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11話-4 心友
ポケットが飴玉を突っ込まれて膨らんでいる。心底いらなかったが、受け取ってしまった食べ物を粗末にするなどという非道は、八千代にはとてもできないことだった。
茶々丸に渡そうと思ったらもうすでにいっぱいで、さらにはフードにも詰め込まれている最中だったのでやめた。
茶々丸は、制服を着崩し、パーカーを好んで着ている。今もそうだ。フード付きで全面には大きなポケット。詰め込みやすい服装をしていた茶々丸は、飴玉を詰め込まれ放題だった。
「いっぱい貰っちゃいました。『頑張ったねー偉いねー! 文句一つ言わず! 逃げずに! いっぱいあげましょう!』ってめっちゃ褒めてくれたっす」
「満更でもねぇって顔すんな」
「いやーへへ……」
茶々丸はポケットが膨らんだ腹を嬉しそうに撫でる。
「……でも、マジで何なんでしょうね、桃ノ木陽」
「……」
『……まだ俺にはわからないことが多くて……謎で……えっと……とても俺ごときには計り知れない方なので……』
「結局、弟くんの言うとおり、何も分かんなかったっすね」
「……仕切り直しだな」
「ま、まだやるんすか!」
「当たり前だ」
「え――!? 大丈夫っすよ雲雀くんなら! 案外雲雀くんの方が桃ノ木陽にメロメロでくっついて回ってる感じかも! 顔は可愛いし! 飴くれるし! 褒めてくれるし!」
「そんなんで雲雀が落ちるか! てめぇも負けてんじゃねぇ!!」
「でもー!」
「何してるの?」
キョトン、とした顔が視界に入り込んで、二人はギョッと目を見開いた。
陽が首を傾げて、大きな瞳で二人見つめている。
茶々丸は驚いてバクバクと大きく心臓が暴れるのを抑えているが、八千代はじろり、と陽を見下ろした。
「なんだ、まだ何か用か?」
「これ、忘れ物」
「……あ?」
「みんなの分もあるよ」
どーぞ、どーぞ、と陽が配り歩く。それは簡単な包装がされた花だった。
柵で潰され、折れた花だ。比較的被害が少なかった花を、それぞれの数輪ずつまとめたらしい。
渡されて、少年達は戸惑って顔を見合わせた。
「これ……」
「水さえ換えてくれれば一週間は保つかなー」
「いや、俺達花なんて……」
「持って帰んのさすがに恥ずいって」
「ちゃんと最後まで面倒見て」
ぴしゃりと遮って、陽は少年達をじっと見つめる。
「最後まで綺麗に咲かせて、愛でてあげて。責任を取るって、そういうことでしょう?」
「……っ……」
舎弟たちは顔を見合せ、戸惑っている。八千代とともにそれを眺めていた茶々丸は、はぁ、とため息をつくと諦めたように一歩踏み出した。
「……そうっすね」
「茶々丸さん……」
「俺も貰っていいっすか?」
「いいよー何色がいい?」
「そうっすねー」
茶々丸が陽と楽しそうに花を選び始め、八千代はぐっと眉間に力が入った。
「おい、茶々丸」
「ギャッ! すいませんッ!!」
八千代の一段と低い声に、茶々丸は慌てて振り向くが、手にした花を見ると照れたように笑った。
「働いたのは不本意ですけど……なんか今日、いっぱい褒めて貰って……ちょっと嬉しくて。……思い出にいいかなーって」
「思い出……」
舎弟の一人がポツリと呟いて、花を見つめる。
最初こそ桃ノ木陽の挑発に乗せられていたが、最後に自分たちで整えた花壇を見た時には胸が満たされて、怒りも忘れていた。
普段は関わることのない、あるいは、怯えて近づいて来ないΩや園芸部の物静かそうな部員たちに「ありがとう、助かりました」なんて感謝されて、微笑みかけられくすぐったい想いもした。
潰してしまった花への罪悪感は、忘れないだろう。
「……お、俺も貰おうかな……」
