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 キングが目を逸らしたまま言った。その悲しげな声色に、リスオの胸はキリキリと締めつけられた。 (まさか、そんな――……)  脚から力が抜けていく。このまま床にへたり込みそうだった。彼の離別の言葉に、リスオは唇を震わせた。 (あんなにおれを好きだって言ってくれたのに……。愛してるって告白してくれたのに……。キングにとって、おれは手軽にサヨナラ出来る相手だったの……?)  肺が縛り付けられたように苦しくなった。やっと見つけた次の恋。それがいま、自分の手の届かないところで終わろうとしている。キングが一人でピリオドを打とうとしている。 (いやだ、行かないで) (おれを置いてかないで、キング……!)  リスオの身体が勝手に動いていた。ドサッとニューヨーク土産を床に落とし、ソファに座るキングに抱きつく。柔らかな癖のある金の髪ごと、太い首に手を回した。ぎゅっと力を込める。ずっと恋しかったムスクの香りが鼻をくすぐった。甘くて癖になる官能な匂い。この魅惑的なフェロモンを放つ男を離したくない。もう相手のいない世界には戻れないのは、自分だって同じだ。  リスオは彼と出会って、初めて運命というものを感じた。人と人とを引き合わせる強い力。神様の意思としか思えない巡り会い。 (失いたくない――……!) 「お願い。どこにも行かないで、キング」  リスオの赤橙色の瞳から、透明な雫が溢れる。鼻をすすりながら、愛らしい顔をくしゃくしゃにして、リスオは懇願した。 「リスオ……」  キングが息を呑む。いつも生意気なテノールが戸惑いにかすれる。その声にさらに心臓を揺さぶられ、リスオはますますキングにすがりついた。 「行っちゃやだ。もう二度と会わないなんて、言わないで……!」 「おい、離れろよ……」  キングがリスオの腕を解こうとする。しかし彼の手は優しく、全然力がこもっていなかった。 「……っ、ひっく……嫌だ、やだ……っ。ぜ、絶対に……はな、離さないからっ。どこにも、行かせない。キングはおれの、ものなんだか、ら……っ。ひっく、ひくっ……こ、こんなに……好きに、させといて……っく、今さら放り出すなんて、ひ、ひどいよ……っ」  しゃくりあげ、鼻水を垂らしながら、リスオは言った。 「リスオ……」 「ばか、ばか……ひ、くっ……ひっく、キングのばかぁ……! おれのこと、好きだって、言ったく、せに……ひっく……。っく、ひくっ……愛してるって、言っ、た……! 嘘つき、うそつきっ」 「ごめん。泣くなって」  我慢できなくなったのか、キングが大粒の涙を流すリスオを抱きしめ返した。背中をゆっくりとさすり、ピンと張り詰めたリスの尻尾をあやすように撫でる。 「ひっく……そ、んな簡単に……さ、さよなら言うなんて、最低だよ……! おれの気持ち、全然考えてない……ひくっ、ひっく……。入院してる間も、い、一回もお見舞いに来てくれないし、ラインだって……既読無視、されて……おれどんだけ傷ついたか……っ」 「……悪い」 「嫌われたかと、おも、思ったん、だぞ……! ひっく……もう会いに来てくれないって、考えたら、ど、どんな手を使っても……れ、連絡とんなきゃって……」 「だからいきなり、あんなおかしなメッセージを送ってきたのか……」  こくこく、とリスオは首を縦に振った。大きな瞳を潤ませてキングを睨むと、彼はしばらくその目を見詰め返した。 「俺が好きか、リスオ」 「うん……」 「俺と逢えなくて、寂しかったか?」 「うん、うん……っ」 「連絡が来なくて、嫌われたと思ったのか……」 「そうだよ……。おれのことなんか、もうどうでもいいんじゃないか、って……思ったよ……」 「そうか……。そうか、リスオ……」  今まで迷いにぐらついていたキングのまなざしが、ふいに揺らがなくなる。それからもう、彼は目を逸らさなかった。ふっと薄い唇を綻ばせる。紫水晶に似た美しい双眸がじわりと細くなった。 「……なんだよぅ」  リスオが頬を膨らませる。キングは何故微笑んでいるのだろう。しかも、とても嬉しそうに。 「いや……。どうしてだろうな。泣かれているのに、熱烈な愛の告白をされている気分だ」 「う、うるさいな」  顔が恥ずかしさでじんわりと熱くなる。自分でも途中からそんな気がしていた。 「なぜだろう。今とてもリスオに優しくしたい」  キングが節ばった掌で、リスオの滑らかな頬を包んだ。親指の腹で流れ落ちる水滴をそっと拭う。 (え……?)  どきんと心臓が跳ねた。彼はとても暖かい瞳をしている。慈愛に満ちた、といってもいい。 「どうやら、俺は拳だけじゃなく、決意も弱いらしい。お前が泣いているのを見て、正直ほだされた。置いていけるわけがない」 「ってことは……」 「ああ。もうどこにも行かない」 「本当?」 「ったく、いつも強気なくせに、こういう時だけ可愛く縋ってくるなんてな……。勝てるわけないだろ」 「キング……」 「好きだ、リスオ。一生俺の側にいろ」  キングが言った。アメジストの瞳に射貫かれる。 「……っ、偉そうに……」  リスオは喜びと恥ずかしさで胸が熱くなった。心臓が高鳴り、血液を体中に送り出している。指先までじんじん痺れてきた。 「答えは? もう決まっているだろうが」  自信満々に問われる。キングの長い人差し指が、栗色の毛先をくるりと巻いた。普段はしない甘い仕草に、リスオはますます顔が赤くなる。リスオは彼から目を離さずに囁いた。 「……おれも、キングが好きだよ。新しい恋をするなら、お前とがいい」 「やっと伝えてくれたな。そう言ってくれるのをずっと待っていたぞ」  キングが歯を見せて笑った。 「ばか……っ」  リスオはにっこりと微笑む。長い睫毛の間から暖かい涙が流れ落ちた。それを見たキングが、リスオの唇に自分のものを落とす。柔らかな粘膜同士が触れ合った。小鳥がするようについばむだけのキスを繰り返す。 (やっと、やっと……両想いになれた) (好き、大好き……キング……)  リスオは彼の膝に乗り上げ、ぎゅっとしがみつく。服越しに互いの鼓動を感じる。 (おれだけじゃない、キングもドキドキしてる……)  キングはリスオのふっくらした唇を割り、自身の厚い舌を差し入れる。そのまま歯列をなぞり、丹念に舌を吸われると、背筋がぞくぞくと痺れる。 「んっ」  不意に嬌声が漏れた。キングが、リスオの尻尾の付け根を、爪で掻いているのだ。くすぐったいような甘い疼きに、リスオは華奢な身体をよじる。 (やばい、そこダメ……) 「やっ、んっ……」 「ここ、好きだったよな。少しだけ、触ってもいいだろ……? 大丈夫だ、すぐ止めるから」 「えっ、終わりにするの?」 「当たり前だろ。怪我人にこれ以上出来るかよ」 「やだ、止めないで。今ここで、おれをキングのものにして」  リスオは言った。零れそうに大きな瞳が、期待と欲情で、うるうると潤んでいる。 「しかし……」 「お願い。抱いて……。キングが、欲しいんだ……」  リスオはじんじんと頬を熱くして、囁いた。 「……っ」  キングはリスオの紅潮した顔を見て、ゴクリと唾を飲み、「うぅ……」と呻いた。それから頭を左右に振る。豊かな金の髪が乱れた。 (ここで終わるなんて、嫌だ。早くキングと一つになりたい……)

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