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46 エピローグ
一年後の十二月中旬。T京の某豪邸。
「ちょっとはやいけど、メリークリスマス!」
三才になった双子の女児が、嬉しそうにはしゃいでいる。二人は、リスオが作ったクリスマスケーキを見て、大喜びだ。
「すごい! でっかいよ」
と姉のみおんが元気に言う。
「大きいイチゴ……おいしそう」
と妹のりおんも、恥ずかしそうに言った。キングの妹達は金毛をツインテールにし、お揃いの赤いセーターを着ていた。ライオン属性なので、獅子耳と尻尾もついている。
ここは都内にあるキングの実家。広いリビングに、強大なクリスマスツリーが飾られ、賑やかな音楽が流れている。ダイニングテーブルには、キングの父と、継母と、妹たちと、キング本人と、そしてリスオが席についていた。食卓には手作りのごちそうが並ぶ。
「いやあ、息子のパートナーがこんなに素敵な人だなんて、驚いたな」
キングの父がグラスを片手に微笑んだ。五十代で、ライオン属性の金の髪をオールバックにしている。目は息子と同じ紫だ。
「リスオくん、とってもいい子ね。可愛いわ。うふふ、わたしと年が近いから、まるで弟が出来たみたい。嬉しいな」
ボブヘアの継母も明るく笑う。まだ三十になったばかりで、若さが輝いている。彼女はたぬき属性で、愛らしい垂れ目だった。
「年が明けたら、リスオの両親に挨拶に行くつもりだ。許してもらえたら、すぐ籍を入れる。そしたら挙式だ」
キングがシャンパンを飲みながら言った。彼の右手の薬指にはプラチナのリングが光っている。
「そ、そんなトントン拍子に……。おれ、普通の式で良いからね」
リスオは恥ずかしくなって頬を赤らめた。彼の指にも揃いのリングがはまっている。キングから送られたブランドもののマリッジリングだった。
キングの家族は皆優しく、庶民生まれのリスオを喜んで受け入れてくれた。
(それは嬉しいんだけど……)
なんたって、根っからのお金持ちだ。スケールが違う。
「じゃあ急いで式の準備をしなくちゃな。参列者は少なく見積もって……獅子倉関係だけで五千人くらいか? 大変だ、すぐ秘書に言って準備させなくては。――リスオ君、式の最後の両親への手紙、もちろんやるよね? ねえねえ、特別に、私にも書いてくれないかい。君のことひと目見て気に入ったんだ」
とキング父。なぜか眼が煌めいている。
「貴方ばかりずるいわよ! わたしも欲しいわ。――ねえリスオ君、会場はどこがいい? 国内もいいけど、思い切って、海外ウエディングなんてどうかしら。モルディブでプライベートビーチ貸し切りとか、イギリスの古城でクラシックな式とか。うふふ、迷っちゃうわね」
と継母も話しに乗ってくる。下がり気味の目が、どうしてかキラキラと光っていた。
「あはは……ありがとうございます」
リスオは苦笑いした。
「ねえ、リスオくん! みおんケーキたべていい?」
食事をそっちのけで、みおんが早速デザートに手を伸ばす。つり目がちの瞳が、すでにケーキをロックオンしていた。
「りおんも、ほしいな……」
母に似た垂れ目を輝かせて、妹もリスオの手作りケーキを見ていた。
今日のクリスマスケーキは、丸い土台に、雪のように白い生クリームを塗り、苺と、チョコプレートを飾った王道のデコレーションだ。スポンジは、しっとりふわふわの綺麗な卵色。その間にカットした苺を溢れるほど挟んである。大人が食べても飽きないように甘さ控えめのクリームを使い、あっさりとした味に仕上げた。
特にリスオがこだわったのは、砂糖菓子で作った人形だ。サンタクロースのそりを引くのは、トナカイではなく、羽の生えたライオン。そしてサンタの後ろには、双子をモデルにした金髪の女児を乗せた。妹たちは、自分に似た人形達を見つけると、とても喜んでくれて、リスオも心が温かくなった。
二人は切り分けてもらったクリスマスケーキを前に、目を輝かせている。いただきます、と元気な声で言うと、ぱくりとケーキを食べた。
「ん~! おいちい。リスオくん、おいちいよ!」
「ほっぺがおちそう……。リスオくんのケーキ、おいしい……」
「あはは。二人ともありがとう。喜んでもらえてとっても嬉しいよ。いっぱい食べてね。……あ、もちろん、ご飯もだよ?」
「はーい!」
と、双子は楽しそうに返事をした。その可愛らしい笑みを見て、リスオも心がぽかぽかする。おいしいと言われると、作った甲斐があるというものだ。
(一年遅れだけど、約束を守れて良かった……)
このクリスマスケーキは、リスオがキングの実家で作ったのだ。土台は既に焼いてきたので、デコレーションからかかった。ケーキが出来る様を側で見ていた二人は、興味津々で、クリームを一緒に混ぜるなど、積極的に手伝いに参加してくれた。だから、美味しさもひとしおなのだろう。リスオは双子とあっという間に仲良くなった。
ところが、それが気にくわない男が一人いる。リスオは隣に座る恋人をちら、と見上げた。キングはさっきからむっつりした顔で食事を摂っている。どうやら、リスオを独占しようとする身内達に、ヤキモチをやいているらしい。
(妹達にまで嫉妬って、心が狭すぎるでしょ……。でも、ちょっと、可愛い)
リスオはクスクス笑う。彼のヤキモチは、鬱陶しいどころか、愛情の裏返しに感じてしまう。リスオもそうとう恋人のことが好きらしい。
「ねえ、リスオ君。釣りは好き? 今年のクリスマスイブ、久々に仕事が休みなんだ。私と一緒に行かないかい?」
「貴方、抜け駆けはずるいわ。リスオ君はわたしとブティックに行くのよ。彼にぴったりのお洋服を買ってあげるんだから」
「だめ! リスオくんは、みおんとこうえんにいくの!」
「りおん……リスオくんと、えほんよみたいな……」
獅子倉の人々に引っ張りだこのリスオは、苦笑いする。
「あはは、でも……」
隣を窺うと、案の定、キングは眉根を寄せ、唇を尖らせていた。それからシャンパンをごくごくと飲むと、ふんと鼻を鳴らす。
「残念だったな! リスオはその日は仕事だ。パティシエはクリスマスシーズンが最も忙しいのだ。お客に美味しいケーキを食べてもらうために、骨身を惜しまないのだ! 俺達の相手をしている暇はない」
「えーっ、そんなあ」
わちゃわちゃと騒ぎ出した獅子倉家の人々を見て、リスオはぷっと吹き出した。いつの間にか、キングと妹達も仲良くなっている。去年の絵本作戦や、今年のクリスマスケーキ作りが効いて、異母兄妹は以前よりずっと距離が縮まったようだ。
(変わっているけど、キングの家族は皆いい人達だ。おれ皆さんとなら上手くやっていけそう……)
新しい家族が増える喜びに胸がじんわりと暖かくなる。
「あはは、皆誘ってくれて本当にありがとう。お気持ちだけで嬉しいです。でも本当に大丈夫ですから」
リスオはありがたく遠慮した。しかしそんな慎ましい様子が、また獅子倉家の人々のツボにはまったらしい。
可愛い、可愛いと褒められ、結局リスオは食事が終わるまで、ずっと解放してもらえなかった。
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