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第12話 隙がないから★
案の定、祐輔が家に帰るのを玄関前で待っていた蓮香は、祐輔が家に入るなり壁に押し付けてきて、無理矢理唇を奪ってきた。
「ちょ……っ、はす……んん……っ」
昨日の今日でまたこれかよ、と抵抗するものの、少し肉厚な蓮香の唇は、遠慮なく祐輔の唇を吸い上げてくる。時折噛み付くように食まれて声を上げると、それを黙らせるかのように、舌が入ってきた。
口内で蓮香の舌が暴れ、まるで彼の怒りを受け入れろと言わんばかりに主張する。敏感な歯茎や上顎をなぞられ、唾液が溢れて苦しくなってきた。
「ふ……っ」
ぢゅっ、と蓮香が祐輔の唾液を吸って飲み込む。目の前の男の目は閉じられているけれど、その視線は、想いは、いつだって祐輔に向いていることを改めて感じさせられた。
「……っ」
ヌルヌルと舌が唇の上を這う。そのまま頬を舐められ、唇が耳まで来たと思ったその時。
「あ……っ!」
びくん、と身体が跳ねた。つい昨日開拓されたばかりの後ろの蕾を、蓮香がスラックスの上からグリグリと指で押してきたのだ。まだ違和感が残るそこに、祐輔の尻は逃げようとくねる。
「お、おま……っ、今朝のあれは何だっ? 女性と話すだけで嫉妬してたら、仕事なんてできないじゃないかっ」
蓮香は我慢できないとでも言うように、祐輔の腕を引っ張って部屋の中へ入る。慌てて今朝のことを咎めると、蓮香はベッドに祐輔を投げ飛ばした。
「ちょっ! 人の話を……!」
どうやら蓮香は聞く耳を持たないようだ。再びかぶりつくようなキスをされ、同時に蓮香の腰を押し付けられて、呆気なく快楽の波に攫われる。
祐輔が抵抗を止めたのを察したのか、蓮香のキスは勢いが弱まり、確実に性感を高めるようなものに変わった。舌を絡めればそれを優しく咥えて吸われ、同時に耳を撫でられる。
ひく、と肩を震わせると、目の前の男は眉を下げてこちらを見ていた。その表情から読めるのは──不安だ。
「……なんて表情してるんだよ」
祐輔は蓮香の頭を引き寄せて、自分の肩口に押し付ける。素直に抱きついてきた彼は、大きな子供のようだ。
「祐輔さんの指示じゃなかったら、鶴田さんなんて放っておくのに……」
「おま、……そんなにか? いくらなんでもそれは人としてどうなんだ?」
祐輔が女性と話して欲しくないだけで、ここまで嫉妬するとは、と呆れる。しかし蓮香は顔を上げて、まさか気付いてないんですか、と言った。
「気付くって、何を」
「鶴田さんは、祐輔さんのことが好きなんですよ」
「……」
一瞬、何を言われたのか分からなくて、祐輔は呼吸すら止まる。その間に、蓮香は祐輔のシャツのボタンをぷちぷちと外していった。
「……いや、そんなまさか……」
「そう思いますか? だったらなぜ、会社で笹川さんに怒った俺に対してではなく、祐輔さんの方を宥め、身体に触れたんだと思います?」
そう言いながら、蓮香の顔は再び祐輔の身体に沈んでいく。鎖骨に歯を立てられ息を詰めると、二人の間の熱が一気に上がった気がした。
確かに、蓮香の言うことが本当なら、鶴田はあの場面で身体には触れないだろう。言葉だけで伝えたらいい話だ。
「祐輔さんは、会社では優しいし、物腰柔らかいし、仕事できるしで、モテない要素探す方が難しいです」
「そ、そりゃあ……こんな、乳首でイケる性癖だって知られないように、隙がないように演じてるから……」
「ええ、隙がないんです。だから今朝、鶴田さんはちょっと攻めてみた……」
さすが、動じない祐輔さんより俺の方がキレそうでしたけどね、と言われ、同時に祐輔の胸の先に吸い付いてくる蓮香。途端にじん、と腰の辺りが熱くなり、身体の中でその熱がうねる。
「あ、蓮香……っ」
「明日土曜で休みですよね。なら思う存分ヤッていいですよね」
「なんでそうなるっ? お前の部屋の片付けは? あっ、ん……っ」
やはり蓮香は一度こうなると、後に引けない性格らしい。もう片方の胸も指で摘まれ、祐輔は出てしまう声を抑えるように、手で口を塞いだ。
しかし蓮香の手は止まらない。
「動画でずっと見てました。やっと触れたのに、この機会を逃がしたくありません」
「んっ、ちょっと待てっ。……蓮香!」
祐輔は堪らず蓮香の髪を掴み、胸から彼の顔を離した。
「お前、付き合ってくれって言ったよな? それでいて、何今のうちに触っておきたいみたいな言い方するんだ?」
矛盾しているだろう、と祐輔は言う。こちらはきちんと蓮香と向き合う覚悟をしたのに、彼は違うのか、と疑問が浮かぶ。
好きだと言いながら無理やりことを進めて……それでは嫌われても仕方がないのに。言動が矛盾しつつも、彼から一貫して伝わるのは、不安だ。
そしてやはり、こちらから踏み込もうとすると蓮香は誤魔化す。しかも泣きそうな顔をしながら。
「ん……」
優しく唇を啄まれ、祐輔は彼の頭を撫でた。
「……分かった。長期的な付き合いを俺は覚悟したけど、お前は違うんだな?」
「……っ、違います!」
嫌だ、祐輔さんごめんなさい、と蓮香は泣いてしまった。大の大人が半分服を剥いた男に抱きついて泣く姿は、滑稽で情けない。
けれど、祐輔はやはり蓮香を完全に見切れないのだ。間違いなく、彼は厄介なものを抱えているのに、そこを知りたいと思ってさえいる。
(筧部長も意味深なこと言ってたしなぁ……)
蓮香が支社にいる時に、何かあったのだろうか?
「祐輔さん、本当に好きなんです。だから……っ」
「分かった分かった。俺の秘密を知ってるのは蓮香だけだ。そんな特別な存在、お前しかいないよ」
上っ面の言葉を並べたら、一時的には安心させられるかもしれない。祐輔はそう思って、蓮香の口元のホクロにキスをした。
「ほら来い。気が済むまで付き合ってやるから」
「……っ、祐輔さん!」
がばっと音がしそうな程に、蓮香は再び顔を近付けて、噛み付くようなキスをしてくる。祐輔はそれを一つ一つ、宥めるように返した。
その代わりお前の秘密もいつか教えてくれ、と心の中で呟き、昨日明け渡したばかりの秘密の場所を、再び蓮香に踏み込ませたのだった。
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