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リスオ達はまっすぐ二階へ向かった。教室内は、幼稚園のお遊戯室のような作りだった。広くて、壁に動物の絵が描いてある。床は暖房入りだ。今日の参加者はみな三才未満だった。
スリッパに履き替えたリスオとキングは、小さい椅子とテーブルを円になるように並べた。正面が講師の席だ。二人が準備をしていると、子供と保護者達がやって来た。
「こんにちわぁ」
「よろしくお願いします」
二才位の女児と、母親の声が響く。狐の親子だ。
「こんにちわ。どうぞ座って下さい」
「はーい……って、キング?!」
母親は隣で仁王立ちするキングに驚いた。サングラスをしていないので、モロバレなのだ。
「ふん! 大きな声を出すな。子供がびっくりするだろう」
しばらくすると、ぞくぞくと参加者がやって来る。教室がにぎやかになった。保護者はみな、突然のキング登場にお祭り騒ぎだ。
なぜかキングは子供に人気だった。
「ねえねえ、おじしゃん、だーれ。わたし、しーちゃん」
先程の、狐耳の女児――しーちゃんが言った。
「おじさんではない! 俺はキングだ」
「きんぐってなーに?」
「百獣の王、ライオンだ」
「らいおん、おいしい、たべる?」
「食べる」
「えへへ、しーちゃんもっ。おいしい、ちゅき!」
「そうか。いっぱい食べろよ」
キングは彼女の頭を撫でる。しーちゃんは白い歯を見せて笑った。
リスオは一部始終を見ている。妹達に嫌われていると言っていたから、子供と遊ぶのが苦手なのかと思っていたが、杞憂だったみたいだ。
(連れてきて良かったな。……ちょっと見直したぞ)
準備が出来ると、リスオは皆に声をかけた。子供達はエプロンとバンダナをつけ、やる気満々だ。
「皆さん、来てくれてありがとうございます。今日はミニパフェを作りたいと思います」
助手のキングが、百円ショップで買ったプラスチックのカップや、お手拭きなどを各テーブルに配る。嫌がるかと思ったが、意外と素直に配布役を引き受けてくれた。
「今日作るものは、正式な名前はトライフルと言います。イギリスの伝統的なスイーツです。トライフルとは、『何でも乗せちゃえ』という意味だそうです。簡単なのに、盛れちゃいますよ。楽しんで作りましょうね」
「は~い!」
早速トライフル作りが始まった。四角く切ったスポンジや、絞り袋の生クリームや、つぶつぶのクッキーや、ラズベリージャムや、各種の冷凍ベリーなどだ。
「やり方なんてないので、好きにやって大丈夫なんですが、一応説明すると、まずクッキーを敷いて、次にスポンジを入れます。その上にどんどん重ねて下さい。層になるようにすると綺麗ですよ。あ、ここは飲食禁止なので、食べるのはお家に帰ってからにして下さいね」
子供達はキラキラした瞳で、さっそく取りかかった。ロールケーキ用に焼いたスポンジは、美しい卵色で、焼き目のムラがなく、我ながらいい仕上がりだ。
「割り箸を使って、ぎゅっとすると、見栄えが良くなりますよ」
子供達は、割り箸をグーで持ち、スポンジを押し込んでいた。
「しーちゃん、あわわ、まだ食べないの」
「おいちいぃぃ~!!」
しーちゃんは、アルミカップに入ったジャムを指で取って舐めている。相当気に入ったようだ。
「んもう~っ」
母親は真っ赤になっている。
「先生、すいません! 飲食禁止なのに」
「ちょっとくらい、大丈夫ですよ。ママも味見してみて下さい」
リスオに言われて、母親もスポンジを食べる。
「ん! 美味しい。そのままでもしっとりしていて、甘いわ」
「蜂蜜を入れると、もっとしっとりすんですよ」
「えっ、蜂蜜……?」
母親が不安そうな顔をした。その理由がリスオには分かる。一歳未満に蜂蜜を与えると、乳児ボツリヌス症にかかることがあるからだ。厚生労働省は、出来るだけ赤ちゃんには与えないよう、注意を呼びかけている。
「ママ、安心して下さい。今子供に蜂蜜って、厳しいですよね? だから入れていませんよ」
「ああ、良かった。もう赤ちゃんじゃないけれど、蜂蜜って聞くと、ドキッとするんです」
