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 流れる車窓を見ながら、獅子倉は少し眠った。はっと起きるともうT京駅。さっさと下車し、その人混みの多さに辟易するような、落ち着くような気分になる。帰ってきた、と思う時も、正直ある。  キングはまっすぐ会社に向かう。  リスオと出会ったのは運命だったと、獅子倉はいつも思っている。その直感を信じ、ここまで追いかけてきた  属性も違う、住む場所も違う、年齢も違う。接点など何もないのに、獅子倉の赤い糸はリスオに繋がっていた。  彼に噛まれた一瞬を、獅子倉は今でもありありと思い出せる。  小さな体躯に、大きなリス耳と、ふさふさのしっぽ。たるみのない輪郭に収まる、ふっくらした頬や、ぽってりとした唇。何より印象的だったのは、その目だった。少女漫画のように、睫毛が長く、二重で、ぱっちりと大きな両眼。澄んだ赤い宝石のような虹彩。そこはいつも、きらきらと白い光が輝いている。誇張ではなく、彼の双眸は本当にきらめいていた。生命力に溢れたその瞳に、強烈に惹かれた。  外見は、アニメのキャラクターのように愛らしいのに、中身は正反対のはねっかえり。しかしただ強気なだけかと思えば、意外と涙もろい。獅子倉の孤独な過去を知り、寄り添ってくれた。  何より、彼の笑顔が好きだった。リスオは、獅子倉の飢えた心を癒やしてくれる。まるで砂漠のオアシスのように。 (リスオの全てがどストライクだった。それ以外の理由などいらん)   彼以外考えられない。二人が出会うのは前世から決まっていたとしか思えない。  最近、相手からも好意以上のものを感じている。何より、キスより先を許している、というのが獅子倉に愛されている自信を与えていた。 (けれど、ひとつ気になる点がある)  リスオの初恋の相手のことだ。高校の時、国語を教えていたという男。 (先生、か……)  そいつの話をした際、リスオは悲しげに目を伏せた。 今さらながら、あの時の彼の様子が気になるのだ。  もしや、過去の失恋が心の傷になっているのではないか、と。  そうでなければ、いつも明るい彼が、あんなに泣きそうな表情をするはずがない。 (もしかして、リスオは、そいつのことをまだ引きずっているのか?)  高校生の頃の話といえば、もう何年も前のことだ。それなのに、昨日の出来事のように、傷ついた色が彼の瞳に浮かんでいた。生々しい痛みのようなものが、獅子倉に伝わったのだ。  こういう時、獅子倉は自分がリスオより年下のことが歯がゆく思う。 (あいつは俺より長く生きている。その分俺が知らない感情を知っている。……悔しい。自分の方が人生経験が豊富なら、こういう時、上手に慰めることが出来るのに……)  埋められない時間が、獅子倉とリスオの間には横たわっている。 (俺が側にいてあげたら、リスオを守ってやれたのに……。悲しい顔なんて、させないのに)  獅子倉の胸がちくりと痛んだ。それを振り払うように歩調を速める。 (とにかく、今出来ることは、リスオを愛してやることだけだ。その想いは誰にも負けない。あいつの心も、身体も、全て俺のものにする。過去の男なんて忘れさせてやる)  秋には珍しい熱い風が吹き抜け、獅子倉の髪を揺らした――……。 「というわけで、俺は愛に燃えているのだ!」  久々に座った社長室の椅子で、キングは宣言した。 「あー……ハイハイ。うるさいのが帰ってきたぜ」  常務兼キングの秘書、もといお目付役のうさぎ男――宇佐見真咲{うさみ・まさき}が呆れた顔をする。オレンジ色の髪に、ぴょんと伸びたうさ耳が目立っている。瞳は灰色で、やんちゃに輝いていた。 「ははは。キングはよっぽどそのリスさんに夢中らしいな」  副社長で、天才プログラマーの狼星也{おおかみ・せいや}が微笑する。彼はその名通りオオカミ属性だ。黒髪に同色の大きな耳と、ふさふさの尻尾がついている。青みがかった目は、凛と澄んでいた。  この二人が獅子倉の幼なじみで、モフスタグラムの創業メンバーだった。  自社ビルの高層階にある幹部フロアは、まるでホールのように広々としている。ここには各自の机が設置されていた。磨き抜かれた窓の向こうには、都会では贅沢な一面の青空が続いている。 「当たり前だ。お前らもリスオに会ったら驚くぞ。あまりに可愛くて。普段はツンツンしてるけど、本当は母性に溢れた女神みたいな奴だ」 「ハイハイ。のろけは聞き飽きたぜ。なっ、星也」 「まあ、いいじゃないか、真咲。久々にキングの顔を見れて俺も嬉しいよ。ようやく全員が揃ったな」  三人は互いの顔を見回す。クールだが熱い心を持つリーダー役の狼。明るく、兄貴肌の宇佐見。そして、我が儘だが、他人を惹きつける魅力を持つ獅子倉。  どんな困難も助け合いながら一緒に乗り越えてきた。モフスタグラムがここまで大きくなったのは、狼と宇佐見の力があってこそだ。 「――で、今日の議題はなんだ。リスオと蜜月中のこの俺様をわざわざ呼び出したんだから、そうとうな内容なのだろう?」 「ああ、その件は少し待ってくれ。このバグを先に直したい」  パソコンを前に、狼が言った。バグの修正は部下がしてもよいのだけれど、彼は自分でやりたがる。プログラムいじりが好きなのだ。 「フン。さっさと終わらせろ。俺はジムに行きたい」 「文句言わず待ってろよ。自分は超がつくほどIT音痴のくせに」  宇佐見がくってかかる。二人はすぐ喧嘩になるのだ。 「うるさい! プログラムなんて出来なくても死なんっ」 「お前それでもモフスタの一員か? 少しは仕事しろっ。フリーター野郎」 「労働など不要だ! 俺のようなエンターテイナーは自分の勘だけしか頼らないっ」 「だーっ、もう! キングは国民の義務って言葉を知らないのかよ」 「二人とも、そのくらいにしろよ。真咲、キングがIT音痴なのは今に始まったことじゃないだろう? それを分かってて広告塔になってもらっているんだから。キングの知名度がなければ、今でも資本金が集まらず、俺たちは貧乏なままだった」 「……それは分かってるけどさー。チッ、星也に言われると、返す言葉もないぜ」  「フン」  狼の言う通りだ。獅子倉にプログラムの知識は無い。モフスタグラムは、天才プログラマーである狼を中心に発展してきた。しかし、狼は表舞台に出るのを好まない。その代わりに獅子倉がメディアに露出し、派手な話題を作ることで、間接的に資金を集めてきた。  なので、獅子倉は仕事らしいものは振り分けられていない。宇佐見が言うように、フリーターといえば、そうなのだ。 (しかし俺はそれをちっとも恥じていない。適材適所だ)  ふん、と腕を組んで鼻を鳴らすと、バグの修正が終わった狼が、二枚の書類を持ってきた。それを獅子倉に渡す。一方は業績速報で、もうひとつは外部メールを印刷したものだ。  キングはまず業績速報にさっと目を通す。一位がモフスタグラム、二位がライバル企業の〈にょろふぉと〉だった。

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