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29話 番長は絆されている

 今日も今日とて、戦闘タイプのαである雲雀と睡蓮は、睨み合う。その美貌には不釣り合いな凶暴さを惜しみなく露わにして、いつ殴り合いを始めてもおかしくなかった。  そんな二人を、おろおろと見つめるのは芙蓉だ。   「兄さん、暴力は良くないよ……」 「芙蓉くんの言う通りだよ!」    芙蓉の嘆きに、陽も参戦する。おれの友達を困らせるなんて、良くない! と二人に向かってプンプン怒る。   「そうだよな、ごめんな陽。芙蓉も心配かけてごめん」    雲雀がはっとして、すぐさま戦闘態勢を解き陽に寄り添う。芙蓉への気遣いも忘れないあたり、流石は雲雀といったところだろう。しかし、あまりにも生ぬるい光景に睡蓮は呆れたようにため息をついた。   「芙蓉はともかく、お前はどの口が言ってるんだ?」 「おれはいつだって暴力には反対だよ。だから全力で抵抗します。正当防衛だよね」 「なるほどな。何故いつもお前が相手に殴らせてからスタートするのか理解した」    狡猾な仔兎め、と睡蓮が舌打ちをするが、陽はもう聞いていない。   「暴力は良くない……そう、だから……お料理対決にしましょう!」 「陽? なんで?」    ***    陽は勝手にお料理勝負を決め、自分の家のキッチンを会場とし、審査員は自分と芙蓉である、と告げた。  ついでに睡蓮が「下らない……誰がお前の家になど……」と言ったら「逃げたら相手の不戦勝になります」と付け足したものだから、雲雀も睡蓮も時間通りに集まらざるを得なかった。  真面目な二人は真剣に勝負に徹し、見事な料理を作り出した。α性を持つ者の宿命で、一度熱くなるとそのまま貫き通す意志が強かった。    睡蓮の皿はソースが美しく飾り付けられ、野菜も肉も花びらのように華麗な盛り付けになっていた。   「おいしー!」    一口食べて、陽は頬に手を添えてニコニコしながら叫ぶ。  芙蓉は、崩すのが勿体なかったのか、珍しい兄の手料理が嬉しかったのか、あらゆる角度で写真を取ってから、丁寧に口に運んだ。   「…! ほんとに美味しい! 兄さんお料理できたんだね!」 「……当然だろ? この僕にできないことなどない」    睡蓮は最愛の弟からの賛辞に一瞬だけ見たことがないくらいに頬が綻んだが、すぐにいつものように顎を上げ、胸を張る。    睡蓮は雲雀に目を向け、勝ち誇ったように、ふふん! と笑う。  雲雀の形の良い眉がぴくっと引き攣り、眼差しに不穏が滲んだが、それも一瞬のことだった。   「……陽ー?」 「?」    もぐもぐと丸い頬が動く陽を、にっこりと笑顔で覗き込む。その手には、繊細な飴細工と可憐にクリームで飾り付けられたケーキがあった。   「これ好きだろー? あーん」 「あーん」    陽が小さな口をめいいっぱい大きく開ける。  雲雀のケーキをぱくんっと口に入れた瞬間、大きな瞳をキラキラッと輝かせた。   「おいしー! ありがとー雲雀!」 「よかった。いっぱい食べな?」 「うん!」    陽の笑顔をたっぷり愛でて、雲雀は再び睡蓮を睨む。睡蓮もまた、腕を組んで雲雀を睨みつけていた。   「……」 「……」 (あ……なんか火花が散ってる……でもおいしい………)    無言の二人だが、背後には虎と龍のような猛獣の気配を感じられるほどに、バチバチと火花が散る。  芙蓉は「暴力じゃなければいいや」と思い始めていた。   「あっそうだ、芙蓉くん!」 「なに?」 「今度やっちんがバイトしてるお店いこうよ! やっちんの作るご飯、とってもおいしいの!」 「わ、わあうれしいなぁ! でも今それ言っちゃうんだ!?」    芙蓉はハッとして、雲雀と睡蓮を見た。   「……あ? 八千代も陽に餌付けを? あの野郎……」 「あの男……どこまでも邪魔を……!」    お互いを睨みつけていたはずに不穏な眼差しが、すでにこの場にいない八千代に向けられていた。    ***    数日後、有言実行を体現する陽は、3人を引き連れて八千代のバイト先へと乗り込んだ。  「今度行くね!」という陽に対して、「は? 嫌だよ。はずいだろ」という八千代の意見は「今週末のお昼行きます」と一方的に宣言するだけで去っていった陽には届かなかった。  八千代も届く気はしていなかったので、彼らを待っていた。  見目麗しい4人が、常連と地元に愛されていることだけが自慢の大衆向け食堂に入ってくる。ざわつく客達と受付スタッフを尻目に、八千代は彼らを迎えることにした。   「おお、きたかお前ら」 「おいしいものよろしくお願いしまぁす!」 「ご迷惑おかけしてすいません、八千代さん」 「ああ、良いよ別に。とりあえずお前ら目立つから、早く奥の席行け」    芙蓉と陽を促すと、雲雀と睡蓮が続いた。  二人の存在感と美貌に客は更にどよめく。けれど肝心の二人は、八千代をじろりっと拗ねたような顔をして睨んでいた。   「……なに?」 「陽にちょっと褒められたからって調子に乗るなよ……」 「βの腕前を見せてもらおうじゃないか……」 「なんでいきなり喧嘩腰なんだよ。飯食いに来たんだよな?」    頼むから大人しく喰って帰れ、と八千代は奥の席へと案内した。        そして、その結果。   「おいしいー!」 「…! わあ、おいしー……!」    決して、華やかでも可憐でもない料理は、陽が言う通り美味しかった。生姜焼きの香りが食欲を刺激し、ご飯が進んだ。  見慣れない料理に戸惑っていた芙蓉も喜んでいる。  八千代は少しホッとして、雲雀に目を向けた。   「……うまい」 「おっ…っ! …お、おー」    心友の雲雀に褒められて、おっしゃあっ! と吠えそうだったのを無理矢理押し込んだ。何でもない風を装って、「まあな」などと言ってみる。  八千代だってたまには雲雀に褒められたかった。自分が認める男に、何らかの形で一目置かれたい、というささやかな願望だ。   「……八千代のくせに」 「な、なんで?」    雲雀が減らず口を叩きながらも食べ進めるのを見届けて、八千代は睡蓮に目を向けた。何を言い出すんだろうか、下手したら「こんなもの僕の口には合わない」とでも言われるのではないかと覚悟したが。    睡蓮は未体験の料理に夢中でそれどころじゃなかった。  数秒後に八千代の視線に気づいて、ハッとしている。力いっぱい八千代を睨む。   「チッ! βの分際で生意気な!!」 「……さすがに料理の腕には性別関係ねえよ、α様」    少しサービスして出した料理は、綺麗に完食だった。    ――まったく、どいつもこいつも。    そう言って八千代は呆れたように、少し笑った。

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