「えっじゃあ俺も」
「思い出かぁ……確かにもうここには……」
「え?」
少年達が花から、陽へ視線を移すと、キョトンと首を傾げていた。
「思い出? どうして? いつでも遊びに来ていいよ?」
「えっ、いやでも」
不思議そうな陽の眼差しに、少年達が狼狽える。
代わりに答えたのは、茶々丸だった。
「いやいや陽くん、俺らみたいなのウロウロしてたら迷惑っしょ?」
「どうして?」
「え? だって今日だって、結構周りの生徒引いてたし、俺達柄悪いし、……陽くん達Ωじゃん? βと一緒にいたら、また君影睡蓮に……」
普段はペラペラとよく喋る茶々丸も、その先の言葉が出てこなかった。茶々丸を陽はじっと見つめる。
食堂で起きた、君影睡蓮に目をつけられた桃ノ木陽の話は聞いている。そのやり取りについて、詳しくは知らないが、αと関わったからというものだということは噂で知った。
けれど、睡蓮の名を出しても、彼の桃色の瞳が恐れで揺らぐことはなかった。
代わりに、桃色の中で戸惑う自分が映り込んでいた。
「……いつでも、遊びに来てね」
陽は目を細め、また微笑んだ。
「陽くん……でも……」
「……園芸部の庭園は」
バッと両手を広げて空へ向ける。
「閉ざす門を、持ちませんので!」
「きょ、教会なの?」
「しかしながら閉園時間はありますのでご注意ください」
「普通に閉じてんじゃん! ……ははっ、陽くん変わってんなぁ」
困ったように頬を掻きながら、茶々丸がポツリと「でも、ありがと」と小さく呟く。陽はやっぱり首を傾げていた。
「あっ、八千代くんもお花どーぞ」
「……」
差し出された花をじっと睨む。桃ノ木陽のいう『責任』について、異論はない。最後まで背負うと言ったからには、花を受け取るべきだということはわかっている。
しかし、土や泥にまみれることはできても、愛らしい花に手を伸ばすのはどうしても躊躇われた。
「……こういうもんは、俺なんかに持たすよりお前みたいな奴が持つべきなんじゃねぇのか?」
「おれみたいって?」
「お前みたいな……花の似合う男だよ」
きょとん、と目を丸くしてから、陽は笑った。
「ふふ、ありがとう。……ホントはね」
瞳を伏せて、陽が続けた。
「柵が倒れてお花が潰れちゃった時、カッとなってみんな埋めて花壇の肥やしにしてやる! って思ったんだけど」
(また恐ろしいことを抜かしやがる……)
穏やかな口調のまま『物騒』が平然と溢れてくる姿は、いつも物静かで清楚可憐ながらも『物騒』を平然と口にする桃ノ木月詠を彷彿とさせた。間違いなくこいつらは双子だと、改めて確信する。
「でも、八千代くん、すぐに謝ってくれたでしょう? 自分がやったわけでもないのに」
「……人の大事なもん壊したら、普通謝るだろ」
「ふふ、そうだね。でも」
「……?」
チラッと八千代を見上げて、陽は困ったように曖昧に微笑んだ。
「……わかんないけど、八千代くんたちは本当はおれに何か用があったから来たんだよね? ……雲雀のことかな?」
ギクッ、と八千代の身体が震えた。
「……あー」
「いいの。最近そういうの慣れてきたから」
「……」
困ったような顔をしながら、陽はやっぱりすべて受け入れるかのように目を細めた。
「でもね、そんな相手に頭下げて、後輩の代わりに泥被ろうって人が大将なら、信じてあげてもいいかなって思ったの。
ちょっと意地悪しちゃったけど、実際にみんなちゃんとやりきってくれた」
再び八千代を真っ直ぐ見上げて、陽は花を差し出した。
「だから大丈夫」
「……何がだよ」
「格好いい人には花だって似合うよ」
また遊びに来てね、と陽がまた笑った。
(……似合うかどうか、気にしてるわけじゃねぇっての……)
だけど、不可思議な男だと思う。
