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第24話 留守番電話

 そして六月。蓮香は礼服に身を包み、鏡の前で自身を見る。多少疲れているけれど、誤魔化せる範囲だ。 「美嘉、行ってきます」  スマホに向かってそう呟く。二ヶ月前にお願いして撮った二人の写真を、蓮香は待ち受け画面にしていた。  画面の二人は笑顔だ。こうしていると、いつもそばにいるみたいでいいな、と自然に口角が上がる。  今日は夕方にしか行けないから、と柳に伝えたら、結婚式楽しんでおいで、と笑って送り出してくれた。式、挙げたかった? と聞いたら、柳はそっと首を横に振ったけれど。 「よし、今日も乗り切るぞ」  半分は自分へ、半分は柳へのエールを送り、自宅を出る。  芳川からは、あのあとメールで出欠の確認があった。出席せずに、そのままずっと執着されるのも嫌なので、挙式披露宴だけは出て、二次会は辞退することにしたのだ。  気が進まないまま電車に乗り、人の群れと逆行して港方面へ向かう。空は生憎の曇りで、せっかくのオーシャンビューも魅力半減かな、とか思った。  会場に着くと事務的に受付を済ませ、何の感動もないまま挙式が始まる。新郎は気の弱そうな顔をしていて、ペコペコとお辞儀をしきりにしていたのが気になった。対して芳川は私を見てと言わんばかりの態度だ。元々お世辞にも美人とは言えない顔や身体つきなので、白い布を着たところで荒れた肌が目立つだけで、綺麗だとは思わなかった。  そして心の中で自嘲する。ひとの幸せを喜べないなんて、ひととして終わっている。本当にその通りだ、と。  嫌いな相手にはとことん冷たくできる人間だったなんて、初めて知った。そしてやはり、早く帰って柳の元へ行きたいと思うのだ。  挙式は滞りなく終わり、披露宴会場に移動する。何となく気付いていたけれど、席次表を見てやはりと思った。  参列者のほとんどが、芳川の父親の会社関係のひとなのだ。大学でつるんでいた仲間もいなければ、芳川の今の勤め先のひともいない。話す相手もいない蓮香は、ますます帰りたくなる。 『それでは蓮香様、前へお越しください』  司会者が突然、蓮香を読んだ。どういうことだ、と周りを見渡すと、スタッフがこちらへ、と誘導してくる。上の空で司会の話を聞いておらず、混乱するばかりだ。  何のつもりだ、と言われた通りにすると、芳川は手紙を持ち、語り出した。 「親友の蓮香へ」  それを聞いた途端、全身に鳥肌が立つ。親友? 誰が? どうやら芳川は親友との強い絆を語り、感動的演出をするつもりらしい。 「大学で知り合って、いつもくだらない話をしていたね。蓮香はこんな私の話もよく聞いてくれて、感謝でいっぱいです」  蓮香は俯いて感情を押し殺した。こんなの、お涙頂戴の茶番にも程がある。いつも一方的に話しては、聞かないと酷いと泣いたり(なじ)ったりしていたのは、どこのどいつだったか。  永遠にも思えたその時間を耐え、刺さる視線が痛いと思いながら席に座る。それもそうだ、結婚式で新婦が異性に、特別な間柄だったと言ったのだ。そこにやましい感情がないか、疑うひともいるだろう。しかも参列者は歳上のひとばかりだ、そういうことに敏感なひともいるはず。  しかし、ハプニングはそれだけで、あとは比較的和やかに披露宴は進んだ。  そして芳川が、またわざとらしく泣いて両親への手紙を読んでいる頃、蓮香のスマホが震える。  まさか、と思ってこっそり見ると、柳からだった。ホッとしたものの、今日は結婚式だと伝えてあるし、ここのところ電話を掛けるなんてことはしていなくて、やはり珍しいと思い、嫌な予感が大きくなる。 (どうしよう、今は抜け出せそうにない……)  そう思っていると、そのうちに着信は切れた。焦燥感がピークになり、終わるなり会場を走って出ようとする。 「蓮香! どこ行くの?」  蓮香の腕を捕まえたのは芳川だった。蓮香の慌てように、彼女は察したのかニヤリと笑う。 「ねぇ、二次会出るよね? 蓮香の食事も用意してるから」 「は? 俺欠席だって伝えたよな?」 「えっ? 親友の結婚式なのに、二次会も出ないの? 酷い!」  そう言って、芳川がまたわざとらしく泣こうとした時、蓮香のスマホが再び震える。──今度は、病院からだ。 「芳川ごめん、本当に無理だ。病院から電話が掛かってきた」 「それ嘘でしょ? 今日の主役は私なのに、私より彼女を優先するって言うの!?」  そう言ってぐい、と腕を引っ張られて、蓮香の中で何かが切れる。 「いい加減にしろ!」  強引にその手を振りほどくと、両家の両親に頭を下げた。 「申し訳ありませんっ、妻が危篤なのでこれで失礼します!」  そう言って踵を返したあと、後ろでパシッと音がして、芳川が「何で叩くのよパパ!」と叫んでいる。しかしもう知らない。気にしている場合じゃない、と蓮香は走った。  蓮香は病院に連絡すると、やはり柳が危ない状態だという報せだった。そして移動中のタクシーで、柳からの留守番電話が入っていることに気付く。  祈るような気持ちでスマホを操作する。指が震えて三回間違えて画面を消してしまった。視界が滲んで操作がしにくく、礼服で涙を拭って、やっと留守番電話を再生することができる。  定型文が流れる時間も長く感じ、発信音のあとにすぐ聞こえたのは、柳の吐息だった。それが三秒くらいあり、そして。 『貴徳くん、愛してる……』  留守番電話の内容は、それだけだった。

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