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23 第四章 こんな再会って、アリですか?

 十一月に入って、いっぺんに冬めいてきた。ピューピューと、冷たい風が吹く。木々は茶色に変わった葉を落とし、寒々しい枝を震わせる。街ゆく人々も、コートやマフラーを身につけている。最低気温を更新した朝など、冷蔵庫の中のような、雪の匂いがした。  〈パティスリー・マシェリ〉は一年で最も忙しい時期に突入している。 「いらっしゃいませっ」  リスオは元気な声を上げ、出来たてのケーキを補充する。まだ開店したばかりだというのに、店内は菓子を求める客でいっぱいだ。しーちゃんママに〈パティスリー・マシェリ〉の記事を書いてもらった後、本当に売上げが伸びた。一緒に掲載されたキングの写真とインタビューの効果もあるだろう。なんたって、 ――ここのレアチーズケーキは、今まで食べた中で、一番美味い。俺の舌を満足させるパティシエは、全世界でここにしかない。  なんて恥ずかしい事を堂々と言ったのだ。おかげで、勘の鋭い馬淵には、キングとの関係がバレてしまった。   「やっぱすげえな、有名スイーツライターの力は。あとキングに感謝だな」  厨房に戻ると、パレットナイフでナッペをしている馬淵が話しかけてきた。  ナッペとは、デコレーションケーキに生クリームを塗る作業のことだ。フルーツなどを挟んだスポンジを台に乗せ、パレットナイフを固定し、くるくる回しながら表面に伸ばしていく。馬淵はこれが得意で、均一で滑らかな仕上がりになる。 「あはは……そうですね」  リスオはプリン作りに取りかかった。  銀のボウルに、全卵やグラニュー糖などを入れ、沸かした牛乳と生クリームと一緒にホイッパーで混ぜる。その後裏ごしで濾{こ}す。裏側に残った液を残さずヘラでこそげ取り、ドロッパーと呼ばれる逆三角形の種落とし機へ注ぐ。それからプリン用の容器をいくつも並べ、同じ量になるように速やかに生地を入れる。それからオーブンで蒸すのだ。  プリンは使う材料も、行程も簡単だ。家庭でも調理可能。でもプリン作りに置いて、最も難しいのは固さの調整なのだ。  実際に、リスオが一人で初めて作ったお菓子は、プリンだった。牛乳と、卵と、砂糖を合わせ、小鉢に入れて鍋で蒸す、という単純なものだ。しかし、レシピ通りにやってもなかなか固まらず、少し火力をあげたら、すぐに鬆{す}が入ってしまった。上部はふるふるとした良い具合だったのだが、下がぽそぽそしていたのだ。味は悪くなかったけれど、それからどうすれば滑らかなプリンが作れるか、試行錯誤したのをよく覚えている。 (辰巳先生に初めて渡したのも、プリンだったな……)  過去の失恋を思い出し、リスオの胸が、ちくんと疼く。けれどそれは、赤ちゃんに引っかかれたような、ささやかで、可愛い痛みだった。  もう昔のように、呼吸が苦しくなるような辛さは襲ってこない。クリスマスが近づいてきても、トラウマが蘇ることもない。 (そういえば、最近悪夢を見ていないな……)  リスオは、自身の心の傷が、だんだん癒えてきているのを感じている。それが一体誰のおかげなのかも、薄々気づいていた。 (あいつ、しかいないよな……) 「おーい、手が止まってるぞ。まったく、初めての恋人が出来たからって、ぼんやりしちゃって。うらやましいぜ。俺はフリーだってのに」  ナッペの手を止めずに、馬淵が言った。物思いにふけっていたリスオは、慌てる。 「す、すみませんっ。でも進君、おれたちまだ付き合ってませんから」 「ん? 彼氏じゃねえの?」 「違いますよ。『好きだ』とか言われた訳じゃないし……」 「え、でもヤってんだろ?」 「ヤっ……! ヤ、ヤ、ヤって、ますけど……」  リスオはぼんっと顔を真っ赤にする。馬淵は、見た目は真面目そのものなのに、意外と際どいことを言う。 「ヤってんなら、彼氏じゃん」 「だって付き合ってくれって言わてないし……」 「えーっ、告られてないのにセックスしてんの? 今の若い人って自由すぎないか」 「や、やっぱりそれっておかしいですか?」  つい手を止めて、リスオは馬淵を見る。 「別におかしくはないけどさあ……。言葉だけが全てじゃないし。でもまあ、普通の流れから言えば、まず告白、んで付き合う、最後セックス、じゃない?」 「やっぱりそうですよね……」 「ま、キングに一般論は通用しなさそうだけどな。どうみても特殊だもん。まあ、大丈夫だろ。あいつ栗田にベタ惚れだし」  と彼は結んだ。 (告白、か……)  リスオは、プリンの容器を銀板ごとオーブンに入れながら、考える。 (あいつは、本当はおれのことをどう思っているんだろう。まだ『好きだ』とも『付き合ってくれ』とも言われていないけど……) (毎晩あんなエッチなことまでしているくせに……っ)  そこまで思い至ると、リスオはボンッと顔を林檎色に染める。  先月キングとデートした後、リスオは彼と接吻をし、その先の行為まで及んだ。どちらも生まれて初めてで、戸惑いも羞恥もあったが、相手がキングだと思うと、不思議と恐怖はなかった。むしろ、彼に与えられる快感に酔いしてれしまった。 (あいつ、普段はわがままな俺様で、家ではなんにもしないくせに、エッチになるとすごく丁寧で、優しくて、おれに甘々なんだよな……)  先日だって、始発でT京に行くという彼のために、わざわざ早起きして、見送った。しかも、出掛ける前に深いキスを交わしているうちに、興奮してしまい、リスオはキッチンで立ったままキングに口で愛された。 (いつもと違う場所だったから、ドキドキしたな……。あの時脚に力が入らなくて、やばかった。恥ずかしかったけど、すごく気持ちよかった……) (ああ、もうダメだおれ、ハマっちゃいそう……っ)  そんなことまで考えるなんて、キングの虜になっているのかもしれない。実際、初めてキスをしたあの日から、二人は毎日身体を触り合っている。 (これはなんていう関係なんだろう。友達? 恋人? それともセフレ?)  彼はリスオのことをどう考えているのだろう。そして、自分は――? (おれは……) (一体、おれは……キングのことをどう思っているんだろう……)  ぐるぐると考えていると、頬を紅潮させた店主が入ってきた。開封済みの封筒を持っている。 「通ったー! コンテストの書類審査、受かったぞ」  あれこれとキングについて考えていたリスオは、はっと意識を引き戻す。 「えっ? マジかよ父さん」 「嘘ですよね?」  馬淵とリスオは店主に駆け寄った。 「本当だよ。ほら見てごらん」  手紙は〈全世界デコレーションケーキコンテスト〉からだった。書類審査の通過の知らせと、二次審査である東北大会の日程が書かれていた。正月明けてすぐである。 (本当だ……。おれの考えたゾンビケーキが予選を通ったんだ。信じられない……!) 「まじかー……。やったな、栗田っ」 「は、はいっ」 「東北大会まで日がないぞ。練習しなくちゃな。絶対天辺とるぞ」 「はいっ。がんばります!」

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