42 / 46

27話 小春日和

「雲雀はさておき」 「うん?」 「お前はいいのか? この男で」 「はあ?」 「?」    睡蓮の言葉に、雲雀は牙を剥き、陽はきょとん、とした顔で答えた。  芙蓉を待っていた陽と睡蓮のもとに、どこからともなく雲雀が現れて、三人は同じテーブルに集まっていた。  睡蓮がビシッ、と雲雀を親指で乱暴に示す。   「どうせこいつのことだ。幼い頃からお前に付き纏って、離さなかったんだろう。今みたいに」 「そんなことない! 勝手なこと言うな!」    雲雀がダンッ、とテーブルに手をついて立ち上がったが、陽は曖昧な笑顔を浮かべて答えない。  いくら陽でも   (大正解……)    などとは、思っていても言えなかった。    威嚇するように睨む雲雀にふんっ、とそっぽを向いて、睡蓮は陽に目を向けた。   「よく考えろ。こいつは引き離されて記憶を失っても付き纏う男だぞ。どうだ? 重くないか? 鬱陶しくないか? 正直に言え」 「そんなこと…! ……そんなことないよな? 陽? 大丈夫だよな?」      雲雀には身に覚えがあるらしく、陽を心配そうに見つめて両手をぎゅっと握る。   「それに、お前は知らないだろ」    だいじょうぶだよ、と陽が答える前に、睡蓮が雲雀を押しのけて続ける。   「お前が届けに来たピアス、こいつは忘れていったんじゃなくて置いていったんだ」 「睡蓮!!」    珍しく声を荒げて、雲雀が睡蓮の胸倉を掴んだがもう遅い。   「てめぇ! 何してんだよ!!」 「僕相手に得意げにぺらぺら喋ったお前が悪い」 「得意げになんてしてないだろ!!」 「はっ、どうだかな。……で、いいのか? こんな姑息な男で」    雲雀がはっとして振り返る。睡蓮もまた陽の反応を伺った。  けれど、陽の表情は二人が予想していたものではなかった。  陽はきょとん、と不思議そうな顔をして首を傾げている。   「……ピアスのことは別に……あっ」 「え?」    しまった、と陽が口を抑える。もう遅いのに、どうしてもその癖は治らないらしい。   「……陽?」 「……」    陽はぎゅっと口を噤んで目を泳がせている。雲雀は首を傾げたままだ。   「……お前、知ってたな」    睡蓮が呆れたように呟くと、一目散に陽は逃げ出した。   「マジかよ……陽!」    雲雀も一瞬遅れて我に返り、慌てて後を追う。  二人が去って行くのを見届けて、睡蓮は「ふん」と満足そうに椅子に腰掛ける。    陽と雲雀の預かり知らぬところとはいえ、睡蓮は散々心を掻き乱されてきた。  その仕返しができて、優越感に満たされる。優雅に紅茶を口にして、ようやく一息ついた。   「……結局、似た者同士じゃないか。バラして損した」    一生脅して遊べたのに、と。    そう言う彼の口元には、隠しきれない笑みが零れていた。    ***    陽の脚力とスピードは雲雀に勝るとも劣らないが、体力はびっくりするほどなかったのですぐに捕まってしまった。  半分倒れそうだった陽を抱き抱えるようにして、雲雀は広場の芝生に転がった。   「陽……」 「……」    雲雀が起き上がると、陽はころんと転がったままだった。カーディガンを頭から被って、息をひそめている。隠れているつもりらしい。  しかし、雲雀が「……知ってた?」と問いかければ、素直に頷いた。   「言ってよ……俺、すげぇ恥ずかしいじゃん……」    雲雀は、はぁ――っと、ため息をついて、顔を覆って俯いた。陽はカーディガンからこっそり顔を覗かせた後、モソモソと這い出る。  落ち込んだ様子の雲雀に、陽はかける言葉を見つけられない。他に慰める方法がわからなくて、さらさらの亜麻色の髪を撫で続けた。   「ごめんな」 「うん?」    雲雀のいつもなら後ろ暗いとこなどなく凛々しい眼差しが、しょんぼりと項垂れている。陽の様子を上目遣いで窺っているようで、かわいい、と陽は表情を緩めた。   「ごめん、さすがにあれは自分でも気持ち悪いと思ってる」 「ううん? どうして?」 「だってさぁ……」 「おれに会いたかったんでしょう?」    雲雀がようやく顔を上げると、陽は目を細めて、微笑んでいた。   「嬉しかった」    心の底からあふれる愛おしさが、陽の桃色の瞳を華やかに彩っている。春の香りがふわりと舞う。  幾度目かわからない春が、雲雀の心に訪れた。   「陽……」    陽を見つめて、雲雀はその白く柔らかい手を取り、ぎゅっと握った。   「……付き合お?」 「あらまあ、喜んで!」    花咲くような笑顔で、陽が答えた。         「でももう付き合ってるんだなぁこれが」 「あっ、そうだった」    ――そんな小春日和の、         「元気になってよかった! 月詠ちゃんもね、『案外可愛いことをする男ね』って言ってたんだよ!」 「つ、月詠ちゃぁん……?!」      ――それは、雲雀がピアスを〝忘れていった〟日の夜のことだった。   「あっ」 「どうしたの?」    小さなそれを拾って、陽が手のひらに乗せる。月詠が覗き込んでみると、ピアスがきらり、と光った。  陽も月詠もピアスはしない。月詠の優秀な頭脳は、つい数時間前までここにいた男の耳に光るピアスと陽の手のひらの上のそれが、同じものだということにすぐ気づいた。  ほう、と月詠は少しだけ感心した。   「案外可愛いことをする男ね」 「……うん」 「よっぽど離したくないのね。……本当に覚えてないのかしら?」    陽が照れ笑いを浮かべて、ピアスを見つめる。   「……でも、どうしたらいいかな?」 「届けてあげたら? 〝お望み通り〟に」 「……ふふ」    会いたい。会いに来てほしい。そんな雲雀の思いがピアスを通して陽に届いていた。   「……でも、本当に忘れただけかも」 「それはない」    きっぱりと否定して、月詠も思わず、ふふ、と笑う。   「きっと、尻尾振って喜ぶわよ」 「しっぽ……?」 「うん、尻尾。……楽しみね」    ふふふ、と月詠は楽しそうに笑った。        翌日。   「陽、どうしたー?」    雲雀はすぐに来てくれた。  にこにこ。パタパタ。    ――……しっぽ。ほんとだぁ……。    月詠ちゃんの言うとおりだった、と陽は思った。    陽は嬉しくて笑った。  同じクラスの月詠も、計画通りとばかりに誇らしげに微笑んでいた。      ***     「あ、でもね! 雲雀が『ピアスつけて♡』って言ってのはね、『あれはちょっとあざとい、やり過ぎ』って言ってた!」 「うう――わ――」    楽しげに語る陽に、雲雀は両手で顔を覆ってしまった。      そんな小春日和の、出来事。

ともだちにシェアしよう!