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「大好きなんですよ、リスオさんのことが。初恋の相手だそうです。リスオの為ならなんだって出来るって、いつも言ってますから」
狼が優しげに瞳を細めて言った。友人を想う暖かい双眸だった。
「そうだぜ。近いうちにT京の部屋を売り払って、こっちに移住したいって言ってるくらいだからな。首ったけなんだよ。オレ達が恥ずかしくなるくらいに」
にしし、と宇佐見が白い歯を見せて笑う。彼の子供っぽい表情にいつもなぜか癒やされる。
「キングのやつ、そんなことまで言ってるのか……」
リスオは呟いた。S台に引っ越してくるなんて話は聞いていない。人の都合も聞かずに、どんどん進めてしまうなんて、実にあいつらしい。
(いつも本当に勝手な奴なんだから……)
リスオはくすりと笑った。その優しげな表情を見て、狼と宇佐見が安堵したように息を吐く。
「だから……心配しないで下さい。キングは必ずリスオさんの元に戻ってきますから。なあ、真咲」
「そうだぜ。絶対にあいつはリスオっちのところに帰ってくる。だから安心して待っててくれよな」
「狼くん、宇佐見くん……。ありがとう」
「だから今は傷を治すことだけを考えて下さい。キングのことは心配しないで」
狼にそう言われ、リスオはこくりと頷いた。二人と話したことで、キングの不在による寂しさは少しはマシになる。
(それにしても……あいつ、そんなにおれのことが好きなのか)
彼らが帰った後、リスオはベッドに潜り込んだ。面映ゆくて、なかなか顔のにやけが収まらない。大好きだとか、初恋の相手だとか、いつも惚気ているとか、デレデレだとか、狼と宇佐見はキングの恥ずかしい一面を教えてくれた。普段は喧嘩ばかりだけれど、彼なりに、リスオのことを大切に想っているらしい。
(それにしても、おれの隠し撮り写真のフォルダって、なんなんだよ……。ばか)
頬がじわじわと熱くなっていく。
そんなことを思い出しながら、再会した際には問い詰めてやろう、と考えているうちにその日は眠りについた。
☆~☆~☆~☆~☆
リスオがキングを庇って怪我をしてから、一ヶ月近くたった。
十二月二十四日。クリスマスイブ当日の朝十時。
街は、銀や青のイルミネーションできらめいていた。あちこちに設置されたクリスマスツリーには、頂点の星や、プレゼントや、天使の人形など、可愛らしいオーナメントが飾られている。ジングルベルが流れ、道行く人々の声もどこか明るい。冬の匂いのする〈パティスリー・マシェリ〉の軒下では、サンタクロースの格好をしたアルバイトの大学生が、子供達に風船を配っていた。
店内はひっきりなしにお客さんが現れ、活気だっている。ショーケースはあっという間に空になり、パティシエ達が大急ぎで補充していく。そう、今日は洋菓子店が最も忙しい、聖夜なのだ。
(うわあ、めっちゃ混んでる……)
同僚達が慌ただしく仕事をしている店の片隅で、リスオは申し訳なさそうに佇んでいる。手には差し入れの弁当やカップ麺が入った袋あった。
「栗田。待たせたな。こっち」
馬淵が厨房のドアを開けて手招きをする。リスオはお客を避けて、裏へ回った。二階の休憩室へ向かう。リスオと彼は中へ入ると、畳に上がった。
「すいません。一番忙しい時にお休みをもらっちゃって……。これ差し入れです」
リスオが頭を下げると、馬淵はいい、いい、というように手を軽く振った。
「気にすんな。お互い様だって」
でもサンキュ、と馬淵が袋に入った弁当を受け取る。店主の馬淵夫妻と、その息子の進には、キングを庇って怪我をしたことを報告してあった。
手術をして一ヶ月経ち、経過は良好で、日常生活は支障なく遅れるが、しかしまだ立ちっぱなしのパティシエの仕事に復帰するのは難しかった。なので、申し訳ないが二・三ヶ月の休みをもらったのだ。
「それよりも、怪我の具合はどうだ? もう動いて大丈夫なのか。一人暮らしだろ、食事とかどうしてる?」
馬淵が瞳を細めて、心配そうに訊いた。
「ありがとうございます。まだ痛むけど、かなり良くなってきました。母がちょくちょく来てくれるので、家事は大丈夫です」
「そっか。悪いな、なかなか手伝いに行けなくて。今の時期は忙しくってさ」
「分かってますよ。大丈夫です、気にしないで下さい」
リスオは曖昧に笑った。いつも輝いている紅茶色の瞳は、今は悲しみにくすんでいる。
キングと会わなくなってから一ヶ月以上経った。最初は狼と宇佐見の話を聞いて、すぐ帰ってくると楽天的に考えていた。しかし、一日、また一日と時間が過ぎて行くにつれて、キングはもう自分の元に戻ってこないのでは、という不安の方が大きくなってきたのだ。
(キングはもう、おれと会うつもりはないのかもしれない……)
正直、縫った部分より、心の痛みの方が辛い。電話をしても、ラインを送っても返事は来なかった。一応既読がつくので、目を通して入るようだが、しかし自分と連絡をとる気がないという事実が、リスオを打ちのめしていた。
(おれのことを好きじゃなかったのかよ……。どうして会いに来ないんだ)
(やっぱり嫌われたのかな……。勝手にキングを庇って怪我までして……重い男だと思われたのかも)
(おれ達は、このまま始まる前に終わってしまうのかもな……)
はあ、と堪えきれない溜息が漏れる。その様子を見て、緑茶を入れてきた馬淵が、くいと眉根を寄せた。
「なに。どったの」
馬淵が卓袱台に湯飲みを二つ置いた。
「いえ、別に……」
「怪我のことじゃなさそうだな……。キングと何かあった?」
ずばり訊いてくる。黒い瞳が真っ直ぐリスオを見ていた。
「実は……」
リスオは心に溜まっているモヤモヤを全て吐き出した。キングが一度も病室に来なかったこと。その原因が自分にあるのではないか、ということ。狼と宇佐見によると、キングはリスオが怪我をした事に対して、責任を感じており、そのせいで合わせる顔がないこと。そして、このままでは、自分たちは恋人同士になる前に破局してしまうのではないか、とリスオが不安になっていること。
馬淵が忙しい身なのは理解していたが、しかし誰にも相談出来なかったので、リスオはもういっぱいいっぱいだった。
馬淵はリスオが話し終わるまで、黙って緑茶を啜っていた。そして、最後まで聞くと、こんと湯飲みを台に置いて、こう言った。
「話は分かった。つまり、キングが栗田のところに帰ってくればいいんだな?」
「ま、まあ、そうです」
リスオは自分の悩みをざっくり纏{まと}められて、口ごもる。
「よし、なら俺に良い作戦がある。これを使えばどんな男もホイホイ会いに来るぞ」
「えっ、まじですか」
「まじだ。でもその前に、ひとつ確認しておきたいことがあるんだけど」
「なんでしょう」
「栗田はキングのことが好きなんだよな? 身体だけじゃなく、心もって意味だけど」
馬淵は言った。
「――……! は、はい……。おれも、あいつが好きです」
リスオは問いの意味に顔を赤らめてから、こくりと頷いた。今まで何度も考えた言葉だった。キングに本気の恋をしていなければ、身を挺して庇うことなど出来やしない。
「どのくらい好きなの。具体的に」
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