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(キングがおれを好きでいてくれたなんて、気がつかなかった……。どうしよう、嬉しい。キングの気持ちが、すごく嬉しい……)
とくん、とくんと心臓が優しいリズムを刻む。頬が薔薇色に染まり、唇は熱い溜息を漏らした。知らないうちにリスオの紅茶色の瞳が潤んでいた。
(言わなくちゃ、何か……。答えなくちゃ……)
返事をしなければと思うが、よくよく思い返したら、リスオは辰巳を忘れることに手一杯で、キングについて深く考えたことはなかった。キスやそれ以上もしていることから、彼に好意があることは間違いない。けれどこの感情が愛だとは、長い間恋を遠ざけていたリスオにとって、すぐに自信が持てなかった。
(キングと一緒にいると、楽しい。いつも笑っていられる。逆に怒ったり、遠慮せずにぶつかったりすることも出来る。あいつがおれの特別なのは確かだ。……でもそれって恋なのか?)
時差ぼけならぬ、恋愛ぼけだった。リスオが黙っているのを見て、キングはふんと鼻を鳴らす。
「混乱しているようだな。まあいい。今日はただ決定事項を伝えただけだ」
「決定事項って……」
「俺の気持ちは変わらない。俺と結婚しろ」
生意気に命令するキングの姿が、同級生の女の子にプロポーズする男子小学生のように見えて、リスオは思わずクスッと笑ってしまった。
(ばかだなあ……)
「あは、あははは……」
「何を笑っているんだ」
「だって……」
「ふん、おかしな奴だ。――リスオの心が追いつくまで、俺はずっと待っている。だから、急がずに答えを出せ」
キングがさりげなくリスオの手を握った。少し汗ばんだ掌に、もしかしたら彼も緊張していたのかもしれない、と思う。
「うん、ありがとう……。もう少し待ってて」
リスオはこくりと首を縦に振り、彼の大きな手をそっと握り返す。
しばらくキングに甘えようと思った。やっと心の時計が動き出したところなのだ。ゆっくりと歩いて行こう。
(今度は焦らなくてもいい。キングはずっとおれの側にいてくれる……)
二人は手を繋いだまま急ぐことなく歩き出した。冷たい風が火照った皮膚に気持ちいい。
しばらく進むと、キングがおもむろに口を開く。
「……ずっと黙っていたが、リスオに話しておかなければならないことがある。重要なことだ。もしかしたら、告白以上に」
「えっ、なに……?」
「お前、最近俺と真咲の仲を疑っていただろう?」
ドキ、と心臓が鳴る。
「う、うん……。頻繁に連絡をとっていたみたいだから……おれに隠れて」
「それは誤解だ。真咲は大事な情報を俺に流してくれていたんだ」
「大事な情報って?」
「〈にょろふぉと〉の蛇田って男を知ってるか」
「知らない」
リスオは首を横に振った。
「モフスタのライバル企業の社長だった男だ。今は解任されて行方不明だ」
「その人がどうかしたの」
「俺を狙っている」
「えっ?!」
驚いて足が止まる。キングを見上げると、眉根を寄せ、真剣な瞳でどこか遠くを睨んでいる。
「な、なんでっ。どういうこと?」
「何から話せばいいのか……」
キングはそう呟いて話し出した。蛇田という男が、自分に筋違いの恨みを抱いていること。脅迫メールが届いたこと。そして奴の狙いはキングだけではなく、彼の大事な人――とりわけリスオが危険だということ。
全てを聞いて、リスオは唖然として言葉が出てこなかった。
「そんな……キングはなにも悪くないのに。全て蛇田って人の自業自得じゃないか」
「誰もがそう思っている。けれど奴は違うんだ。妄想に取り憑かれている。真咲の情報だと、奴は最近ドラッグにはまり、溺れているらしい。そのせいだろうよ」
「警察には連絡したの?」
「一応な。だが何かあってからじゃないと動けないんだと」
「そんな……」
リスオは絶句した。キングはポケットからスマホを出し、一人の男の写真を見せた。陰気な表情をしている。爬虫類のような目をしていた。
「蛇田だ。この顔に覚えはないか?」
リスオは首を横に振った。まったく知らない男だった。キングはスマホを同じ場所にしまうと、暗い溜息をつく。その瞳にわずかな不安があるのに気がつくいた。
(本当に、蛇田って人がおれを狙っているかもしれない……)
毛虫が這うような不気味な悪寒が背筋を震わせる。
「怖がらせるかと思って、今まで隠していた。そのせいでお前にいらぬ誤解をさせてしまった。悪かったな。今日お前とあの変態教師の後をつけていたのも、蛇田を警戒してのことだったんだ」
キングの話を聞いて、リスオはようやく思い至る。最近やけに行動を共にしていた理由はこれだったのだ。キングはリスオのボディーガードをしていたのだ。
(浮気していたんじゃなかったんだね……)
リスオはホッと息を吐いた。
「もしかして、近頃職場に送り迎えをしてくれたのも、蛇田からおれを守るため……?」
「ああ。黙っててすまなかった」
「そうだったんだ……。でも、大丈夫なんだよね? キングもおれも」
「問題ない。俺はWACの最年少チャンピオンだぞ。俺の側にいれば必ず守ってやる。命に替えても」
キングが言った。握った手にぎゅっと力がこもる。その頼もしい掌にリスオは安堵ししつつ、一抹の不安が消えなかった。
(大丈夫だよ、きっと……。例え蛇田がおれを狙っていても、キングが守ってくれる)
いつの間にか、二人は庭を一回りし、玄関に戻ってきていた。薄暗い車寄せの側で立ち止まる。もう少し待っていれば迎えのリムジンが来るだろう。
「この話はこれで終わりだ。今後も俺はお前の外出に付き添う。しばらく我慢してくれ」
キングが言った。
「うん。事情は分かった」
「じゃあ、お仕置きの時間だな」
「へ?」
「跡。ついてるぞ」
キングが空いた手で、自身の首筋を指した。獅子耳がぴくりと動き、今まで冷静な色をしていた瞳に嫉妬が混ざる。
「――っ!」
リスオは一瞬で真っ赤になった。すぐにキングが示した場所と同じところを掌で押さえる。
(辰巳さんの馬鹿……!)
手の下には辰巳が残した鬱血痕があるのだ。自分の生っ白い肌に赤黒い花が咲いているのを想像して、リスオは羞恥に慌てた。リスの尻尾がピンと立つ。
「ちがっ……これは、その、抵抗できなくて……っ」
「ふん。変態教師め、置き土産のつもりか。――来い」
グイッと引き寄せられ、キングはリスオのセーターの襟を荒々しく広げた。そこに唇を寄せ、折れそうに白い
首をきつく吸う。
(わっ……!)
まるで辰巳の跡に上書きするように、幾度も同じ箇所に自分の印をつけ、甘噛みする。熱い舌で皮膚を舐められると、びりっとした快感の痺れが起こった。
「――~っ……!」
リスオはぎゅっと目をつむり、独占欲を丸出しにするキングに耐える。
「くそっ……たくさんつけやがって。こいつは俺の物だってのに」
「キング……だめ、ここ外だって……。人、来ちゃう……っ、や……っ」
「知るか」
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