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19話-2 呪い

 放課後、陽くんと僕は別の場所で作業していた。  あれから、陽くんは何も聞かなかった。ただ、僕をじっと見つめて、僕が気付くと、何事もなかったかのように微笑んでくれた。そんな優しい気遣いに、胸が痛んだ。  陽くんの神秘的な瞳を見ていると、その聡明な眼差しが、兄さんのことも、〝秘密〟も、何もかも見抜いてしまいそうで、僕は逃げてしまった。  園芸部部室近くの花壇にいると、雲雀くんが周りをきょろきょろと見回して、歩いていくるのが見えた。  誰か探してるみたいだ。   「雲雀くん、こんにちは」 「あっ芙蓉。ちょうどよかった」 「ふふ、陽くんならあっちに」 「いや、ちょっと芙蓉に用があって」 「え?」    僕はちょっとびっくりした。  雲雀くんがここに来る理由は、いつも陽くんだったから。    僕に用ってなんだろう? あまり心当たりがない。  文化祭用に提出した書類のことかな。雲雀くんは文化祭の準備を担当しているから、書類の内容を確認されることは時々あった。  それとも、僕が何かしちゃったとか? と少し不安になりながら、雲雀くんの言葉を待つ。   「これなんだけど……」    雲雀くんがポケットから取り出したのは、ハンカチに包まれたピアスだった。   「……睡蓮のかと思ったけど、もしかして芙蓉かなって。似たようなのつけてたよな?」    ――……兄さんのだ。    長方形の枠に、ピンクの蓮が描かれたデザインは見覚えがあった。  お礼を言って受け取ろうとしたけど、ふと思いついて、手を止めた。    ――……雲雀くんから渡してもらった方が、兄さんも元気になってくれるかな……?    また体調を崩していなければ、校内のどこかにいるはずだ。雲雀くんと同じように、文化祭の準備に参加していることは睡蓮兄さん本人から聞いていた。  でも、文化祭のことよりも、雲雀くんの話をよくしていた気がする。    雲雀くんと兄さんは、昔からよく喧嘩をしていた。  中等部に入学したその日に、――何が原因かはわからないけど――大喧嘩になった話も、懐かしい。  あとからルイさんに、古くからの知り合いの息子さんだと紹介された時も、睨み合っていた。    最初は怖い人かと思ったけど、全然そんなことはなかった。  雲雀くんは優しい人だ。誰にでも、僕にだって親切にしてくれる。だからきっと、喧嘩するように仕向けているのは、兄さんなんだと思う。  それなのに、兄さんはよく雲雀くんと一緒にいた。    兄さんが自分から近づこうとするなんて、あまりないことなのに、雲雀くんだけは特別だった。雲雀くんを怒らせて、笑っている兄さんは本当に楽しそうだった。僕の前でだって、そんなに笑わなくなってしまったのに。    ――……少しでも機会を作ってあげたいけど、雲雀くんはどう思っているんだろう……?    どう思い出しても、兄さんは雲雀くんを怒らせてばかりだ。それなのに、雲雀くんに「兄さんのだから、よかったら届けてあげて」なんて、迷惑になってしまうかもしれない。   「……えっと、どこでこれを?」    困り果てた僕は、質問で返してしまった。   「……中央庭園で」 「え? 庭園に?」 「庭園の広場の、出入り口近く」    ――兄さんが、庭園に?    兄さんは花が嫌いだ。学園の庭園も、昔は「|あの男《君影ルイ》の好みそうな、無駄に艶やかな地獄」と言っていたし、今も「あの仔兎が? ふん、気持ち悪い」と近づいてもくれない。  しかも、広場は花のトンネルを抜けていかなければならない。    ――どうして、兄さんが?    顔を上げると、雲雀くんが真剣な眼差しで僕を見つめていた。どこか探るような、鋭い視線が心臓に突き刺さる。   「昨日、陽と一緒に帰ろうとしたら見つけたんだ。……睡蓮って花が嫌いなはずだよな?」 「う、うん」 「もしこれが睡蓮のなら……あいつ何しに来たのかな」 「……!」 「何か知ってる?」    僕と同じ疑問を口にして、雲雀くんの青灰色の綺麗な瞳が鋭く光る。  その美しさと鋭さに言葉が出てこなくて、視線から逃れるように俯いた。   「……たぶん、僕のだと思う。兄さんとお揃いなんだ。……兄さんは、僕が誘っても庭園来てくれたことないから……」 「なんだ、そっか」    僕がピアスを受け取ると、雲雀くんは少しほっとしたような声でそう言った。    ――……ごめんなさい、本当は……    同じ形の色違いのピアス。ピンクの蓮は兄さんので、青い睡蓮は僕が身につけているものだ。二人で作ってもらったものだから、同じものはきっとない。  だからこれは、間違いなく兄さんのものだ。    ――……兄さんはどうして庭園に…?    思い返せば、兄さんの体調が不安定になったのは、雲雀くんが陽くんと過ごす時間が増えてからだ。発情期でお休みしてた陽くんが戻ってきてから、陽くんと雲雀くんは今まで以上に一緒にいるようになった。    ――……やっぱり兄さんは雲雀くんのことを……。庭園にいたのも、雲雀くんを追って……?    そこまで考えて僕はハッとした。    ――……まさか、また陽くんに何か……?!    春頃、兄さんが陽くんをいじめたのは、陽くんがαの子に告白されたからだと聞いた。    もしそれが、今度は雲雀くんだったら?  兄さんの想いの相手だったら?    兄さんのΩの子に対する苛烈な怒りや憎悪は、弟の僕でさえぞっとする時がある。    ――もしそうだとしたら……僕は、どうしたら……!     「うわ――ん!」      遠くから聞こえる叫び声に、僕も、雲雀くんもぱっと目を向けた。   「今の声……」 「陽くん?!」

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