ほっとしたように母親は笑った。
「さ、どんどん作りましょう!」
リスオはにっこりと口角を上げた。親子は楽しそうに、個性的なトライフルを作っている。
最後に、飾り用のラズベリーと、ブルーベリーを乗せた後、チョコカラースプレーを振りかけて、完成だ。
「できた~!」
全て出来上がると、キングがラップと紙袋を配る。リスオは、店の宣伝も兼ねて、地元産の林檎と葡萄をたっぷり使ったフルーツタルトを手渡す。皆大喜びだ。
片付けが終わると、リスオは締めの挨拶をする。
「皆さん、お疲れ様でした。楽しかったですか?」
「たのしかったー!」
「ぼくも楽しかったです。このくらいの子達と接する機会って、なかなか無いので……。トライフル、簡単だから、おうちでも作ってみてね。今日はありがとうございました」
「ありがとーございましたー!」
元気な声と、拍手で、親子おかし教室は幕を閉じた。皆キングと記念撮影の為に列を作る。最後はしーちゃん母娘だった。
「今日はありがとうございました。キングと写真撮れて、超感激でした」
しーちゃんママが言った。リスオとキングも礼を述べる。
「あの実は、私スイーツライターをやっていまして……。今度お店に取材に行っても良いですか?」
とリスオに名刺を渡す。なんと、製菓業界では有名なライターだった。彼女に紹介してもらうと、売上げが十倍に跳ねあがるという。
「えっ、そうだったんですかっ」
「先生の作ったスポンジ、とても美味しかったです。ぜひ記事にしたくて」
「お、お願いしますっ」
「あの、キングの写真も載せていいですか?」
「もちろんだ。リスオの店の売上げの為なら協力は惜しまない」
キングが答える。
「ありがとうございます! ではまた改めて連絡しますね」
「せんせい、ばばーい。きんぐ、ばばーい」
母娘を見送って、キングとリスオは向き合った。
「無事に終わったね……」
リスオはほっと息をついた。さらに有名ライターの名刺までもらうなんて、なんて幸運なのだろう。
「俺がついているんだ。当たり前だろ。失敗するわけがない」
「あはは、そうだね。キングがいてくれて、おれも楽しかった。居てくれて助かったよ。一人じゃ準備に声かけに、大変だったから」
「ふん、感謝しろ」
「うん。ありがとう」
リスオは素直にそう言った。キングがいると、心強かったのは本当だ。キングはリスオの笑みを見て、うっすらと頬を赤らめた。獅子のしっぽが嬉しそうに揺れている。
「ふん、いつも俺を側に置いておくんだな。そうすれば、お前は無敵だ」
「そうかもね。キングはでっかい招き猫かも」
「むっ。馬鹿にするな」
「さ、さっさと外に行こうよ。お腹減っちゃった」
「ああ。デートはこれからだ」
にやり、とキングが笑った。
「だからデートじゃないからっ」
リスオは顔を真っ赤にした。
二人は軽い足取りで教室を出た。一旦ビルを出て、昼食を摂る。
リスオの仕切りはここまでだ。午後からはキングが案内するらしい。夕食は、特別なディナーをごちそうしてくれるそうだ。
(キングのおすすめのお店って、どこなんだろう?)
リスオは内心わくわくしていた。
腹ごしらえが済むと、二人は改めて書店に向かい、奥の絵本コーナーを目指した。
「わあ、どれも面白そうだよ」
リスオは、ずらっと並んだ絵本を前に、ふさふさの尾を揺らした。
「ふむ。こういうのがいいのか、今の子供は。確かに俺が買った本とかけ離れているな」
キングが珍しそうに眺める。
「どれにする? まだ小さいから動物が出てくるやつがいいかな。見て、『ねずみちゃんのベスト』だ! 懐かしい~。おれ子供の頃、好きだった」
「どれ」
キングの真剣な横顔を見て、リスオは微笑する。今度こそ、妹達が喜ぶ絵本を選べるだろう。
「おい」
キングはしばらく思案したかと思うと、ちょうど通りがかった店員を呼び止める。
「なんでしょうか、お客様」
「ここに置いてある絵本を全てくれ」
(なんだって!?)
リスオはぎょっと目を剥いた。
「……は、はい?」
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