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 自分の腕の中で、青白い顔をしたリスオが、唇から血を流して横たわっている。そのまぶたは硬く閉じており、もう二度と、紅茶のように赤く澄んだ瞳が、自分を捉えることはない。マシュマロのように柔らかな唇が、キング、と音を紡ぐこともない。彼が優しく目を細めて、自分に笑いかけてくる機会は、永遠に失われる。 (……嫌だ) (嫌だ! 絶対に嫌だっ!)  愛しい彼がいなくなると思うだけで、獅子倉の胸は潰れそうになる。喉は渇き、脇の下に冷たい汗が流れていく。 (くそっ! くそっ……!) (もしかして、星也の言うように、蛇田の野郎はリスオを狙っているのだろうか?)  獅子倉は全身の血が逆流するような、激しい怒りに駆られた。悲しみが憎悪に変化しているのだ。一方で、想像だけで、こんなに激している自分が恐ろしい、とも思った。 (でももしそうなら……、リスオを狙っているのなら、決して許さない。殺してやる) (リスオだけは守らなくては、絶対に。……俺の命に替えても) 「言うことを聞いてくれ、キング。大げさかも知れないが、用心に越したことはないんだ」  狼が説得を続ける。 「……お前らの言いたいことは分かった。しかし、ボディガードは嫌だ。リスオの側に他人を近づけたくない」  獅子倉はどす黒い怒りが通り過ぎるのを待って、静かに呟いた。愛しい彼の近くに、自分以外の男が四六時中貼り付いているのは嫌だった。 「独占欲の強い野郎だ。じゃあどうすんだよ。お前一人で、あの可愛いパティシエさんを守れるのか?」   と宇佐見。 「守る、必ず。リスオの為なら死など怖くない」  獅子倉ははっきり言った。アメジストの強い瞳を向けられた狼と宇佐見は、目を合わせ、大きく息を吐いた。 「まったく、激あつカップルだぜ……。オレ汗かいちまいそう」 「同感だ。もとから燃えるやつだと思っていたが、恋人相手だと、こんなに情熱的になるとはな……。長い付き合いだが、驚きだ」 「どうする? 星也」 「ボディガードの件は諦めるしかないだろう。実際、キングより強い人なんて、そうそういない訳だし。なんたってWACの最年少王者だからな」 「ま、最初からダメ元だったからな。いざとなれば、完全獣化して、蛇に噛みついてもらうしかないぜ。仕方ねえなぁ。――おい、キング」 「なんだ。黙っていれば、さっきから好き放題言いやがって」  獅子倉は不機嫌に答える。 「お前、絶対に死ぬなよ。あと、パティシエさんをなんとしても守れ。あの人のチョコケーキは超美味い。オレ命令だぜ!」  宇佐見が獅子倉を指さした。 「ふん、当たり前だ」 「気をつけろよ。油断するな」  星也が寄ってきて、獅子倉の肩を叩く。 「俺は負けない」 「そう言うと思っていたよ。キングの強さは俺たちがよく知っている。でも、リスさんはそうじゃない。キングが脅迫されていて、なおかつ自分が狙われていると知ったら、怖がるかもしれない」 「確かに……」  いくら気の強いリスオでも、さすがに怯えそうだ、と獅子倉は思う。 (俺のことで余計な心配はさせたくない)  クリスマスシーズンが近づいてきたこともあり、リスオはいま忙しい。残業続きで、疲れている。獅子倉が脅され、自分の身も危ないと知ったら、心穏やかに過ごせないだろう。 (あいつはああ見えて、意外に肝が据わっているからな。思いがけないことをしでかす可能性もある)  なんて言ったって、初対面のライオン半獣人に噛みついてきたくらいだ。蛇田らしき不審な男を見かけたら、自分で捕まえようとするかもしれない。 (むしろそっちの方が心配だ。この事はまだ言わない方がいいかもしれないな……) 「……この件、リスオに黙っていた方が、いいだろうか?」  獅子倉は、初めて二人に考えを訊いた。狼と宇佐見は互いの顔を見て、頷く。 「もうしばらく、伏せていた方がいいだろう。嫌な予感がするが、まだ蛇田が何かしでかすと決まったわけじゃない。無駄に不安にさせるのはかわいそうだ」  と狼。 「その間に、オレと星也で調査を進めておくぜ。何か分かったらすぐ連絡する。パティシエさんに説明するのは、それからでも遅くないんじゃないか」 「そうだな。頼んだ。お前達を信じている」  獅子倉は深い溜息をついた。 「任せろ。俺たちは絆で繋がっている。必ず犯人を捕まえよう」 「星也の言うとおりだぜ。キングはパティシエさんを守ることだけ考えてろよ」 「ありがとう」  獅子倉は微笑んだ。狼と宇佐見も、ニッコリと口角を引き上げる。 「がんばろうな。キング、真咲」 「ああ。蛇なんかに負けんなよ、ライオン」 「当たり前だ。俺を誰だと思っている」  三人はハイタッチする。パンッ、と軽快な音が響いた。 (こいつらが仲間で良かった) (リスオは――……俺が守る。必ず)  獅子倉は硬く心に誓った。  愛しい彼のためなら命など惜しくない。リスオの笑顔を失う方がよほど怖い。その時初めて獅子倉は、恐れというものを感じた。 (今までどんな強い奴が相手でも、怖くなかったのに……。俺は弱くなっているのかもしれない。リスオを愛したせいで……) (でも、それでも……あいつが好きだ。俺にはリスオしかいない)  獅子倉は恋しい彼を想い、痛みに胸を締めつけられる。しかしそれは、とても切なく甘い疼きだった。

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