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28話 銀月の女帝は見守っている

 桃ノ木双子の間に秘密はない。    お互いに起きた出来事は、夜寝る前に報告し合うのが日課だった。  それを『桃ノ木会議』と名付けた雲雀曰く、『何を言われているのか全くわからない』と言うことで、存在を知った者たちを恐怖に陥れている。  しかしながら、実際はあの花が咲いたとか、あの店のあれが美味しかったとか、あの花の蜜が美味しかったとか、嬉しかったことの報告会である。嬉しいことを共有して、『嬉しい!』を2倍にするのだ。  ちなみに、嫌だったことなども報告されるので、一人を敵に回すと、結果として二人を敵に回すこととなる。    そんなわけで、今日も陽は嬉しかったことを堂々と報告した。   「雲雀とお付き合いすることになりました!」 「……」 「あれ?」    月詠ちゃん? と陽は首を傾げる。  てっきり「おめでとう!」という祝福が返ってくると信じて疑わなかったのだ。  月詠は珍しく目を丸くして止まっていた。   「……………あっ、ああ、そうなの。おめでとう」 「えへへ、ありがとう!」    まだ付き合ってなかったのね、と口にしそうだったが、月詠は心に留めて微笑んだ。陽もまた、満面の笑みで受け止める。   「……それはいいけど」    月詠がじっと陽の頬を見つめる。それから、膝と手の甲。それぞれに絆創膏が貼ってある。  事情は、聞いていた。    ふぅ、と月詠は息をつく。   「君影睡蓮。……彼の悪事を見逃してきてしまったのは私の罪。君影ルイのもとではまともになるのは無理だろうし、あの男の存在がストレスなのだろうと大目に見てしまったわ……。それがこんなことのなるなんて……。話つけてくる」 「待って月詠ちゃぁん!」    陽は立ち上がった月詠にしがみついて、「お慈悲をー!」と叫んだ。月詠の手にはすでに彼女愛用の薙刀が握られている。  このままでは睡蓮のいる君影邸へ、深夜の殴り込みをしてしまう。   「おれが悪かったの! 触れちゃいけないことに触れちゃったから!」 「でも……」 「睡蓮くんにとって雲雀は特別だから……きっと睡蓮くんは雲雀のこと……」 「陽……」      ――気づいてしまったのね陽……。  ……んー、まあ、気付くでしょうね。    あんな露骨な態度で気づかないはずはないわね、と月詠は一人頷く。    ――雲雀本人が気付いていないのが一番睡蓮くんを苛立たせているような気もするけど……。  菖蒲堂雲雀……本当に罪な男……。  優しい陽……それを知って身を引くなんてことにならなければいいけど……。    月詠は薙刀を置き、代わりに陽の肩を、そっと撫でる。俯く小さな背中に、胸が痛む。   「睡蓮くんは雲雀のことを……」 「……」 「一番仲の良いお友達だと思っているんだと思う……」 「……ん? ……ああ、そうね?」    そういうことね? と月詠は胸の痛みを消し飛ばした。   「睡蓮くんは性格が…あの…………ちょっと難しい子みたいだから、雲雀しか友達がいないのかもしれない」 「それは、……うん、そうでしょうね」    雲雀が君影睡蓮を友達と思っているかどうかはわからないけれど、と月詠は心の中だけで続けた。   「他のお友達がいないのに、雲雀がおれとばかり遊んでるから……。おれが雲雀を独り占めしちゃったから、きっとそれで怒りん坊になっているんだと思う」 「あの苛烈な性格を怒りん坊という言葉程度で収めるのね」 「おれも雲雀を独り占めしちゃいけないのはわかってるんだけど……雲雀と一緒にいられるの嬉しくてつい……難しいね……」    友達のいない睡蓮を慮って、陽はしゅん、と項垂れている。言われたこともされたことも、陽の中には何も残っていないようだ。   「……そうね、いつか和解できればいいわね」 「え? 和解? なんで?」 「え?」    きょとん、と目を丸くした陽に、月詠も同じ顔で同じ表情になった。   「……あっ、おれは睡蓮くんと仲良くなりたいわけじゃないからそれは別にどうでもいいんだ! 睡蓮くんもそうだろうし!」 「そこははっきり言うのね、さすが陽」      ***     「……あら?」    図書館に訪れた月詠が目にしたのは、陽と睡蓮が同じテーブルにいる姿だった。   「そこは! さっきもやっただろうが!!」 「ひぃん!」    椅子をガターンと倒して、睡蓮が立ち上がった。  怯える陽の前の間に、バンッと何かの用紙と教科書を叩きつける。   「何だこれは!? この僕が教えてやったのに、どうしたらこんな無様点数になる!?」 「ごめんなさぁい!」 「に、にいさん、声が大きいよ!」    静かにして! と駆け寄ってきたのは芙蓉だ。  睡蓮は芙蓉に叱られて、うっ、と一瞬だけ怯んだが、陽を睨みつける。   「……いいか?! 今後も芙蓉の友を名乗りたいなら、赤点を取るなどという愚行、この僕が許さないからな!!」 「ふぇぇん!!」 「おい可哀想だろ、丁重に扱えよ。大丈夫だよ、陽。英語はちゃんとできたもんな? 俺が教えたから」 「う、うん……!」    雲雀は、めそめそと泣く陽の肩を抱いて、優しく微笑んだ。   「数学は教え方が悪かったな、睡蓮の」 「ああ?! お前がそんなだからこの有様なんだろうが!! 二度と甘やかすなこの腑抜け!!」 「誰が腑抜けだ! 今ここで決着つけるかてめえ!!」 「ふ、二人とも声が大きいよぉ……!」    立ち上がった雲雀と睡蓮は胸倉を掴み合い、額をゴツゴツ、と打ち合う。  迷惑になるよ、はずかしいよと芙蓉はおろおろと二人の周りを回る。陽はといえば、赤点を見つめたまま悲しい表情で落ち込んでいた。    周囲が巻き込まれないように距離を取って見守る中、月詠は、ふふ、と微笑んだ。    ――随分と仲良くなって。お優しいこと。    私も混ざろうかしら、それとも図書館では静かにさせようかしら。  どちらにしようか考えながら、女帝は軽やかな足取りでトラブル発生源へと向かった。    図書館に静寂が訪れるまで、あと数秒。

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