誰にでも優しい雲雀ですら、時折心を固く閉ざして、誰も近づけさせない雰囲気を纏うというのに。
どこまでも柔らかくて、底が見えない。
「何だお前、八千代さんの格好良さがわかるなんて、見る目があるじゃんか」
「ただの煽り仔兎かと思ってたぜ」
「可愛いだけじゃねぇな、見直した」
気付けば、舎弟たちが容易く心を許している。
(懐柔されてる……油断も隙もねぇ……)
けれど、陽を見れば「あおりこうさぎとは……?」と首を傾げていた。
――なんて無防備で、無遠慮な男だ。
何もかも開け放って、後ろ暗いことなど何もない。そもそも、閉じる門を持たない。誰にでも心を開いて、ありのまま受け入れる。
そして、同じくらい受け入れられる。
こんな男の、一体何を暴こうとしていたんだろう。
急に、意地を張っている自分が、馬鹿馬鹿しく思えた。
「……今回は、貰ってく」
その手の花を受け取ると、陽は目を丸くした。
それから、また花咲くように笑った。
――花が似合う? ……そんなの、お前の方が、よっぽど
「……八千代?」
声の方へ顔を向ければ、雲雀が不思議そうな顔で首を傾げていた。
ぱあっと陽の表情が一段と明るくなって、「雲雀!」と駆け寄る。
「ごめんな、陽。待たせた?」
「ううん、今終わったところ!」
にこにこしながら雲雀を見上げる陽は分かるが、雲雀もまた同じようににこにこしながら陽を見つめるので、八千代は目を丸くした。
しばらく二人をじっと見つめていたが、雲雀が八千代の姿をもう一度見て、首を傾げる。
「久しぶり。珍しいな、こんなとこで」
「お、おう……」
見た目以上にプライドの高い男に、「お前が心配で敵情視察だ」等とは口が裂けても言えない。八千代は返事はしたが、思わず目を逸らしてしまった。
当然ながら、八千代らしからぬ歯切れの悪さに、雲雀は訝しげに眉を寄せた。
「……泥だらけじゃん。何してたの? 茶々丸も……あと、誰そいつら?」
雲雀の視線が、泥だらけの少年たちを捕らえる。少年たちはビクッと肩を震わせた。雲雀は睨んだつもりも、威嚇したつもりもないが、少年たちにとって雲雀は八千代さんの心友であり、『あの』菖蒲堂雲雀である。
(爆炎の貴公子菖蒲堂雲雀!)
(綺麗な顔して、相手の顔面ばかり狙ってくるというあの!)
と、様々な事前情報 が頭を過ぎり、畏怖を込めて、「お疲れ様です!!」と頭を下げた。
雲雀はそんな彼らの胸中など知るはずもなく、「八千代の舎弟だけあって、礼儀正しいな」とだけ思った。
「この子たちはね、新しい花壇作るの手伝ってくれたの。力持ちで助かりましたぁ」
「ああ、それで。よかったな」
「うん!」
陽は、嘘ではないが、すべてを明かすことはしなかった。
八千代は内心ほっとする。桃ノ木陽が雲雀にとってどんな存在なのかはわからなかったが、園芸部が手間暇かけた花壇を壊しただの潰しただの聞けば、鋭い眼差しで射抜かれることは確実だ。
「ありがとな、八千代」
「あ、ああ……?」
――……なんでこいつが礼を言うんだ?
不思議に思いながら、二人の様子を眺める。
陽は、雲雀がいない間、何があったか何をしたかを雲雀に伝えている。会えなかった時間を埋めるように、もたもたしながらいっぱい喋る。
雲雀は「そっか」「それで?」と、相槌を欠かさない。
――相変わらず、誰にでもお優しいことで。
それが心配なんだ、と八千代が雲雀に目を向ければ、見慣れた凛々しいはずの横顔はすっかり緩んでいた。ずっと陽を見つめ、一言も聞き漏らさないように、と耳を傾ける。
八千代は目を見開いた。
誰にでも親切で、優しくて、それでいて、一線を越えさせなかった男が。
『案外雲雀くんの方が桃ノ木陽にメロメロでくっついて回ってる感じかも!』
――……もしかして、的を得てたりするのか?
