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「部屋に行くぞ」 「へ、部屋っ? え、泊まるの?」 「もちろんだ。予約してある」 「聞いてないっ」  二十分後。同じホテルの三十五階にある、最上級のスイートルームに、二人はいた。  リスオの実家よりも広い室内は、清潔で、品の良いインテリアだった。ダイニングテーブルや、四人がけソファのあるリビング。大胆なガラス張りバスルームに、二カ所に設置されたトイレ。ふかふかの絨毯は足音を吸い込んでしまう。どこもかしこもリスオが普段利用する、ビジネスホテルとは違いすぎる。  特にすごかったのは、最奥にある寝室だった。夜景の見える大きな縦長の窓がついていて、中央にキングサイズの真っ白なベッドがひとつだけ置かれている。そこまではまあ良いのだが、リスオが仰天したのは、床だった。深紅の薔薇が、足の踏み場もないくらい敷き詰められている。ドアを開けた瞬間、濃厚な甘い香りが溢れだし、リスオはくらっとよろめいた。 (うわぁ……!)  リスオは両手を胸の前で軽く握り、赤橙色の瞳をいっぱいに見開いた。ふっくらとした頬が、ピンクに染まっていく。 「大丈夫か」  キングが後ろから、そっとリスオを抱き締める。太い腕に包まれて、背中がじわっと熱くなる。 「すごい……。な、なに、この、薔薇……」 「プレゼントだ」 「おれに?」 「ああ。花は嫌いか?」  ごく自然な仕草で、キングがリスオの髪に唇を落とす。 「いや……。花をもらうのなんて、初めてだから、正直びっくりしてる。しかも床一面になんて……」 「夢だったんだ。薔薇に包まれながら、好きな相手と、ファーストキスをするっていうのが」  リス耳の近くで、キングの心地よいテノールが響く。 「好きな相手……?」  首を捻り、リスオは彼を見上げた。バイオレットに輝く瞳と目が合う。金の睫毛に縁取られた、強いまなざしに見据えられ、息が止まりそうだ。どきん、どきんと鼓動が大きくなっていく。 「もう分かってるだろ。俺の気持ち」  キングが囁いた。リス耳がぴくんと反応する。 「んっ……。ま、待って、俺の気持ちって……?」 「いいから来い」 「わっ」  キングはひょいとリスオを横抱きにすると、器用に薔薇を避けて、ベッドに近づいた。そこへ優しくリスオを下ろす。彼は上着を脱ぎ、ゆっくりとリスオの上に乗ってくる。 (えっ、えっ?)   混乱と緊張が混ざった状態で、リスオは仰向けで横たわっている。さらさらとした乾いたシーツの手触りを味わう余裕もない。ドキドキと心臓が暴れ回り、耳まで熱くなる。いつもふにゃりとカーブを描くふさふさのしっぽが、ピンと立っていた。 「リスオ……」  ぞくっとくるほど甘い低音が、リスオを呼ぶ。  顔の脇に両肘を突かれて、彼に捕らわれる。キングの迫力のある美貌がすぐ近くにあった。こうして見ると、怖いくらい整っている。まるで彫刻のようだ。そんな彼の、癖のある金色の長い髪が、ファサッ……と静かに落ちてくる。微かな空気の揺らぎと共に、甘い香りが舞い上がった。芳しい匂いに、嗅覚から酔いそうになる。 (キス、される……!) 「――っ……」  彼の唇が段々下りてくる。リスオは反射的にぎゅっと目を瞑{つぶ}って、接吻を避けた。 「ま、待って……キング、お願い……っ」 「待てない。お前はさっき、お返しがしたいと言ったな。なら、欲しいものがある。リスオのファーストキスだ」  キングが囁いた。 「えっ……」  リスオはぱっと目を開けた。その隙に唇を奪われる。さらりとした乾いた感触が、粘膜に重なった。柔らかいそれがチュッと音を鳴らす。 「ん……っ」  いつも行っている、親愛の延長にある毛繕いとは違う、もっと肌をチリチリさせるような、官能をはらんだキスだった。  (キングとキスしてる……! 暖かくて、マシュマロみたい……) 「ん、ふぅ……っ」  角度を変えて、再び接吻される。今度は、大きな紅い舌が、リスオの唇を割って、中に入ってきた。逃げ惑うそれを捉えられ、じゅるっと吸われる。甘い痺れがおこった。 「んんっ」 (こいつ、キス……上手い……っ)  初めての経験でも、リスオはそう感じた。 