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23話-3 理事長とお転婆仔兎
秋の日は短く、彼らが学校を出る頃にはすっかり暗くなっていた。
八千代と茶々丸は戸惑いながら、前を行く睡蓮から少し離れて歩く。
睡蓮は芙蓉を先に帰らせたらしい。それは解る。手荒なαに狙われたΩを、一人で校内に待たせておくことはないだろう。
しかし、その後はてっきり校門の前で別れると思っていた睡蓮は、いつもの迎えの車を断って、何故か他の4人と一緒に帰路についている。
「……なんで睡蓮くんがいるんすか……?」
「俺が知るかよ」
「なんで雲雀くん何にも言ってくれないんっすか?」
「見えてねぇんだろ」
雲雀は陽しか目に入っていないようで、睡蓮の少し前を陽に寄り添って歩いている。その背中を、睡蓮がじっと睨んでいるように見えて、茶々丸は気が気でなかった。
「八千代さん、ここは一発ガツンと言ってくださいよ!」「嫌だよ、めんどくせぇ」等と小声で囁き合っていると、急に睡蓮が立ち止まった。思わずビクッと二人の肩が震える。固唾を飲んで見守るしかなかった。
「……あいつは何なんだ?」
「え?」
睡蓮の一方的な問いかけに振り向いたのは陽だった。きょとん、とした顔の陽に対して、一緒に振り向いた雲雀がムッとして睡蓮を睨んでいる。陽と二人の時間を邪魔されたのが気に食わないらしい。本当に露骨な態度を見せるようになったな、と八千代はうんざりとした気持ちになった。
「あいつって?」
「君影ルイ」
「ルイさん? ああ、あの人……」
『君影ルイ』の名が出ただけで空気が冷え込んだようだった。先程の君影ルイの言葉や声は、まだ彼らの中で消化しきれず、しこりのように残っているせいだろう。
「あの人ねー」
「……」
「よくわからないよねー」
「……は?」
「あの人の言ってること、いつもよくわからないの。わからないことを、いっぱい喋るから、困っちゃうんだ。わからないから、とりあえずいつも、笑っておくの」
陽は曖昧に微笑んで首を傾げた。
「……全然平気そうっすね……?」
「聞いてないんじゃねぇのか話を……」
陽らしいといえば陽らしい答えに、呆れながらも安堵したようなため息が溢れる。
あの毒のような男を間近浴びたはずなのに、陽には何一つ効いていないようだった。
「……あの人はねぇ」
曖昧な微笑みを浮かべたまま、陽は続けた。
「じいちゃんの昔からのお友達で、家同士の繋がりも深かったみたい。じいちゃんに血の繋がらない妹を紹介してくれたりね。
その妹さんは、家からあまり出ないじいちゃんのお世話をしてくれて、お庭にいっぱいお花を咲かせてくれた。恋仲になるのに時間はかからなかった。それが、今のばあちゃん。ルイさんはキューピットってことになるのかなぁ? ……ふふっ、あの人がキューピットって」
やっぱり妖怪なのかもしれない、と陽は自分の言葉にクスクスと笑っている。
「じいちゃんはαでね。それもαの両親から生まれたαで、当時では最高希少種と呼ばれていたみたい。でも、ばあちゃんは、βだった。
昔からのうちの親族はそういうの気にしないんだけど、ルイさんは反対した。優秀なαの遺伝子は、希少なΩの器にこそ相応しいはずなのにって。
自分が会わせたのに、おかしいね。でも、じいちゃんやばあちゃんのことは大事……だったのかな? 結婚は認めたみたい」
クスクス笑っていた陽は、また静かに微笑んで続けた。
「……生まれたのがおれの母親。息子のおれが言うのもなんだけど、完璧な美しさと強さを持つαだった。
まるでじいちゃんとばあちゃんの二人の関係が特別だと言っているみたいに。
……と、あの人は思ったみたい」
陽には珍しく苦笑いを浮かべている。
「それからルイさんは、じいちゃんとばあちゃんを取られた腹いせに、まだ子供だったお母さんにまで嫌がらせを繰り返しちゃって、じいちゃんだけじゃなく、お母さんともバチバチの険悪な関係に……というか、お母さんに滅茶苦茶嫌われてるの」
大人気ないよねぇ、と陽は他人事のように笑っている。
「ルイさんがお母さんのことどう思ってるかわからないけど、あの人のお気に入りだったおれのお父さんも、お母さんに一目惚れしちゃったんだよね。
そんな感じで、ルイさんとうちの縁は、長く続いてて、今はおれ、かな」
話を終えた陽が振り向くと、4人はなんとも言い難い表情をしていた。
「よくわかんないでしょ?」
「うん、まあ……」
「お前も大概だぞ」
「……?」
確かに、君影ルイの桃ノ木家への長きにわたる執着には、驚きと同時に寒気さえ込み上げる。
だが、そんなものさえも柔らかく微笑んで、少し困ったような顔をして受け止める陽もまた、並の神経ではない。今も全く心当たりがないとでも言うような間の抜けた顔で首を傾げている。
「……たぶん、おれがあの人のことわからないように、あの人もきっとわからないんじゃないかな。
……自分が本当に欲しいものすら」
そう呟くと、陽は暗くなった空を仰いだ。
「……よくわからない人なの。ずっと。きっと、この先も」
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