八千代の視線に気づいて、雲雀が顔を上げる。何故か慌てて顔を背けてしまったが、不審な行動に雲雀は首を傾げるばかりだ。
「……花なんて珍しいな」
「あっ」
雲雀が八千代の手の花の存在に気づくと、八千代は気まずそうに表情を歪めた。
「……いらねぇって言ったんだけどよ」
「いいじゃん、たまには。似合ってるよ」
「……お前じゃねぇんだよ」
雲雀が「何でだよ」と軽く笑っている。八千代にしてみれば事実を口にしただけだったが、雲雀には冗談に聞こえたらしい。
自分が整った顔をしている自覚は間違いなくあるはずなのに、どうも雲雀は自身の容姿への賛美を軽く受け流しがちだ。
――……あれか、言われすぎて、まともに聞いてらんねぇってか?
しかし、その『言われ慣れすぎて聞き流した賛美』の中に込められた相手の熱い想いに鈍いのは困る。受け流している状態を「受け入れられた」と解釈して、想いを募らせてしまった人間たちを何人も見てきた。
早めに気づいてきっちり断ってくれればいいのに。……と言えたらいいが、心友のプライドを守るためには迂闊なことを言えないのが歯がゆい。
「……大丈夫だって」
八千代が心配のあまり悩んでいると、その本人が何を勘違いしたか優しく微笑みかける。
「お前はいい男だよ。花だって似合う」
――『格好いい人には花だって似合うの』
自分よりもずっと花の似合いそうな、嘘偽りのない微笑みと言葉が、重なった。
「……この…人誑しども……」
「え? なに?」
「なんでもねぇ」
はぁ、とため息をついて、八千代は顔を上げた。
「おい、桃ノ木陽」
「なぁに? 飴もっと欲しい?」
「いらねぇ。……でも、いつでも呼べ」
「え?」
「あの花壇が完成するまでは、面倒見てやる」
陽はどこからか飴を出してきたまま、目を丸くして八千代を見上げた。ぱちぱち、と瞬きを繰り返した後、「ありがとー」と無邪気に笑っている。
手に持ったままの飴を押し付けられる前に、八千代は踵を返す。
「ありがとな八千代」
「……」
――また礼言ってる……。
八千代は雲雀の顔をじっと見つめた。
「……? なに?」
「いや、なんでもねぇ。じゃあな」
八千代はそれ以上は語らず、首を傾げる雲雀の横を通り過ぎていった。
雲雀の端正な顔立ちは相変わらず凛々しく、夏も迎えたというのに涼しげな眼差しに隙はない。
それが、桃ノ木陽と話している時は……。
「……はぁー」
八千代は静かにため息をついた。
――何が『魔性のΩに付きまとわれて困ってるらしい』だよ。余計なことするとこだったじゃねぇか!
どうぞ勝手に、末永くお幸せに!
***
数日後、八千代は花壇の前で仁王立ちしていた。
腕を組み、大きく足を開き、顎を少し上げて、眉をぐっと寄せて見下ろす姿は、まさに仁王像のごとき迫力だった。
街を歩けば、周辺地域の不良という不良が逃げ出す男の周りでは、園芸部のΩたちが集まって「八千代さんが来てくれた♡」「八千代さん♡」「八千代さんこんにちは♡」と親しげに微笑みかける。
八千代がΩに惑わされないタイプのβだと知って、すっかり安心して近付くようになったのだ。
「面倒見てやるとは言ったよ。確かに言った。漢に二言はない。……けどな!!」
八千代の声量に、目の前にいた陽はぴょんと飛ばされそうになった。
「呼び出しし過ぎだろてめぇ! 放送すんじゃねぇよ恥ずかしい!!」
その日の昼休み、全校中に響いたのは、聞いてるだけで腑抜けになりそうな陽の声だった。
『八千代くんさぁーん! 放課後園芸部にお越しくださぁーい! またお手伝いしてほしいでーす! 飴あげまぁす!』
放送内容に、クラスメイト達が明らかにざわついた。
「……また?」
「手伝い? ……え? 園芸部の?」
「あの狂犬が?」
「一匹狼が?」
「番長って実は花好きなの……?」
「あの顔で?」