「ふ、ぁ……んんっ……」 「……っ、イイ声で、啼{な}くんだな……っ」  キングがうめいた。  キスをしたまま、彼は器用にリスオの蝶ネクタイを引き抜いた。そのまま上のボタンをいくつか外し、白い喉元をくつろげる。つつー……と指先でなぞられると、ぞわっと毛穴が開いた。不快感ではない、その逆だ。 「や……き、んぐ……っ」  弱々しく厚い胸板を押し返したが、効果はない。むしろその抵抗に煽られたかのように、キングはもっと口内を犯してくる。舌先で、歯列をなぞり、上顎をくすぐる。 (だめだ。頭が、ぼーっとしてきた……)  互いの息が続かなくなった所で、口づけが解かれた。リスオは、ハアハアと忙しなく胸を上下させる。頬だけではなく、リス耳まで火照っている。吸われすぎた唇がじんじんと熱を持つ。ディープキスされただけで、四肢に力が入らない。リスオは、ぼんやりと彼を見上げた。  そこには、顔を赤らめ、余裕のないキングがいた。すみれ色の瞳は欲で潤んでいる。フゥー、フゥー、と荒い吐息が聞こえる。彼の獅子耳が反り、髪の毛が逆立っている。しっぽも同じだ。興奮している。獲物を目の前にしたライオンそのものだった。 「だめ、キング……、これ以上は……っ」 (食べられちゃう……っ!)  リスオは咄嗟にそう言った。草食動物の本能が貞操の危機を告げている。 「なぜだ。こんなに欲しいのに」  キングはリス耳に手を伸ばし、親指と人差し指で、薄い皮膚の感触を味わうようにクリクリと愛撫する。そうされると、ゾクゾクッと身体が震えた。 「あっ」  リスオはたまらず、びくりと腰を跳ねさせる。甘い声が漏れてしまった。 「知ってるか、リスオ。ライオンは性欲が強いんだ。交尾の時に、五十回射精する。絶倫ってやつだよ。さらに進化の過程で、獅子属性の半獣人はパワーアップした。一晩の行為で百回イかないと、治まらないんだ」 「ひゃっ……!」 「俺は、その強烈な衝動に、思春期の時から苦しめられてきた。性欲を殺すために、肉を食ったり、厳しいトレーニングを科して、己を戒めてきた。お前と同棲している時もそうだ。ちゃんと自制していたよ。毛繕いは、俺にとっては家族愛みたいなものだ。けれど、さっきのキスは違う。お前が俺を解放した」 「か、いほう……?」 「そうだ。正直言って、俺はお前とキスをしても、己を律する自信があった。キスして、ハグをして、同じベッドで眠る。それ以上は後日にするつもりだった。年下が最初からがっついている、と思われたくなかったからだ。……余裕だ、と思っていた。そのくらいはストイックに生きてきたから……。でも、もう無理だ。我慢できない。リスオが欲しくて堪らない。分かるだろ? 俺のここがガチガチに硬くなっているのが」 「ひっ……!」  ぐり、とスラックス越しに股間を押し当てられる。密着した股ぐらに、電流が走った。キングの局部は燃えていた。リスオのそこも、とうに力を持ち、パンパンに張り詰めている。  キングがリスオの華奢な喉に吸い付き、赤紫の跡を残しながら、切なげな声で、囁く。形の良い鼻先が、皮膚を撫でていくのにさえ、リスオは感じてしまう。 「一回でいい。お前の感じている顔を見ながら、抜きたい……」 「――っ!」 「頼む、リスオ……」 「で、でも……」 「苦しいんだ……。出したくて、堪らない。リスオは何もしなくていい、ただ、そこにいるだけでいいから……。お願い、リスオ。俺を楽にして……」  縋るように懇願されると、もう駄目だった。 (ずるい。こんな時ばっかり、かわいく甘えてくるなんて。断れるわけないじゃないか……!) 「キングは、ずるいよ……っ」  リスオは自分よりずっと太い首に腕を回した。そのままグイッと引き寄せ、自分からキスをする。ちゅっと唇同士が触れた。 「――!」  キングは驚いたように目を見開いている。 「こんな状態で、お願いされて、嫌だって言えるはず、ないだろう? お、おれだって、初めてなのに……。もう限界なのに……っ」 「じゃあ、いいのか」 「バカ、聞くなっ」 「っ……」

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