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「だからあの……そのぉ……キングが言いたいのは、その、お、おれの送ったメッセージの……、内容についてだよね……、だからその……えっと、ですね……」  もじもじしながらリスオは言葉を探す。どう説明したらいいのだろうか。 「はあ? いい加減にしろ! これ以上俺を怒らせたいのか」 「お、怒らせたいわけじゃ」 「実際イライラさせてるだろ! なんなんだよ、お前。……ったく、馬鹿じゃないのか。こんな訳の分からない相手に振り回されて、俺様が可哀想だ」  キングが悪態をつく。その言い方に、リスオは自分が蒔いた種ということも忘れ、反射的にむっとした。 「ちょっと、馬鹿は言い過ぎでしょ? 大体、全部キングが悪いんじゃないか。おれの病室に一回も見舞いに来ないなんて、この薄情者っ」  キングを睨みつい応戦する。 「なんだと? お前は俺の気持ちが分からないのか? どの面下げて会いに行けばいいんだよ! ふん、星也や真咲からさんざん俺の様子を聞いておいて、ずいぶんな言い草だな。もっと素直に寂しかったと言えんのか」 「はあっ? 言うわけないでしょ。キングさあ、ちょっと調子に乗ってんじゃないの? おれさ、お前を庇って怪我したんだよ。分かってる? めっちゃ痛かったんだからね」  嘘だ。本当は刺された瞬間は淫術のせいで、それほど苦痛はなかった。 「ふん、知るか。守ってくれなどと頼んだ覚えはない!」 「ひどっ! それが命の恩人に向かっていう言葉? 最低だね」 「リスオこそ、もっとしおらしく、ごめん会いたかったとか言えんのか。可愛げのないやつめ。こんな元気な怪我人、心配して損した」 「――っ、うるさいなあ。じゃあ出て行けば? 何で来たんだよ」 「お前が呼んだんだろうがっ!」  二人は睨み合いながら、息を荒くする。売り言葉に買い言葉で、リスオは腹が立っていた。けれど、一方でこんな無意味な口喧嘩はしたくない、と思っていた。 (違う……) (おれが言いたいのは、憎まれ口じゃない。本当は伝えたいことがあったのに。キングに告白したかったのに、おれも好きだよって言いたかったのに……)  守ってくれてありがとう、ずっと恋しかった、と伝えたいのに、何故気持ちと逆の内容ばかり、唇が紡いでしまうのだろう。 (どうしてこうなっちゃうのかな……。喧嘩なんかしたくないよ。おれはなんで、こんな時まで素直になれないんだろう)  じわっと目頭が熱くなった。感情的になる自分が恥ずかしかった。元はと言えば、辰巳と温泉旅行に出る時に口論をしたのが全ての始まりだったのだ。そこから二人の騒がしくも楽しい日々が壊れてしまった。  リスオはキングから顔を逸らし、唇を噛んだ。その時胸に抱えたままの紙袋の中身が目に入る。そこには二十センチくらいの緑の人形と、透明フィルムに包まれたTシャツのようなものがあった。 (なにこれ……?)  喧嘩の最中だというのに、リスオはふとその土産に意識を奪われた。手を突っ込んで人形を取り出す。それは自由の女神像だった。右手で松明{たいまつ}を掲げる姿はあまりにも有名だ。リスオは、もう一方のTシャツも取り出した。白地に黒い文字で、『I♡NY』と書いてある。ハートの部分は赤だった。 (ニューヨーク……?)  その時リスオはハッとした。もしかして、キングが今までいたのは、日本ではなく、アメリカだったのではないか。  慌てて彼を見ると、やや疲れたような顔で、ソファにもたれている。日本とアメリカの時差は約十三時間。あちらの方が遅れている。飛行機で移動するとなると、半日以上かかる。 「もしかして……キングはニューヨークにいたの?」  恐る恐る訊くと、彼は不機嫌そうに首を縦に振った。 「ああ」 「ご、ごめん! おれ知らなくて……」  リスオは慌てた。S台にいないとは思っていたが、まさか国外にいるなんて、想像も出来なかった。 (じゃ、じゃあおれが呼び出したから、急いで帰ってきてくれたってこと?)  その事実に気がついた時、リスオの胸がじわりと熱くなった。 (おれのために、そこまで……) 「当たり前だ。ニューヨークに出張しているとは言ってない。星也と真咲にも、口止めしておいた」 「えっ、じゃあ……」 「リスオがおかしなメッセージを送って来たから、すっとんで帰ってきたんだよ。明日からの予定も全てキャンセルだ」  じろりとキングがリスオを睨む。 「ご、ごめん。でもよく日本行きのちょうどいい便があったね」 「ばか。プライベートジェットをチャーターしたんだ。そうしないと、クリスマスイブのうちに日本に帰れなかったからな」 「プライベートジェット?! さすがモフスタの社長……。でも、そこまでして、どうして?」  リスオは小首を傾げた。 「お前の処女を誰にも渡したくなかったんだ。例え、サンタクロースが寄こした玩具{がんぐ}にも……。でも、俺はその立場にない。リスオを守れなかったし、それに、お前に罵倒されるのが怖くて、病室に行く勇気も出なかった……。だから、俺にリスオを愛する資格はない」  キングが言った。金の睫毛に覆われた目を伏せる。バイオレットの瞳が切なげに揺らめいていた。 「罵倒って、どうして……? おれ、嫌な思いしてないよ」  ののしるという言葉の強さにリスオは戸惑う。キングに対する本気の悪口など一度も考えたことはない。 「どうしてって……普通は怒るだろう。守るって言われてたのに、逆に怪我させられたんじゃ……。しかもお前は俺を庇って腹を刺された。俺の責任だ。隙を見せたから……」 「それは違うよ! おれが自分でやったんだ、キングが気にすることじゃない」 「だとしても、俺は己を許せない。リスオの身体に痕が残った。お前を傷物にした。その責任を取らなくちゃいけない」 「責任って……?」 「もう二度と会わない」  キングがつぶやいた。その瞬間リスオは後ろから頭を殴られたような衝撃を受けた。 「に、二度と会わない……?」  問い返す声が震えていた。 「俺と関わらなければ、お前は傷つかずに済んだ。出会わなければ、痛い思いや、怖い経験をしなくてもよかったんだ。俺はメディアに顔を出しているから、トラブルとは切っても切れない関係にある。でも前は俺が守ってやるから、リスオは何も気にしなくていいと思っていた。安心して側にいればいい、と考えていた。でも違った。甘かった。浅はかだった。俺は弱い……。お前を守れなかった」  そこで一度キングは言葉を切った。俯きながら指先を額で押さえ、深く長い息を吐く。 「あのなリスオ、俺は、自信が無いんだ……。次なにか事件が起こったら、今度こそお前を失うかもしれない。それが怖い。お前のいない世界じゃ、生きている意味が無いんだ。でも、リスオが俺のせいで怪我をするのは、もう耐えられない。正直、自分が腹を刺されるより辛い。だから、それならいっそ、俺とは一才関係ないところで、リスオが元気に暮らしてくれればいい、と思ったんだ。お互いが出逢う前に、時計を戻せばいい。そうすれば、リスオはこれからも安心して暮らしていける。変な恨みを買うこともない。またあの店で、大好きなケーキを焼いて、笑っていられる……。それがお前にとって一番の幸せなんだ。だからもう……この部屋へ来ない。お別れだ」

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