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13 第三章 こんなデートって、アリですか?

 十月のある土曜日。リスオは目が覚めると、直ぐにロフトを降りた。カーテンを開けると、眩しい陽が差し込んでくる。 (やった、絶好のお出かけ日和)  今日は、ボランティアで親子おかし教室の先生をする。その後、キングと買い物に行くのだ。  〈パティスリー・マシェリ〉では地元での知名度アップも兼ねて、ボランティアで教室を開いている。 (こんなに気分の良い連休は久しぶり。ああ、親子おかし教室も、キングとの買い物も、どっちも楽しみ!)  ずっと頭を悩ませていたゾンビケーキは、無事にエントリー出来た。結果がどうなるかは分からないが、キングが太鼓判を押してくれたのだと、思うと心強かった。 (心配したって、仕方がないさ)  そう考えるようになったのも、キングのお陰だった。  カレーを一緒に作った日をきっかけに、あれから二人は必ず共に料理をして、夕食を摂った。  作るものは様々で、家庭料理の時もあれば、手の込んだものもあり、またお菓子の時もあった。  二人は出来上がった料理を食べながら色々な話をした。時には日付が変わるまで話し込むこともあった。  キングは意外と聞き上手で、いちいち「ふん」とか、「下らん」とか、「暇人め」と、最低の相槌を打つ。そのせいで、いつもけんか腰になるけれど、でもリスオはそれが面白かった。  特に彼が饒舌になるのは、双子の妹達のことだ。キングは彼女達を目に入れても痛くないほど可愛がっているようだが、そんな兄にも悩みがあるらしい。  あまり会えないせいか、いくらおもちゃを買ってあげても、妹達は決して笑ってくれないのだという。最初にずんだ侍をもらいに来たのも、二人を喜ばせるためだったらしい。 ――だから今年こそどうにかして二人の笑顔が見たい。リスオ、頼んだぞ。  問題のクリスマスケーキだが、妹達の好きな苺のショートケーキを作ることに決まり、試作を重ねてこれは、というものがすでに完成しつつあった。でも、キングはらしくもなく、不安げなのだ。 ――リスオ、ケーキだけで大丈夫だろうか。 ――そんなに心配なら、クリスマスプレゼントも買っていけばいいじゃない。 ――もちろんそうしている。しかし、今まで喜んでくれた試しが無い。 ――どんなの買っていくの? ――本だ。『起業家の心得』とか、『小学生でも分かる株取引』とか、『脳の成長は三歳までに決まる』とか。どうだろう、良いラインナップだろ?  自信満々のキングに、リスオは呆れた。 ――ぜーんぜん駄目っ。そんな難しい本を貰って喜ぶ三歳児はいないよ。もう、世話が焼けるなあ。今度の土曜日、おれと一緒に買いに行こうよ。 ――いいのか。午前中、親子おかし教室があるんだろ?  リスオはごほんと咳払いをした。 ――その後はフリーだもん。んもう、仕方ないでしょ。そんな変なプレゼントで、〈最高の苺のショートケーキで仲良し作戦〉が失敗したら嫌だもん。 ――じゃあ決まりだな。初のデートだ。  それが今日なのだ。 (別に、デートじゃないからっ)  自分に言い訳をしながらはしごを降りると、ベーコンの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。キッチンとの内扉を開けて、キングが顔を出す。 「遅いぞ」  今日の彼はブランドものの白いカシミアに、タイトなブラックボトム、愛用の金毛のフェイクファーという出で立ちだ。凛とした佇まいに、つい見惚れてしまった。 「リスオ? まだ寝ぼけてるのか」 「起きてるよ」 「さっさと来い」 「ん……」  キングが自然にリスオを抱き寄せた。頬にちゅっとキス――もとい毛繕いをする。 「良い睡眠が取れているな。肌がツヤツヤしている」 「そうかなぁ」 「俺の目に狂いはない」  彼はたまに、リスオのしっぽに顔を埋めて、もふもふする時もある。ふさふさの毛並みが気持ちよいらしいのだ。最初は驚いたが、もう慣れた。むしろキングに触られると、嬉しい。  こうやって毎朝スキンシップをとるのが、二人の習慣になっていた。 