29 / 49
29
体育座りをしながら、寒い室内でスマホを握りしめる。暗い画面に自分の顔が映った。眉を八の字に寄せ、目を細め、口をきゅっと結んでいる。まるで今にも泣き出しそうな表情だ。
(なんで返事くれないんだよ)
(もう、帰ってこないつもりかよ……)
リスオは唇を噛んだ。
(もしかして、おれに愛想を尽かしたんだろうか。でも、そうだよな。あんなに酷いことを言われたんだから、おれを嫌いになって当然だよな)
そう思い、自分を納得させようとすればする程、胸が錐で刺されたように痛む。
「アホネコ……。ごめんくらい、言わせろよ、バカっ……」
もう二度と、この部屋にいるキングを見ることは叶わないのだろうか。お気に入りのソファで、ごろりと寝転ぶ、男の姿が目に浮かぶ。
彼が去ってから、やけに静かで、落ち着かない。仕事にも身が入らず、ミスを連発し、ゾンビケーキ作りの練習も失敗ばかりだ。一人で摂る食事も味気ない。何よりリスオが辛かったのは、夜だった。ひとりで眠る、長い闇。
キングがいた時は、最近はいつも抱き合っていた。狭い布団の中で、彼の腕に頭を乗せ、足を絡ませ、キスを交わしながら、眠りに落ちた。
そういう時、あっという間に朝になると思ったものだ。目覚める度、時の流れが速すぎる、もっと寄り添っていたい、と考えていた。しかし、キングが帰ってこなくなってから、それは苦痛に変わった。
孤独に耐えられない時、リスオはあの和歌を思い出す。
〈あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む〉
今なら、この気持ちがよく分かる。一度共寝を知ると、もう前には戻れないのだ。
涙で枕を濡らした夜を思い出していると、手の中のスマホが振動した。辰巳の車が来たのだ。
「じゃ、おれ行くからな……。先生には絶対になびかないから」
溜息をつき、ここにはいない相手に語りかける。
鉛色の空から大粒の雫が降る中、リスオは痛む胸を抱えながら、アパートを出た。
ともだちにシェアしよう!