27 / 46

第27話 四角関係

 結局、その後祐輔は抱き潰され、また尻に違和感が残るまま週明けの出勤になってしまう。本調子ではないこともすっかり忘れ、日曜日はベッドから起きることすらできずにいた祐輔を、蓮香は甲斐甲斐しく看病してくれた。  デスクで大学の就活担当者と、メールのやり取りをしながらため息をつく。  鶴田とのペアを他のひとに代えようか、と蓮香に言ったら、彼は笹川みたいなひとは嫌いなので、それを放っておくこともできない、と返ってきた。女性といるのが苦痛なのに、芳川のこともあって理不尽なことは許せないらしい。つくづくややこしいトラウマを抱えてしまったな、と祐輔は苦笑する。 「桃澤課長」  ふと、声を掛けられて見上げると鶴田がそこにいた。祐輔は意識的に笑顔を向ける。 「どうしました?」 「……ここなんですけど……」  そう言って、彼女は資料を指し質問をしてきた。祐輔はそれに答えつつ、笹川が近くにいることに気付いた。なるほど、と納得して、小声で聞いてみる。 「もしかして、ずっとチャンスを狙ってる感じですか?」 「はい……」  付かず離れず、ずっと視界に入るように付いてきているらしい。仕事をしろよ、とため息をつくと、バタバタと蓮香がやってきた。 「鶴田さん、待っててくださいって言ったのにどうして先に行くんですか」 「えっ、あ、あのっ、桃澤課長に聞きたいことが……」  それなら筧部長がいるから大丈夫ですよね? と強引に連れ帰ろうとする蓮香に、鶴田は分かりやすく慌てる。 「き、今日の定時後、お時間ありますかっ? ご相談が……!」 「分かりました」 「行きますよ、鶴田さんっ」  慌ただしく去っていく二人を見送ると、笹川もその二人を睨んでいた。自分を含めた四人の関係が悪化していくのが見えて、祐輔は頭を抱える。  どうして仕事以外で頭を悩まされなきゃいけないんだ、とパソコンに向き合うと、スマホが震えた。相手は蓮香だ。 『定時になったら迎えに行きますので、一緒に帰りますよ』  蓮香は蓮香で鶴田の邪魔をするらしい。ああもう、と頭をガシガシ掻いて、そのメッセージをスルーした。 ◇◇  定時になり、祐輔のデスクに来たのは鶴田と蓮香だけじゃなかった。  なぜか笹川まで来ていて、祐輔は白目を剥きそうになる。 「桃澤課長、お話があります」 「俺も話が……」  口々にそういう鶴田と蓮香は、お互いに一瞥し、また祐輔に視線を戻した。どうやら鶴田は、何となく蓮香の気持ちに気付いているらしい、と思ったのは気のせいだろうか。いや、気のせいであって欲しい。  頼むからこれ以上話をややこしくしないでくれ、と祐輔は二人を外に誘い出す。ファミレスにでも行って、話を聞こうかと思っていたら笹川に声を掛けられた。 「偶然だなぁ。俺もそこに行きたいんだ、ついて行ってやってもいいぞ鶴田」 「あなたは来なくていいです」 「何だと蓮香ごらぁ!」  やはりこうなるのか、と祐輔は内心頭を抱える。それにしても笹川、ただのチンピラみたいな発言だな、と思い、祐輔は二人を宥めた。 「笹川さん、ではみんなで行きましょう。笹川さんのオススメのお店がいいです」  祐輔は笑顔でそう言うと、彼は祐輔の発言が意外だったらしい、「お、おお……」と言ってスマホで早速検索している。 「桃澤課長、どうして笹川さんまで……」  案の定蓮香が反発してくるけれど、祐輔は笑った。笹川さんみたいなのは、自信のなさの裏返しなので上手く使った方が勝ちですよ、と言うと、鶴田は不満そうに口を尖らせる。 「嫌なものは嫌ですけどね」  鶴田も隠さなくなったなぁ、と祐輔は苦笑する。どうやら蓮香が正面から笹川にぶつかっているのを見ているうちに、オブラートに包むことを止めたらしい。 「営業の成績はいいですからね、彼はビッグマウスを上手く使っているようです」  自信があるように見せかけるのは、営業としても大切なところだ。一見不要な情報までも周到に準備して、いざ嫌なところをつつかれても慌てないようにしているのだと、祐輔は笹川を分析する。  そして祐輔の読み通り、笹川はいい店をたくさん知っていた。鶴田の希望を聞いてやる、と傲岸不遜に言うので、鶴田は嫌そうに答えていたけれど。  そして、鶴田とまともに会話ができたことで、笹川は分かりやすく調子に乗った。そしてきっかけを作ってくれた祐輔に対し、少しだけ態度を改めたのだ。  蓮香は、あの笹川さんが、と驚いていたけれど、それも蓮香が普段から彼と正面からぶつかり、鶴田も笹川に堂々と応じなくなったからこそ見えたことだ。そう言うと蓮香は、やっぱりそれは祐輔さんだからこそできることですよ、とこっそり耳打ちしてきたけれど。 「不味かったらすぐに帰りますからね!」  鶴田が笹川と何かを言い合っている。けれどそこにはもう、嫌な雰囲気はない。  その後、笹川の案内で半個室の居酒屋に入って食事をした。お世辞ではなく本当に美味しくて、祐輔は素直に笹川を褒める。  笹川は終始ご機嫌で鶴田の好物を頼んでは押し付けていた。鶴田は「何で知ってるんですか気持ち悪い」と言い放って笹川を怒らせていたけれど。 「だったら押し付けずに、もっとスマートに出したらどうです? 桃澤課長みたいに」  うぐ、と祐輔はご飯を喉に詰まらせた。慌てて烏龍茶で流し込み事なきを得ると、いきなり矛先を向けるなよ、と乾いた笑い声を上げる。 「もういいです、笹川さんにダメージを与えられるなら、この場で告白します。桃澤課長、私は課長が好きなんです。付き合ってください」 「……っ、鶴田お前、……なんでそんな優男なんかを……!」 「課長をバカにしないでくださいっ」  蓮香がなぜか応戦し、話をややこしくした。わあわあと騒ぎ出す三人に祐輔はため息をつき、みんな仕事では静かで真面目なのになぁ、と咳払いする。  祐輔の咳払いに静かになった三人は、揃って祐輔を見ていた。 「……とりあえず、食べたなら帰りますか。鶴田さん、駐車場まで送ります。お返事がてらお話ししましょう」  男衆はここで解散です、と言うと、蓮香は食い下がろうとしたけれど、祐輔の営業スマイルに怯み渋々頷いた。

ともだちにシェアしよう!