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(早く喋るのを止めなくちゃ。このままじゃ大変なことになる)
第六感が警鐘を鳴らしているが、しかしなぜか口が止まらない。心臓が早鳴り、嫌な汗がどっと脇に出る。
加えて、先程言葉に出したキングと宇佐見の妄想が、リアルに脳裏に描かれてしまい、リスオはさらに呼吸が苦しくなった。
(考えるな、考えるな……)
しかし想像は止まらない。
都会の、夜景の見えるお洒落なオフィスで、社長の椅子に座ったキングの膝に、宇佐見が乗り上げる。二人は向かい合って抱き合い、視線を絡めながら、熱いキスをする――……。
(嫌だ!)
(止めて、キングをとらないで)
その瞬間リスオははっきりと嫉妬を感じた。胸が焼け焦げそうな痛みが襲い、感情をコントロールするのが難しくなる。ただの妄想を相手に、リスオは自信の無さによって芽生えた悋気{りんき}に、心を支配されてしまった。
「俺と真咲が……なんだと?」
「だ、だってキング、全然我慢できないじゃん。いつもおれを襲ってばっかりで……。おれが疲れてるって言っても、絶対ヤるじゃん。だから他の人ともヤってるのかなーと思っただけだよ。なんだっけ? ライオン半獣人は、百回エッチしないと終わんないんでしょ。おれとはいつも一回だけじゃん。だから、残りの九十九回は、他所{よそ}で処理してんのかなーって思うじゃん普通」
「普通かどうかしらんが、俺はお前としかしていない」
「どーだか! たまに上京してる時、風俗とか行ってんじゃないの」
「馬鹿言え。そんな所利用できる訳ないだろう。顔が知られている」
「じゃあ知り合いとヤるしかないじゃん。ほら、やっぱり真咲さんとシてるんだ」
「していない! 何度言えば分かるんだ」
「分かんないよ! キングの考えてることなんて、全然分かんない。それに、真咲さん、すごい可愛いし……ちょっと軽そうじゃん。誰とでもそういうことしそうだもん」
(……ごめんなさい、真咲さん)
リスオは心の中で宇佐見に謝った。彼が悪いわけではないのだ。今の自分には、相手が宇佐見ではなくても、キングに近づく人がいたら、男でも女でも、『可愛くてちょっと軽そう』に見えるだろう。きっと、キングを口説いて、己から奪ってしまう存在だと認識してしまう、と思った。
(どうしちゃったんだよ、おれ……)
(独占欲が強いのは、自分じゃないか)
リスオはきつく拳を握り、きゅっと唇を噛みしめる。
「……真咲のことを、悪く言うな」
そのテノールが響いた瞬間、リスオはハッとした。
キングの紫の瞳が怒りに燃えている。彼は立ち上がり、リスオの真正面にくる。グイッと顎を掴まれ、視線が絡むように持ちあげられる。射貫くような鋭い双眸だ。圧倒的な身長差で見下ろされて、リスオは思わず息を呑む。
(まずい……! キングを怒らせた)
「俺の親友を侮辱することは許さん」
いつものように、ビックリマークがつくような、激しい口調ではない。氷のような話し方だ。冷静な分、ぞっとする。
「……っ」
彼の手を掴み、引き剥がそうとするが、外れない。キングは、至極まっとうなことを言う。
「今のはお前が悪い。何が気に入らないのか知らんが、俺に八つ当たりするな」
「だって、それはキングがコソコソしてるから――」
「それはお前の方じゃないか。さっきだって、誰かと連絡をとっていただろう? 今日だけじゃない。一週間くらい前から、ずっとコソコソしてる」
「――っ」
気づかれている。キングは辰巳の存在に勘づいている。そして、それをリスオが隠したがっていることも、直観で分かってるようだった。図星を指されて、リスオはカッと頭に血が上る。
「相手は誰だ。何の話をしてる」
「キ、キングに関係ないだろっ」
「言え。俺は聞く権利がある」
「そんなもんお前にあんのかよっ」
「ある。おまえは俺のものだからだ」
キングの艶めいた低音が響いた。
「……っ!」
リスオの頬が真っ赤に染まった。不意打ちに口説き文句のような言葉を吐かれ、心臓が早鐘を打つ。
(こんな時に、そういう紛らわしいことを言うなよ……っ)
一瞬口論の最中だということを忘れそうになる。それくらい、彼の美声は甘かった。
「もう一度聞く、相手は誰だ」
「……っ」
「言え」
指に少し力がこもる。リスオは「うっ」と顔をしかめ、とうとう白状した。
「先生だよ……。高校時代の」
「……お前が好きだった、という相手か」
キングの澄んだ瞳に、一瞬悲しみの色が過る。
「……そう」
リスオはこくんと頷いた。もう隠していてもしかたがない。ここで嘘をつく方が、後々大変なことになりそうだった。
「それで、要件は?」
「おれが夢を叶えたお祝いがしたいから、一泊二日で温泉旅行に出ないか、って……」
「温泉だと? 了承したのか」
「……仕方なく」
「いつから」
「……明後日」
それを聞くと、キングが重く長い息を吐いた。彼の手から力が抜けていく。リスオの顎が自由になった。キングはゆらりと後ずさると、ソファにどさりと尻をついた。獅子のしっぽがだらんと垂れている。
(え……?)
今までの勢いはどうしたのだろう。キングはがっくりと肩を落としている。前髪が額にかかり、表情がよく見えない。
「……まだ会っていたのか」
ぼそりと彼が呟いた。
「えっ……?」
「その教師と、お前。まだ会っていたんだな」
「ちがっ……」
リスオはハッと鋭く息を吸い込んだ。嫌な予感がする。まるでハンマーで骨を叩かれているように、ガンガンと脳裏で警鐘が鳴る。
「俺はてっきり……もう完全に切れたんだと思っていた。この前デートした時、お前も『ずっと会っていない』と
言っていたから……。そうか、まだ続いていたのか」
「違う!」
リスオは声を上げた。
(誤解だ、まちがってる……!)
キングは、リスオが以前から辰巳と連絡をとっていたと思い込んでいる。リスオは必死にそれを否定した。
「キング、違うんだ。先生は雑誌の記事をたまたま読んで来てくれただけで、ずっと連絡は取っていなかった。会うのは八年ぶりだったんだよ」
「でも、旅行に出るじゃないか」
「それは……」
リスオは後ろめたさに目を逸らす。長い睫毛が瞳に影を落とす。
「まだ、その教師に気があるんだろう? 俺よりも……」
キングが視線を上げた。初めて見る、失望と嫉妬が混ざったような、複雑で暗い瞳だった。
「ちがうっ。おれは、おれは……。過去にケリをつけるために行くんだ。確かに先生のことは引きずっていた。でもそれじゃ駄目だと思うから、こうして改めて先生と向き合って、昔に決着をつけて、次の恋に進もうと……っ」
「ハッ」
短いが、明からな嘲笑だった。
「――!」
リスオは素早く息を吸い込んだ。
(今、鼻で笑った)
ズキッと胸が鋭く痛む。リスオは心臓の辺りの服をぎゅっと握った。
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