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 キングはスミレ色の目を伏せた。その孤独に慣れた瞳に、なんと言葉を返していいか分からなかった。 (キングが、そんなに寂しい思いをしていたなんて……)  リスオの胸がキュッと締めつけられた。眉根を寄せ、切なげにキングを見上げる。 (おれなんて、ずっと家族と一緒だった……)  両親はいつも帰りが遅かったが、しかしその分祖父母が面倒を見てくれたし、兄や姉達が共に遊んでくれた。  夕食はいつも家族の誰かがいて、その日学校であったことや、友達のことや、面白かったテレビの内容など、他愛もないことを話したものだ。食後はリスオと祖母が焼いたクッキーを摘まみながら、いつまでも笑い続けた。そういう時間を持たずに成長するとは、一体どれだけ寂しいだろう。 (キング……辛かったね) (おれが側にいてやりたかった……)  リスオはこんな想像をする。  慣れない土地で、家に帰ってきても、灯りはなく暖かい食事も用意されていない。その日あったことや、笑ったことや、悲しかったことを、聞いてくれる相手はいない。たった一人で、家政婦が作ったご飯を、温め直して食べる。食事を終えた後も、一人で風呂に入り、誰にもお休みを言うことなくベッドに入って目を閉じる。  そんな時に見る夢はなんだろう。 (もしかして、キングは夢の中でも独りぼっちだったかもしれない)  鼓膜を刺すような静寂に、こちらまで苦しくなるようだ。 (キング……)  俯いていると、キングは足で、リスオの足を軽く蹴った。 「気を遣うなと言っただろう。俺は気にしていないんだ。両親が勝手をしてくれたお陰で、早くに自立心が芽生えて、ハイスクール在学中に、仲間と起業した。それが今波に乗っている。寂しいと嘆いている暇はないんだ。自分の人生に泣き言をいうなんて、馬鹿げている」  キングの口調は毅然としていたが、しかし逆に強がっているように感じて、胸が苦しくなった。獅子の尾は本心を表すように、だらりと垂れている。その様子がますます痛々しい。 (我慢しなくていいのに……) (おれの前では素直になって……)  リスオは、キングの後ろに回ると、彼の腰にそっと抱きついた。カシミヤの柔らかなニット越しに、キングの熱が伝わってくる。 「そんなに無理して大人にならなくてもいいじゃんか」  背中にそっと額をつけて呟いた。キングの背がはっとしたように強ばるのが皮膚を通して解る。 「寂しかったなら、そう言いなよ。家族の愛に飢えているからって、誰もキングを責めたりしない。もっと甘えて良いし、頼ってもいいんだよ。大きな声で泣いたって誰も笑ったりしないから」  どうしてキングを慰めているのか、自分を納得させる説明が出来なかった。ただ憐れだった。 (可哀想。泣けないキングは、とても……)  リスオから見れば彼は、若くて、美男で、成功者で、今の生活に何の不自由もないといえる。なのに、親からの愛情を受け損ね、今でもその穴を埋めようと藻掻いている。彼が完璧を目指せばめざす程、半紙に落ちた墨のように、切なさが際だって見えた。 「リスオ」  カチリと音がして顔を上げると、コンロの火を止めたキングが振り返っていた。頬を赤く染め、唇をへの字に曲げている。不機嫌そうだが、しかし獅子の尾が持ち上がって元気に揺れていた。 「わっ……」  キングは強引にリスオを引き寄せた。ぎゅっと抱かれて、リスオは赤橙色の瞳を見開く。太い腕に包まれて、鼓動が跳ねた。カシミヤに鼻を埋めると、彼のフェロモンの匂いがした。魅惑的な甘い香りだ。 「……いきなりそういうことを言うな」 「ご、ごめん」 「……リスオ」 「何……?」 「お前は俺の心が読めるのか?」  キングがつぶやいた。 「キング……」 「お前には、俺が寂しそうに見えるのか?」 「……見える」  リスオは言った。怒られるかと思ったが、キングは深々と溜息をつく。 「俺は寂しくなどない。キングだ。獅子の血を引く、この世の王だ。ユーザーを魅了し、熱狂させる。IT界の寵児。それが俺の生き方だ。一切の迷いは、ない」 「キング……」 「だから、人恋しいなど、口が裂けても……言えん」  キングが切なげに囁いた。ぎゅうっと更に力をこめて抱きしめられると、息が止まりそうになった。彼の生身の心に触れた瞬間だった。 (ばかだな、キング……。気持ちがダダ漏れだよ……) 「ねえ……」  密着したまま、リスオは口を開いた。 「ん……?」 「おれの前では、我慢しないで」 「……っ」  キングが静かに息を呑んだ。 「遠慮しなくていいから。甘えていいんだよ。ちょっとくらい泣いても、誰にも言わないから……」  リスオはそっと彼の背に手を回した。何故か勝手に涙腺が緩む。リスオは、静かに透明な雫を零した。 (キングが孤独だと、おれも辛いよ)  彼の胸は広くて温かくて、鼓動は穏やかなリズムを刻んでいた。この優しい胸の内側にぽっかりと穴が空いているなんて、誰が想像出来るだろう。無性にその穴を埋めたいと思った。 (なんでだろう。おれより年下だから、放っておけないのかな……) (それとも、別の何かがおれの中にあるのかな……)  そう考えていると、キングが口を開いた。 「ばか。泣くな」  キングはリスオの涙を、紅い舌で、ぺろっと舐め取った。その暖かい感触に、リスオはつい笑みを零す。 「わっ、くすぐったい」  身をよじるリスオを離さずに、キングは頬を舐め続ける。まるでライオンに毛繕いされているようだ。 「ちょっと、キング止めてよ。あははは」 「我慢しろ」 「ふふふ、わっ、やめ……あは、はははっ」 「ふん、お前ごときに心配されるほど、俺は柔じゃない」 「あはは、でも……っ」 「黙れ」  キングはぎゅっとリスオの頬を押さえると、ぺろぺろ顔中を舐めだした。額や、鼻や、顎まで舌で触れてくる。  毛繕いは、親密な半獣人の間では当たり前に見られる行動だ。しかし、それをするのは、夫婦や、恋人や、親子間が主だ。  オス同士で、ましてや知り合って間もない者がするのは、珍しい。 (良いのかな、こんなことして……。おれ達ただの依頼主とパティシエってだけなのに)  どの位の時間そうしていただろうか。先に動き出したのはリスオの腹の虫だった。ぐうと鳴り響いた音に、キングが吹き出した。 「ははは、元気な腹だな」 「悪かったな」  リスオは、恥ずかしくてそっぽを向いた。 「続き、作るか」  優しい目でキングが訊いた。 「……うん」 (もう終わっちゃうのか……)  もう少しこうしていたいとも思ったが、それを伝える勇気はなかった。キングが腕を解くと、二人の体が接していた部分が空気に触れてひんやりする。なんだか急に部屋が寒く感じた。  リスオの名残惜しさを感じたのか、キングがこんな提案をする。 「そう残念そうな顔をするな。またしてやる」 「えっ……。べ、別にいいよ」 「ふん。意地っ張りめ」 「うるさいなぁ」 「リスオ」 「何?」 「礼を言う。ありがとう」

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