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第4話 綺麗な花の棘と毒

 白銀の髪を靡かせて、少年が一人、西校舎の廊下を歩いている。白銀の中に垣間見えるのは、長方形の枠にステンドグラスのような色が入ったピアスだ。淡い紅色の蓮が描かれている。  多種多様な生徒が在籍する学園で、銀髪や白髪そのものは、少数だが珍しくはない。しかし、少年はただ歩いているだけで、周囲の生徒や教員の視線を惹き付けていた。  うなじが隠れる程度に切り揃えた白銀の髪は煌めき、靡く。同じ色の睫毛は艷やかに長く、鋭い眼差しを際立たせる。  無遠慮に見つめれば、誇り高き少年の逆鱗に触れかねないということはわかっているというのに、誰もが目を離せない。せめて邪魔にならないように、と道を開けていく。  彼もまた、それがまるで自然の摂理であるとでもいうように、その道を進んでいった。    ***   「…ふーん? なるほどな」    淡く色づく薄い唇が、綺麗に弧を描くが、その眼差しは嘲笑が滲んでいた。   「わざと私物を落として拾わせ、届けさせる。昔からある古い手だが、きっかけ程度にはなるからな。Ωのくせに賢いじゃないか。  ……で、お前はまんまと届けたわけだ」    目を細め挑発的な笑みを浮かべると、白く細い指先を雲雀に向けた。   「お人好し過ぎ」 「…相変わらず性根ねじ曲がってんなぁ……睡蓮(すいれん)」    白銀の髪に陶器のような白い肌、自信に満ち溢れた鋭く美しい藍色の眼差し。誰もが見惚れる美貌の少年、睡蓮を前にして、雲雀は端正な顔立ちを嫌そうに歪めた。  睡蓮は繊細な美貌としなやかな細身の少年だが、長い足を組んで頬杖を突く様は堂々として王者めいた風格さえあった。雲雀の隣の席の椅子に座っているが、そこは本来優介の席であることも、優介自身は立ったままだということも、気に留めていないようだ。   「褒めてやってるんだよ。いきなり発情期に魅了(フェロモン)ただ漏れ状態で襲いかかるような恥を知らずのΩだっている。それよりはマシだな」 「陽はそんな奴じゃないよ」    雲雀にとっては慣れたものだが、睡蓮の棘のある言葉がここにいない陽に向けられて、雲雀は眉を寄せた。けれど睡蓮は鼻で笑うと、「どうだか、な」とわざとらしく肩を竦めてみせた。   「そもそもΩがなぜ西校舎に?」 「月詠ちゃんに会いに来たって言ってたけど」 「わざわざここまで? 信じがたいな」    睡蓮は腕を組むと、首を傾けた。僅かな動きでも細い髪が煌めきながら揺れる。何気ない動作でさえ幻想的な美しさだというのに、彼に吐く言葉は毒にまみれていて、雲雀は眉を寄せた。   「他に何か目的があったとしか思えないな。α漁りでもしに来たんじゃないか?」 「睡蓮もそう思うよな!? やっぱ変だよあいつ!」 「えー? そうかなー?」    睡蓮の意見に興奮気味に同調したのは飛鳥で、困ったように眉を八の字にして首を傾げたのは優介だ。今まで優介と雲雀に賛同を得られなかった反動から、飛鳥はやっと同志を見つけた興奮のままに、雲雀と優介の方を見て叫ぶ。   「雲雀も優介も優しすぎ! 喰われてからじゃ遅いんだからな!」 「喰われるって…」 「Ωなんて、最近じゃ既成事実さえ作れば生涯保証されるしな」 「……」    ほら! ほら! と焦った様子の飛鳥の声は意識の外へ投げ出して、睡蓮の言葉が雲雀の頭の中でゆっくり反芻される。   (既成事実……)    やけに魅力的に響くその単語を、雲雀はゆっくり噛みしめる。  噛みしめた後、首を横に振った。   (……いやいや。それはだめだろ)    そういうんじゃないから、と誰に言い訳するわけでもなく、曖昧に笑って首を振る。  それをどう受け取ったのか、睡蓮は呆れたようにため息をついた。   「僕がいれば追い払ってやったのに、これだからお前は」 「お前、月詠ちゃんに勝てんのか?」    呆れたような、馬鹿にしたような睡蓮を遮るように雲雀が尋ねる。挑発的な言い方であったが、睡蓮は反撃することなくピタリと動きを止めた。   「月詠ちゃんがすげぇ怒ってたんだぞ。勝てんのかよ」    畳み掛けるように続ければ、優介も飛鳥も思い出したのか小さく震えて青褪めた。「怒ってたね…」「怒ってた……怖かった……」と二人は頷いている。    桃ノ木月詠は  清く正しく美しく  頭も良ければ喧嘩も強く  αの鏡にして学園の頂点に君臨する女帝。    彼女の公平さは、睡蓮に対しても例外ではなかった。   「…………まあ、女帝が来る前に追い払えばいい話だ」 「日和るなよ」    誰一人例外はなく、触らぬ神に祟りなし、なのである。     「……はぁー、それにしても」    すっかり静まり返った空気の中で、優介はうっとりとため息を零した。   「陽くん、可愛いかったなぁ」 「そうだな」    雲雀がすかさず頷くのを、睡蓮が睨む。  不穏な空気など気付きもせず、優介の脳内では陽の柔らかな笑顔を何度も再生され、頬を緩ませた。   「図書館でよく見かけてたんだー。あんな可愛い子なのにみんな気づかないから、あれ? もしかして俺にしか見えない妖精? とか思ったけど……良かった、雲雀にも見えてて」 「気持ちはわかる」 「……いや、見えるだろ普通に。人間だもの」    緩みきった優介に、一歩引きながら、飛鳥は至極真っ当なことを言った。  けれど、優介の言葉に雲雀がうんうん、と頷いてしまったので二人の会話は成立してしまったようだ。   「可愛いよねぇ」 「可愛いよなぁ」    αでありながら、およそαらしくなく優しい二人が頷き合いながら表情を緩ませている。  俺は二人が心配だよ、と飛鳥はため息をつく。  睡蓮は気分を害したように、雲雀を睨んでいた。

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