「変な奴。ねえ、ご飯なに?」  リスオはわくわくと言った。 「ベーコンエッグと、野菜スープ。リスオはご飯派だから、炊いておいたぞ」 「やった」 「全く、怖い物知らずな奴だ。俺様に朝食を作らせるなんて、お前以外にいない。ほら、食べるぞ」  キングは勝手知ったるという風に、食器棚からリスオと自分用の茶碗を出し、箸やお椀なども各自の小物を並べた。いつの間にか彼専用のマグカップや、髭剃りなど――リスオは何故か全く生えないので今までは不要だった――が増えている。  今はソファで寝起きしているが、そのうちベッドまで要求するのではないかと思うくらいだ。 (居候のくせに、私物増やすなよな。まるでおれの彼氏みたいじゃん。あれ……? キングは、おれにとって、たたの居候、だよな?)  もやもやと考えるが答えは出ない。  とりあえず、身支度をし、朝食を済ませる。今日のリスオはカフェオレ色のセーターに、ブラウンのもこもこしたコートを合わせる。 「ふん、似合っているじゃないか。俺の隣を歩くなら、そのくらい可愛くなければ釣り合わん」  キングが満足げに言う。このコーディネートは彼が選んだ。 「はいはい」 「さあ行くぞ。子供達に会うのが楽しみだ」  二人は、魚釣りに使うような保冷ボックスを持ってアパートを出た。外は、街路樹が赤や黄色に色づいている。風が冷たいが、寒くはない。むしろ、高揚したリスオにはちょうどいい。どこからか、大好きな金木犀の甘い香りが流れてくる。誰かの庭で、オレンジの小さな花が咲いているのだろう。  休日ということもあり、街には人がたくさん歩いている。するとキングに気がついたのか、二人組の若い女性が近寄ってきた。手にスマホを構えている。 「あのぅ、キングですよね。一緒に写真を撮ってもいいですか?」  キングはちら、と女性達を見下ろす。リスオはいつものように彼が傲慢な態度をとるのではないかと、ハラハラした。 (大丈夫かな……?) 「ふん。構わん」  意外にあっさりと彼はオーケーを出した。 「ありがとうございますっ」 「しかしプライベートだから、写真をSNSに載せるのは止めてくれ。あと予定があるから手短に」 「もちろんです!」 「リスオ。ちょっと待っていてもらえるか」  キングがリスオを見た。 「う、うん」  とリスオは頷く。まだ時間に余裕がある。  三人は何枚か写真を撮った。キングも笑顔だ。女性達はとても嬉しそうで、はしゃいでいる。キングを中心に、皆で肩を組むというファンサービスまでしてみせた。 「キング、突然ありがとうございました。これからも頑張って下さい!」 「ふん。こちらこそ、ありがとう。気をつけてな」  二人はほくほくした顔で去って行く。  彼女らが居なくなると、周りにいた通行人達も、我も我も、と押しかけてきた。キングの周りにわっと人だかりが出来る。  彼は一才嫌な顔をしなかった。写真を撮ったり、握手をしたりと、ひとりひとりに丁寧に対応している。 「キングって、テレビで見るより、ずっと格好良いね。俺様って聞いてたけど、実際に会うと、愛想もいいし、優しい。わたしファンになっちゃった!」 「私も! 気さくで、いい人だね。モフスタ登録してみようかなぁ」 「本当に素敵~。この写真は家宝にしよっと」  皆キングと会えて、とても感激している様子だ。 (本当に有名人なんだなぁ)  リスオは改めてそう感じた。そして、なぜか誇らしい気持ちになる。 (いつも偉そうな態度だけど、本当はファンを大切にしているんだ。おれ、そういう人、好きだな)  しばらく待っていると、対応を終えたキングが戻ってきた。 「悪い。待たせた」 「ううん、大丈夫。すごいね、キングは人気者なんだ」 「ふん、当たり前だ」  嬉しそうな横顔で、キングが答えた。それを見て、リスオは明るく笑った。  それから地下鉄を乗り継いで約三十分。目的のビル型の商業施設が見えてきた。一階が大型書店で、二、三階がカルチャーセンター用の教室で、それ以上がオフィス、という作りになっている。

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