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 サバンナの野生ライオンが、獲物の息の根を止める時のように、キングがリスオの喉に甘く歯を立てる。敏感な首筋を、カリッと噛まれたり、ちゅっと優しく吸われながら、腰を抱かれ、脇腹のラインをゆっくりとなぞられる。そのまま不埒な手は太股へ下がり、柔らかい臀部を丸くなで回し、ふさふさの尻尾のつけねをカリカリと爪で引っ掻いた。ぞくっとした快感に、リスオは肌を粟立たせる。 (だめ、久しぶりだから、身体が勝手に感じちゃう……っ。ここは外なのに、誰か来るかも知れないのに……) 「っ……キング、も、や……っ、離して……」  リスオは弱々しい抵抗をする。 「俺以外の男に肌を見せた罰だ」 「おれ、のせいじゃ、ない……っ、う……、ぁっ」 「気持ちいいんだろ? 今度こそ俺に抱かれる気になったか」  キングがリスオの股を割り、自身の脚を押し入れた。すでに興奮しているリスオの局部を、布越しに擦り上げられる。 「ひぁっ……! ば、か……っ、やめ、やめて……っ」 「勃ってるじゃないか。どこでも発情するのか、好き者め」 「ひどい……っ、ん……ふぁっ」 (キングの意地悪っ。普段はもっと優しいくせに)  明らかに、辰巳に隙を見せたリスオへの意趣返しだ。ズボン越しに、スリスリと太股で肉棒を刺激されて、押さえていても喉から嬌声が漏れる。たまらずに、リスオはキングの広い背中にしがみついた。 (やばい、すぐイきそう) 「や、や、やぁ……っ、キング、だめっ。これ以上は、本当にだめ……っ」 「チッ。もうイきそうなのか」  こくこくとリスオは首を縦に振る。大きすぎる愉悦に、自然と涙が滲んでいた。二人は至近距離で見詰め合う。するとリスオの懇願が届いたのか、キングがアメジストの目を細め、ふっと微笑んだ。 「仕方ないやつだな。このくらいで勘弁してやるか。でも、俺の嫉妬はこんなもんじゃ収まらないからな。帰ったら、ゆっくり可愛がってやる」 「っぁ……!」  最後にコリッと一際強く服越しの陰部を擦ってから、キングの脚は離れていった。ビリビリと甘い痺れが全身に広がっていく。野外でいきなり愉悦の海に引きずり込まれ、ようやく解放されたリスオは、荒い呼吸をする。 (くそ、キングのやつ、悪戯しやがって……。今のでちょっとイっちゃったじゃないか……)  下着が軽く湿っている。もどかしいような、安心したような、温もりが寂しいような、複雑な感情でキングを睨んだ。 「お前、盛りすぎ……。場所を選ばないなんて、万年発情期とおんなじだ」 「ふん。リスオ相手じゃなきゃ、俺は勃たん」 「ばかじゃないの……」 「それくらいお前に恋をしているんだ。いつか、リスオからも同じ言葉が聞けると信じている。どう見ても、お前は俺に惚れているからな」 「どっからその自信が来るんだよ……。んっ……」  キングが尖らせたリスオの唇にキスをする。リスオは目を閉じた。ちゅっと甘く吸われる。彼の舌がリスオの口を割り、暖かい粘膜をなめ回していく。 (ああ、これだ……。キングとのキス……)  懐かしく、恋しい。そんな想いで胸が満たされていく。  二人はしばし久々の接吻に酔いしれた。リスオはそっと目蓋を開ける。  その時、一台の黒の乗用車がこちらに向かってくるのが見えた。県外ナンバーである。旅館の利用客だろうか。  ヘッドライトがまっすぐリスオに当たり、まぶしさに瞳を細める。光が七色にきらめいていた。キングは道路に背を向けているので、県外ナンバーに気がついていない。 「ちょっと……人、来るよ」  唇の角度を変える合間に、リスオが囁いた。 「見せつけてやれ」 「んもう、ばか……。ん、ふ……ん……っ」  きつく抱きしめられながら、舌で前歯の裏を辿られ、上顎をくすぐられる。つい官能に夢中になっていた。そのせいでわずかにリスオは反応が遅れた。  もうすぐ旅館の正面玄関だというのに、黒い車は一向にスピードを落とさない。 (あれ……?)  ようやく異変に気がついた。 (あの車、昼間見たような……)  心臓がドキンと不穏な音を立てる。  確か、辰巳の車の助手席に座っている時に、キングが乗ったリムジンの更に後ろを走っていた車ではないか。 (どうしてここに? ただの偶然……とは思えない)  リスオは車から視線が離せなかった。  フロントガラスの向こうで、私服姿の男がハンドルを握っている。両者の目が合った。爬虫類のような双眸で、よだれを垂らしながらこちらへ向かってくる。蛇田だった。 (嘘――……!)  リスオは青ざめた。喉が引き攣り、声が出ない。  県外ナンバーは一段高くなった車寄せに勢いよく乗り上げてくる。ガガガッとボディの底が擦る耳障りな音が響いた。キングとリスオめがけて躊躇いなく突っ込んでくる。 (轢かれる! 逃げなきゃ、今すぐに) (キング――……!)  音のない悲鳴が冬の夜空に響いた。  天からちらちらと雪が舞い散る。真綿のようなそれはあっという間に本格的に降り始め、辺りを白く化粧する。

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