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 風呂上がり、水差しを持って客間に戻ると、キングはまだふてくされていた。彼は先にベッドに入っていて、頭の下で手を組み、天井をにらんでいる。  獅子倉家のゲストルームは、まるでホテルの一室のように豪華だった。花瓶に深紅の薔薇が飾られ、甘い匂いを放っている。窓の外はちらちらと雪が降っていた。 「わ、綺麗……。ホワイトクリスマスだね」  リスオはガラスの向こうを見て、紅茶色の目を開く。東北に住んでいると、雪など珍しくもないが、しかし都会で見ると、また違った味わいがある。 「遅いぞ」  バスローブ姿のリスオを見つけると、彼は言った。リスオは苦笑しながらサイドテーブルに水差しを置いた。それから羽根布団を剥ぐと、大きなライオンの隣に身体を横たえる。 「ごめん、ごめん。また双子ちゃん達につかまっちゃって……。ベッドで絵本を読んでいたんだ」 「ずるい。リスオは俺のものなのに。今日は全然話しをしてくれないじゃないか」  キングは頬をふくらませて、リスオを抱き込んだ。長い腕に包まれて、リスオはふふふと優しい声で微笑む。  まるで子供のようにヤキモチを焼く恋人が愛おしい。彼と付き合って一年。リスオはもうこの男なしには眠れない。 「うん、ごめんね。寂しかった?」  よしよし、と金色の髪を撫でてやる。すると、キングは頬をうっすら上気させながら、リスオの薄い肩に額を押しつけてきた。 「寂しかった……」  ぐりぐりとケモノのように額を擦る。まるで本物のライオンを相手にしているみたいで、リスオはくすくす声を漏らした。 「ネコ科の大型種なのに、なんでそんなに甘えん坊なんだか……」 (でも、そういうところが、可愛い。大好き)  リス属性のちんまりした自分が、こんなに大きくて、厚みのある肉体を持つ男を、まるで母親のようにあやしている。リスオは慈愛に満ちた瞳でキングを見詰めていた。  ところが、先程まで子猫のように甘えていた恋人は、ごそごそと羽根布団に潜りだし、ちゃっかりとリスオのバスローブの裾をたくし上げた。滑らかな白い太股に唇を落とし始める。皮膚の柔らかい場所にキスマークをつけながら、だんだん際どい部分へ登ってくる。 「こら……ダメだって。ここ、お前の実家だろ」 「だって、リスオが足りないんだもん」  もごもごと、羽根布団の奥から声がする。 「もん、って子供かよ……。んっ……、おい、ほんとだめだって」 「でも、昨日は朝早いからって、三十回しか許してもらえなかっただろ? 溜まってるんだよ」 「この、絶倫ヤロー……。毎晩ヤってるくせに。ん、こら……っ」  獅子属性の半獣人は、一度の愛の営みで、百回は精を放たないと収まらない。それが誇張でもなんでもないと、今のリスオは身をもって知っている。  腹の怪我が完治した現在、キングは全くセーブすることなく、リスオを抱いている。限界知らずの恋人のせいで、リスオも感じやすい身体になってしまった。そんな相性抜群の自分たちだが、さすがに彼氏の実家で情事にふけるのは、どうかと思う。 (それに、キングとエッチすると、すごく乱れちゃうし……。声を我慢できる自信ないもの)  過去のあんなことやこんなことを思い出して、リスオはさくらんぼのように頬を赤らめた。そして、いつまでも愛撫を止めない恋人の髪を、獅子耳ごとくしゃくしゃにする。 「とにかく今日はダメ」 「はいはい。分かったよ」  キングは羽布団から顔を出し、残念そうに溜息をついた。でも機嫌は直ったらしく、リスオに腕枕をしてくる。彼の髪が鼻先に来て、リスオはくすぐったくなる。この癖のある柔らかい毛が大好きだった。  しばらくそうやってじゃれあっていると、キングがリスオを伴って、上半身を起こした。 「なあ、リスオ」 「なに?」 「クリスマスには少し早いけれど、お前に渡したいものがある」  キングは羽根枕の下に手を突っ込むと、そこから書類が入ったクリアファイルを取り出した。受け取って中を見ると、空き地の写真と、不動産関係と思われる文書が何枚か入っている。  リスオは突然渡された全く色気のない贈り物に、首を傾げた。 「なに?」 「だから、プレゼント」 「これが……?」  ますます分からない。反応の薄いリスオに焦れたのか、キングは照れくさそうに言う。 「あーもう、鈍い奴だな! 土地だよ、土地。俺がお前の為に買ってやったんだ」 「えっ、土地?」  斜め上の発言にリスオは驚いた。もう一度よく見ると、確かにS台の一等地と呼ばれる住所が記されている。 「ええっ、なんで? 今度は家でも建てる気? この前マンション契約したばっかりじゃん。おれそんなにローン払えないよ」 「ばか、よく見ろ。商業用だろうが」 「あ、ホントだ」  リスオとキングは、以前暮らしていた狭いアパートを引き払い、今は高級マンションで生活している。本当はキングが『キャッシュで一括払いする』と言ったのだが、しかし共に住む場所だし、自分もいち社会人だから、とリスオが譲らなかった。毎月給料から、キングと折半したローンの返済額を、共用の引き落とし専用口座に入れている。 「ちっ……。マンションだって本当は、お前に一円たりとも出させたくなかったのに……。本当に鈍い奴め! ここを買ってやったから、自分の店を出せと言っているんだ。もちろん、建築費から何から、俺が面倒見てやる」  キングが言った。バイオレットの瞳が、まっすぐリスオを捉えている。 「えっ……」  リスオはぽかんとした。数秒経って、その意味が頭に浸透してくる。 (おれの、店……?)  戸惑いと感動が混ざったものが、じわじわと湧き出してくる。ふるふると手が震えた。パティシエなら誰もが夢見る自分の店。お気に入りの外観にして、好きなケーキを作って生きていける。キングは、その費用を出してもいいと言ってくれた。 (持ちたい。自分だけのお店を持って、お客さんの笑顔を見たい……)  そして何より、リスオの仕事を応援してくれているという、彼の気持ちが嬉しかった。 (こんな素敵なクリスマスプレゼントをもらうのは、初めてだ……)  リスオの大きな眼にうっすらと熱い涙が滲んだ。 「ありがとう、嬉しいよ……。でも、本当にいいの?」  と、声を詰まらせながら、問いかける。 「もちろんだ。怪我の件で、コンテストを棄権させてしまったからな。その償いだ」  キングが目を細めた。 「キング……。まだそのこと気にしてたの」 「当たり前だ。俺はお前の将来を一つ潰した……」  キングの瞳に後悔の色がよぎる。  腹部を怪我したせいで、リスオは全世界デコレーションケーキコンテストの練習に参加出来なかった。それで馬淵と話し合い、辞退することにしたのだ。馬淵もそれでいいと言ってくれたし、コンテストはまた開催されるし、リスオ本人は納得していたのだが、しかしどうやらキングは違ったらしい。棄権せざるを得ない状況に追い込んでしまったと、自分を責めているのだ。 「だから、その話はもう何度もしたでしょ? おれは後悔してないって」  リスオは、キングの逞しい肩をそっと抱いた。 「だが……」

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