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 体育座りをしながら、寒い室内でスマホを握りしめる。暗い画面に自分の顔が映った。眉を八の字に寄せ、目を細め、口をきゅっと結んでいる。まるで今にも泣き出しそうな表情だ。 (なんで返事くれないんだよ) (もう、帰ってこないつもりかよ……)  リスオは唇を噛んだ。 (もしかして、おれに愛想を尽かしたんだろうか。でも、そうだよな。あんなに酷いことを言われたんだから、おれを嫌いになって当然だよな)  そう思い、自分を納得させようとすればする程、胸が錐で刺されたように痛む。 「アホネコ……。ごめんくらい、言わせろよ、バカっ……」  もう二度と、この部屋にいるキングを見ることは叶わないのだろうか。お気に入りのソファで、ごろりと寝転ぶ、男の姿が目に浮かぶ。  彼が去ってから、やけに静かで、落ち着かない。仕事にも身が入らず、ミスを連発し、ゾンビケーキ作りの練習も失敗ばかりだ。一人で摂る食事も味気ない。何よりリスオが辛かったのは、夜だった。ひとりで眠る、長い闇。  キングがいた時は、最近はいつも抱き合っていた。狭い布団の中で、彼の腕に頭を乗せ、足を絡ませ、キスを交わしながら、眠りに落ちた。  そういう時、あっという間に朝になると思ったものだ。目覚める度、時の流れが速すぎる、もっと寄り添っていたい、と考えていた。しかし、キングが帰ってこなくなってから、それは苦痛に変わった。  孤独に耐えられない時、リスオはあの和歌を思い出す。 〈あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む〉  今なら、この気持ちがよく分かる。一度共寝を知ると、もう前には戻れないのだ。  涙で枕を濡らした夜を思い出していると、手の中のスマホが振動した。辰巳の車が来たのだ。 「じゃ、おれ行くからな……。先生には絶対になびかないから」  溜息をつき、ここにはいない相手に語りかける。  鉛色の空から大粒の雫が降る中、リスオは痛む胸を抱えながら、アパートを出た。  

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