41 / 49
41
「ぐ、具体的？ そうですね……。あいつのことを考えると、胸がキュンとなるというか……。街でもキングがどこかにいないかと、つい目で探しちゃったり……。あいつから電話が来る夢を見て、ハッと起きたらスマホを握りしめたまま寝てた、とか。あと、えーとこれは超恥ずかしいんですけど……あいつが使っていたブランケットとか、そういうのを抱きしめて、眠ってます」
毎朝目覚めると、涙の跡があることは、黙っていた。
「ふむ、大いに結構。栗田があいつにベタ惚れってことがよく分かった。じゃ、キングの為になら何でも出来るか？ かっこ身体を張る以外で」
馬淵は深く頷くと、質問を続ける。
「あはは……。はい、出来ます」
「今回の怪我のこと、俺も肝を冷やしたんだぞ。キングに首ったけなのも分かるけど、自分のことも大事にしろよ。死んだらなんにもならないんだぞ」
彼のありがたい説教に、リスオは素直に頷いた。
「ごめんなさい。心配してくれてありがとう、進君」
「栗田は可愛い後輩だからな。――じゃあ、あいつの為なら、命を賭ける以外ならなんでも出来るんだな」
「はい」
「なら、お前のバージン、キングに捧げられるな？」
「えっバージン？ は、はい。初めてはあいつにあげたいと思ってるんで……」
「良い心意気だ。じゃああいつに電話して、こう言うんだ。『キングがいないせいで、独り寝が寂しくて、アナルを開発してしまいました。今夜サンタクロースが届けてくれる大人の玩具で、貫通します。今までお世話になりました。さようなら』」
馬淵が至極まじめな顔で言った。
「ええっ？！ なんてこと言わすんですかっ」
リスオはぶったまげた。
「このくらい言わないと、意固地になった男は帰ってこないって！ 大丈夫、安心しろ、ヤる気満々で即戻ってくるから」
「まじですか、それ言わなくちゃいけないんですかっ」
「キングに帰ってきて欲しいんだろ？ ナイフ持った奴の前に飛び出すより遙かに簡単だって」
「そりゃそうですけど」
「恥ずかしいならラインでもいいから。な、いっぺんやってみ？ 絶対に戻ってくるから。俺が保証する」
何故か自信満々に馬淵が言った。彼のいつも冷静な目が黒く輝いている。
「……進君、もしかしておれをからかって遊んでない？」
じろっとリスオが馬淵を睨む。
「まさか。超本気です」
「絶対に楽しんでる！」
「……ちえっ、バレたか」
「当たり前でしょ。ふふ、あはは……イテテテ」
二人は顔を見合わせて笑った。リスオが明るい声を上げる度、縫ったところが引き攣って痛かった。でも馬淵曰く『笑った方が血流が良くなって早く治る』らしいから、心配はいらないそうだ。
（こんなに笑ったの久しぶり……）
「進君、ありがとう」
リスオは馬淵を見て、赤橙色の目を細める。友人と話したことで、ずっしりと重かった心が軽くなっていた。
「気にすんな。あ、でもこれはあくまで誘い文句だから、絶対に無理するなよ。煽られた童貞に付き合ってたら、まじで腹の傷が開くぞ」
「えっ！ う、うん……」
「約束だぞ。もし開いたら、俺が親父の釣り針で縫っちゃうからな」
ご丁寧に、馬淵は傷を縫う仕草までする。
「分かったよう……」
それから二人はしばらく会話をし、リスオは〈パティスリー・マシェリ〉を後にした。馬淵は「健闘を祈る」と言って、すぐ厨房に戻っていった。貴重な時間を割いて自分の恋愛相談に乗ってくれたことが、素直に嬉しかった。
（アドバイスがちょっとアレだったけど……。進君、ありがとう。おれ、一か八か、その作戦に賭けてみる）
だがさすがに口頭で伝える勇気は出なかったので、電話ではなくメッセージを書くことにした。馬淵が言った内容を思い出してラインに打ち込み、送信する。
（後は野となれ山となれ。ここまでやっても帰ってこなかったら、その時はその時だ）
リスオはそう腹を決めて、ゆっくりと歩き出した。
その晩。日付も変わろうかという深夜零時五分前、リスオのアパートのチャイムが鳴った。ピンポーン。
すっかり寝こけていたリスオは、布団にくるまりながら、身じろぎをする。
（誰だよ一体……こんな時間に）
ピンポーン。ピンポーン。ピポピポピンポーン。
騒々しい呼び鈴の音に、リスオは一気に覚醒し、ガバリを布団を撥ねのけた。
「おい！ リスオ、開けろっ」
玄関の向こうで大きな声で自分を呼ぶ声がする。
（まさか、まさか……！）
こんな近所迷惑極まりない行いを平気でする人間を、リスオは世界で一人しか知らない。もしかして来てくれたのだろうか。ずっと待っていた男が。
心臓がドキドキと鳴った。もどかしい思いでドアまで走り、震える手で鍵とチェーンを外し、ノブを回す。その間も緊張で喉が渇いてしかたなく、息が上がっていた。わずかに扉を押すと、外からグイッと開けられた。
見上げると、トレンチコートの肩に雪を乗せたキングが立っていた。手にはクリスマス柄の紙袋を持っている。怒っているように頬と、鼻の頭を赤くし、バイオレットの瞳でリスオを睨んでいた。
「キング――……」
リスオはようやく会えた恋しい男の名を呼んだ。
（やっと帰ってきてくれた……）
ニケ月弱ぶりに見る、好きな相手の顔に、リスオは胸が熱くなった。キングは変わっていなかった。夢にまでみた彼の登場に、リスオは感極まって、しばらく言葉が出なかった。
同時に、馬淵のアドバイスのすごさを思い知る。
（本当に来てくれるなんて……！）
「おい、無事なんだろうな？」
キングはずかずかとリスオの部屋に入ってくる。勝手知ったる風に中へ上がった。トレンチコートの下に着ていたのは珍しくスーツだった。ジャケットを放り投げ、ネクタイを乱暴に緩めると、シャツ姿でどかりとソファに座る。その際に、慌てて近づいてきたリスオに持っていた紙袋を押しつけた。
「わっ。何これ」
「土産」
「お土産？ なに、どこか行ってたの？」
「そんなことはどうでもいい。で、無事なんだろうな？」
「無事って何が」
「決まっているだろう！ お前がメッセージを送ってきたんじゃないかっ」
くわっと尖った八重歯をむき出しにして、キングがわめく。リスオはようやく彼の言いたい内容を理解して、ぼんっと顔を真っ赤にさせた。
（そうだ、キングはおれが毎晩一人エッチしてると思ってるんだよね。しかも後ろを開発してると勘違いしているんだ……）
そのきっかけを作ったのは自分だ。彼を呼び出すための方便とは言え、今さらながらにとんでもない嘘をついてしまった。
「あ、あれは……その……」
リスオは軽く握った拳で口元を隠す。頬がじわじわと熱くなり、視線を斜めに上に向けた。まっすぐ彼の顔が見られない。
再会の喜びや、会えない間の不安を切々と訴えることよりも、今この状況をなんとかしなくてはいけない、という奇妙な事態に陥ってしまった。
（なんかおれ、すごく恥ずかしいことをしてしまったような……）
彼に会いたいから、と馬淵の提案に飛びついてしまったが、しかい大変な内容のメッセージを送ってしまったのではないだろうか。事実、キングはかなりご立腹のようである。
「なんなんだ。はっきりしろ」
キングの声が尖っている。
ともだちにシェアしよう！