「ていうか飴貰ってお手伝いを?」
面と向かっていうことも、からかうこともできなかったのだろう。クラスメイト達は小声でひそひそと囁き、八千代の様子をちらちらと窺っていた。
教室にいた八千代にとっては公開処刑に近い屈辱だった。
思い出すと恥辱と怒りで震えそうだった。しかし、睨みつける八千代を前にして、陽はきょとん、としていた。
「どこにいるかわからなかったんだもん」
「うるせぇ! ちょっとは遠慮しろやてめぇ」
「遠慮……」
ポツリと呟いた陽だったが、急に「やれやれ」と言いたげな顔で眉を八の字にして、ぷひゅぅ、と鼻で笑った。
「おやおや、やっちんともあろう男がもう根をあげておられる。颯と茶々丸くんは文句一つ言わずに作業しているというのに」
「ほんと腹立つなお前は!! やるわボケ!! あとやっちんやめろ!! ……ん? ……あぁ?! てめぇは何してんだ茶々丸!!」
「ひっ! バレた!」
「うちの新入部員をいじめないで!」
「お前いつの間に?!」
***
雲雀は今日も、学校行事の準備で駆り出されていた。放課後を陽と一緒に過ごす時間が減ってしまい、憂鬱だ。
陽もそう思ってくれているのか、会えた時はいつもよりたくさん喋ってくれる。色んなことを、一生懸命、小さな口で。そんな姿を思い返すことだけが、雲雀の疲れと寂しさを癒やしていた。
資料を届けて会議室に戻る途中、ため息をこぼすこと数回目。
窓の外を見てくすくす笑ってる生徒に気付いて、雲雀は足を止めた。
「最近園芸部賑やかだよねー」
「ほんと、楽しそう」
『園芸部』という単語が耳に入って、雲雀も窓の外に目を向けた。
中庭の花壇に園芸部が集まっている。八千代と陽の姿もあった。体格の良い八千代と並ぶと、陽の華奢な身体が際立って、ちゃんとご飯を食べているのか心配になる。
『新しい花壇を作る手伝い』に八千代や彼を慕う後輩が参加していたと知ったのはつい最近のことだ。
(確かに八千代は頼まれたら断れない男だけど、どっかで接点でもあったのかな?)
荒くれ者をまとめるβの番長と、妖精の国のΩ。そんな二人のどこに接点があったのか、雲雀にはわからなかった。まさか自分が接点になっていたとは思いもしていない。
「でも最近怖い人も混じってない? あの人……巽八千代くんだっけ? 番長なんでしょ?」
「えー? でもあの子達Ωでしょ? あんなに近くにいるんだよ? 実は優しいんじゃない?」
「そうそう。よく見たらかっこいいし」
――うん、まあ、それはわかる。
雲雀も、八千代という頼れる存在が陽の近くにいることで安堵していた。
――まあ八千代はいいやつだしな。顔が怖いだけで。
何故か園芸部の活動を手伝っているという話は聞いていた。陽とも仲良くやっているように見えた。
――俺がいない間八千代がいれば牽制になるし。流石に真っ向から喧嘩売ってこないだろう。睡蓮以外は。
……でも、その睡蓮も最近大人しいもんな。
厄介な相手を思い出して、雲雀の表情が僅かに歪む。
けれど、窓の外に目を向ければ、陽が八千代の周りをひらひらふわふわと舞い踊るように回っていた。八千代は鬱陶しそうにしているが、陽は楽しそうだ。
――陽も随分懐いてるなぁ。可愛い。
雲雀の表情から、自然と笑みが溢れる。陽のいない会議室に戻るくらいなら、としばらくの間、陽を眺めた。
(なんだあれ? 変な笑い方して。一丁前に八千代をおちょくってるつもりのかな? 自分なんて仔兎のくせになぁ。生意気な陽も可愛いなぁ。…………ああ、でも)
――俺には見せない顔だ。
陽への『可愛い』が胸に満ちていくはずなのに、突然揺らいだ。
「……?」
もやもやり、と胸を覆う暗雲に、雲雀は首を傾げた。
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