぽくなるらしい。 「楽しかったクリスマスの思い出をイメージしてみればいいじゃないか。簡単だろ? リスオは友達が多そうだ。クリスマスイブって、みんなでピザ食べたり、ケーキ食べたり、プレゼント交換したりするものなんだろう?」  キングはコーヒーを啜った。 「そういうのは、もうずっとしてないよ。朝から晩まで仕事して、帰ってから映画見る」 「なんの?」 「『殺戮のクリスマス』」  リスオは言った。キングの目がまたきらめいた。 「へえ、ホラー映画か。可愛い顔してるのに、残酷なものが好きなんだな」 「ふん、顔は関係ないだろう。ホラー、大好きだよ」  席を立つと、コレクションしてあるDVDを数枚持ってきた。 「『ザ・ゾンビ』、『羊たちの合唱』、『怨呪(おんじゅ)』。良い趣味してるじゃないか」 「だろ? いいよな、ホラーは。完全に作り物だと解っているが故の、最高のエンターテイメントだよ。リア充がやられると、スカッとするもんな。おれ、ホラー映画見てると、疲れた心が癒やされるんだよ。特にゾンビものが好きでさ、あの無個性の集団が、のびのびと追いかけてくるのって、可愛いよな。特に雪山のロッジとか、密室になった場所を包囲されるのが、たまんないんだよ。逃げ場がなくて、仲間が疑心暗鬼になっていってさ、最初は逃げ回ってたひ弱なヒロインが、最後は襲ってきたゾンビの首を斧で刎ねるの。その顔が生き生きしてて、逞しくて、堂々としてて、ゾクゾクするんだ。ああ、やっぱりホラーって最高!」  リスオも目を輝かせた。  急に語り出したリスオに、キングはやや驚いたように目を見開いたが、すぐににやりと笑った。 「じゃあ、それでいいじゃないか」 「え?」 「ブッシュドノエルのデコレーション。ゾンビケーキ」  キングは言った。 「ゾンビケーキ? クリスマスに?」  素っ頓狂な声を上げた。 「リスオにとっての最高に楽しいクリスマスの過ごし方は、誰かと一緒にパーティするよりも、引きこもって、ホラー映画を見ることなんだろう? じゃあその時のスカッとして、癒やされて、ゾクゾクするって気持ちを、ケーキで表現すればいいじゃないか」  驚きに言葉を失う。盲点だ。 (そ、そんなの考えたこともなかった……) 「で、でもそんなヘンテコでいいのかな。〈大事な人と過ごすクリスマス〉ってテーマからずれてない?」  キングは眉山をぴくりと動かした。 「あのな、お前は大事な人と簡単に言うが、そういう相手とクリスマスイブを過ごせる人間は、世界にどのくらいいるんだ? 考えてもみろ。世の中には、当日は仕事で会えないカップルもいるし、友達と喧嘩中で一人ぼっちの学生もいるし、病気で入院して、家に帰れない子供だってたくさんいるんだ。皆がみんな、楽しくて幸福な思いをしてるわけじゃない。そういう奴らに寄り添う、ブッシュドノエルがあってもいいじゃないか。パティシエのリスオにとって、大事な人ってのは、買ってくれた客、その人自身じゃないのか? その人が、ゾンビケーキを見て、クスッと笑って食べてくれたら、それでいいだろう」  リスオはハッとした。同時に、初夏の爽やかな風が、胸を吹き抜けたようだった。 (そうだよ……!) (キングの言うとおりだ。買ってくれたお客さんが、おれにとってはその日一番大事な人だ。お客さんの笑顔を見るのはおれの生きがいなのに……) (どうしてそんな簡単なことに、気がつかなかったんだろう)  続いて、脳裏にデコレーションのイメージが稲妻のように降ってきた。  タイトルは『ゾンビのメリークリスマス』。  まず、土台の部分を、墓地に見立てる。チョコレートの地面から、砂糖で作ったゾンビが次々蘇ってくる。  ゾンビ達が襲うのは、幸せそうなカップルだ。恋人達は抱き合って震えている。  色も、普段目にするような上品なカラーではなく、血のような赤や、静脈のような青、蛍光グリーンといったように奇抜なものにする。  しかし、恐怖を追求するだけはなく、ゾンビをキャラクター風にして、可愛らしさと、気持ち悪さと、面白さのバランスをとるのだ。  そうすればまだ誰も作ったことのない、新たなクリスマスケーキが出来るのではないか。 (いける、いけるよ!)  体中の血が滾った気がした。  リスオはこんな想像をする。  仕事でくたびれたOLが帰りに〈パティスリー・マシェリ〉でゾンビケーキを買って、一人暮らしの暗くて寒いアパートに帰る。半額になったピザや、脂っこい唐揚げをチンして食べる。ヨーチューブの面白動画でも見ながら、ゾンビケーキをフォークでつつく。  最初は「キモい」とか「不味そう」とか「一人でケーキなんか買っちゃって虚しいな」と思うかもしれない。でも一口食べてみれば、その美味しさと、デコレーションのおかしさと、惨めな自分につい笑みが零れてしまうだろう。自分で自分を笑った後は、からっとした気持ちで「明日もまた頑張ろう」と思うのだ。 (そんな風に、おれが作ったケーキを味わってくれたら、どれほど幸せだろう……)  大切なお客を笑顔にする手伝いが出来るのならば、〈大事な人と過ごすクリスマス〉というテーマをクリアする以上に、このゾンビケーキには意味がある。  早くデッサンを描きたくてうずうずしていた。リスオは顔を上げた。 「ごめん、おれ今日買い物行けない。ゾンビケーキやりたい」 「それがいい。買い物は俺一人で行く。ついでに昼ご飯も何か買ってくるから、リスオはそっちに集中してろ」 (あれ? いつもみたいに文句を言うかと思ってたのに)  じゃあ行く準備をするか、と席を立ったキングを慌てて呼び止めた。 「キング」 「なんだ?」 「……ありがとう。おれ、忘れてた。おれのケーキを食べた人を笑顔にしたい、っていうのが、生きがいだってこと……」 「お前が根っからのエンターテイナーなのは、とうに知っていたぞ。誰かを楽しませて、笑顔にしたいという気概のない人間に、あのレアチーズケーキの味は出せん。そうでなければ俺はここに居ない。リスオなら良いものが出来る。じゃ、行ってくる」

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