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薄れゆく意識の中で、キングが何度も自分の名を呼ぶ声が聞こえた。それはまさに慟哭と呼ぶのに相応しい悲愴な響きだった。
（キング。泣かないで……。おれのキング。おれの愛しい人……）
リスオは想った。そこで意識がプツリと途切れた。
遠くでパトカーと救急車のサイレンが鳴っている。
☆～☆～☆～☆～☆
目が覚めたのは病院のベッドの上だった。両親が心配そうな顔で自分を見ている。
「ここは……」
リスオは唇を動かした。喉が乾燥し、声がかすれている。
「病院よ、リスオ。あなた丸一日眠っていたのよ」
「お母さん……」
涙に目を潤ませて、母が言った。
母の説明によると、リスオは腹部を蛇田に刺されたそうだ。その後旅館の従業員が呼んだ救急車によって搬送された。すぐに手術が行われ、五センチほど縫ったらしい。傷は幸いにも浅かった。オペは成功し、二週間ほどで退院出来るそうだ。
一方犯人の蛇田は駆けつけた警官に即逮捕された。やはり覚醒剤を使っていたらしい。しばらくシャバには出てこれないという話だ。
「そうなんだ……」
リスオは起き上がろうとしたが麻酔が効いているせいか上手く身体が動かせなかった。「うぅっ」と呻いてベッドに沈む。
「安静にしていなさい。でも警察から電話をもらって、心臓が止まるかと思ったぞ」
父が優しく言った。その老いた瞳に安堵の色がある。
「ごめんなさい……」
リスオは両親と抱擁をした。昔より痩せた背中を感じ、リスオはもう心配をかけないように、金輪際無茶はしないと心に決める。
「ねえ……キングは？」
会話が一段落つくと、リスオは辺りを見回した。
「キング？ あのライオンさんのことかい？ 面会はまだ家族だけしか出来ないんだ。明日になればお見舞いに来てくれるさ」
「そう……」
リスオは残念だった。早く彼に会いたい。顔を見て、想いを伝えたい。
（あいつの怪我は大丈夫だったかなあ……）
両親に水を飲ませてもらい、リスオはしばらく眠った。その晩は恋しいライオンの夢を見た。
しかし、それからいくらたっても、キングは病室に姿を見せなかった。
数日後。
「あいつなりに、気にしているんです。リスオさんのことを大切に思っているからこそ、怪我をさせてしまったことを、悔いているというか……」
狼が言った。
「そうだぜ。キングは今回のことをすっげえ気にしてる。リスオっちに傷を負わせちまったこと、死ぬほど後悔しているんだ」
宇佐見も続ける。リスオは彼らの言い分を聞きながら、はあ、と暗い溜息を漏らした。
入院してから一週間がたった。
キングのかけがえのない仲間である狼と宇佐見は、腹部を刺された翌日、すぐお見舞いに来てくれた。彼らは今回のことを謝罪し、リスオに怪我を負わせたことを心から詫びてくれた。それからも、仕事に余裕が出来ると、わざわざＴ京からＳ台まで来てくれる。今日で三度目の訪問だ。
彼らは病室に入ると、随分顔色の良くなったリスオを見て、「元気そうで良かった」とホッとしていた。
リスオは彼らを気に入り、友人と思うようになった。二人と話していると、キングの穴を埋めてくれるような気がするからだった。
宇佐見には、以前キングとの浮気を疑っていた、と素直に白状し、謝った。気さくな彼は、「ありえないぜ」と笑い飛ばしてくれて、リスオは安堵とした。
「だからって一回も姿を見せないなんて……ひどすぎるよ」
リスオは、起こした背もたれに寄りかかりながら言った。キングのことをずっと待っているのに、想い人はなかなかお見舞いに来てくれない。どうしてなのだろう、薄情な奴、と不満ばかりが募っていく。
「合わせる顔がないんです」
ベッドの側で立ったままの狼が答える。
「今日も一緒に行こうって誘ったんだけどさ、俺は行かないの一点張りよ。困ったもんだぜ。本当は誰よりもリスオっちのことが気になるくせに」
丸椅子に腰掛ける宇佐見が言った。
「本当かなあ……。会社には来てるの？」
「一応。でもジムに行ってばっかりで、いつも以上に仕事してない。な、星也」
「ああ。困ったものだ」
「何やってんだか……」
三人は顔を見合わせて溜息をつく。そして、ふっと笑い合った。キングの友人は気の良い奴らだった。
でも本当に話したい相手は、二人ではないのも事実だ。
（キング……どうして来てくれないんだろう。こんなに会いたいのに……）
入院している間、リスオはずっとキングについて考えていた。なぜ、彼は顔を見せてくれないのだろう。
（やっぱり怒ったのかな……。おれが無鉄砲な行動をとったから）
あの時は、キングを守らなくては、という衝動だけでとっさに身体が動いてしまった。妄想に取り憑かれた覚醒剤常習者の前に飛び出すことが、どんなに危険か、ということもよく考えずに……。
「おれが勝手にキングを庇ったから、怒っちゃたのかな……。だから病院に来ないのかもしれない……」
リスオは視線を落とした。
「それはない！」
宇佐見が否定する。
「俺も違うと思います。あいつはショックだったんですよ。リスオさんを絶対に守るんだって張り切っていましたから、怪我をさせてしまったことを深く悔いているんです。本当は誰よりもリスオさんの側にいたいはずです」
「そうだぜ。リスオっちに会いたくてたまらないに決まってる。でも……合わせる顔がないんだよ。何度も言うけど。自己嫌悪で潰れそうなんだ」
「長い付き合いだが、あんなに落ち込んでいるキングは初めて見た」
狼も同意する。
「だよな。すっげえ暗いよな。全然喋んないし」
「相当へこんでる」
二人に言われると、しょげているキングの姿が目に浮かぶようだ。その様子を想像して、心がじんわりと暖かくなる。
「そんなに……落ち込んでるの？ おれが怪我したから？」
リスオはおそるおそる口を開く。
「ええ。かなりキてます。あんまり眠れていないみたいだし。な、真咲」
「ああ。ちょっと痩せたよな」
「そうなんだ……。ふふ、ちょっと嬉しい……。なんて思っちゃ悪いよね」
リスオはつい口元を綻｛ほころ｝ばす。
「いえ。良いと思います。キングは心底リスオさんに惚れていますから」
「ああ。いい薬だよ。あいつ無駄にプライド高いからなー。でもリスオっちに会って、あいつ変わったよ。すげえ優しくなった。前はもっと傲慢だったもん」
「分かる。リスオさんに甘々って感じだもんな。いっつも惚気てるし。『俺のリスオはいつも可愛い』って」
「キングのやつ、リスオっちにデレデレだもん。――あ、リスオっち、知ってる？ あいつのスマホの待ち受け、リスオっちの寝顔なんだぜ」
「えっ？！ 嘘、知らなかった」
リスオは頬を赤らめた。いつの間にそんな写真を撮ったのだろう。
「隠し撮りしたって言ってたよ。お気に入りなんだって」
にやにやと宇佐見が笑う。
「他にも、『ご飯を食べるリスオ』とか、『買い物をするリスオ』とか、『店で接客をするリスオ』とか、いちいちフォルダ分けしてるんですよ」
狼もにっこりと口角を上げる。
「うそお……」
リスオはますます恥ずかしくなる。全部隠し撮りだ。
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