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第39話 全部吐き出せ
「病気が発覚してから約半年……何やっても効果がなくて……!」
蓮香は祐輔に抱きつきながら、叫ぶように言った。
「でも諦めたくなかった……絶望したくなかったんです! 美嘉の方が苦しいんだから、美嘉の方が大変だから、美嘉が……!」
「うん……お前の優しさは、彼女にしっかり伝わってたじゃないか」
そうやって、蓮香は柳のために自分を鼓舞してきたのだろう。……そう、柳のために生活していたからこそ、柳がいなくなってどうしたらいいか、分からなくなってしまった。
「それなのにアイツは! 美嘉の葬式にも来なかったし、俺が結婚した事実も認めなかった! いつまでも自分のことばかりで、……一発くらい殴っておけばよかった……!」
俺が大変な時に、自分の夢ばかり語る芳川が憎くてしょうがなかった、と蓮香は語る。そういえば芳川は、柳のことを彼女と言っていた。あれは三人称の彼女ではなく、恋人と言う意味の彼女だったのか、と呆れる。
しかし、そんな些細なことにも蓮香は傷付いていたのだろう。それに、若いうちに死別してよかったなんて、普通の感覚を持つひとなら、絶対に言えない。
柳との死別で絶望し、芳川は追い討ちをかけた。蓮香も壊れる訳だ、と改めて納得する。
理想の柳と、正反対の芳川。蓮香は二人を比べてしまい、彼の中の女性像が大きく歪んでしまった。相手に強く印象付けるという意味なら、芳川の勝ちだけれど。
ただやはり、ひとを傷付けてまで自分だけが幸せになろうとするのは、間違っている。
その後も、蓮香は脈絡なく思いついたことを話し、祐輔に泣きついていた。吐き出せ、俺が全部聞いてやる、と言ったら、言葉を忘れたかのようにまた声を上げて泣く。
もうこの状態で片付けは無理だろう。そう思った祐輔は、蓮香が落ち着いてきた頃に声を掛け、祐輔の自宅に戻った。
「貴徳、おいで」
とりあえず、今日はもう休めと、ベッドに座って両手を広げる。ぐすぐすと子供のように泣く蓮香は、しばらく祐輔に抱きついていたが、そのうち疲れたのか寝てしまった。
泣き腫らして赤い目元を、祐輔はベッドの端に座ってそっと撫でる。硬めの髪も撫でて、かわいいな、と胸がキュンとした。
図体はデカいくせに、素直で真っ直ぐ。泣き虫で甘えん坊。柳が大好きで、祐輔も大好きで……。
「……うん、俺も好き」
そんな蓮香がかわいいと思うのは、大好きなのだろう。傷付いた彼を慰めたい、守りたい。そんな強い衝動に駆られたのは初めてだ。
今後祐輔と付き合っていくことで、柳が過去の大切な思い出になればいいな、と思う。
「……おやすみ」
また昼前だけれど、ゆっくり休んで起きたら、いっぱい甘やかしてあげよう。
そう思って祐輔は、蓮香の身体に布団を掛けた。
◇◇
「おはよーございます……」
その後、蓮香が起きてきたのは昼を過ぎた頃だった。目が腫れて開かないのか、糸目になっているのがおかしくて笑う。
「はよ。腹減ってる? メシ取ってある」
「ん、食べまふ……ぁああ……」
大あくびをしながらやってくる蓮香がかわいくて、祐輔はいそいそと彼の昼食を準備した。ダイニングテーブルに着いた蓮香は、椅子に座ったあとも目を開けられずにボーッとしている。
昼食は揚げるだけのメンチカツだ。オーブンで温め直し、千切りキャベツを添えて、ご飯と味噌汁も出した。
「なんか祐輔さん、かわいくなりましたね」
「えっ? そうか?」
「……うん。俺への愛を感じます」
嬉しい、と笑う蓮香に、祐輔は顔が熱くなった。こんな自分の反応は久しぶりで、戸惑って固まってしまう。何だこれ、恥ずかしい。
「あれ? 祐輔さん?」
「うるさいこっち見んな」
慌てて彼に背中を向けると、クスッと笑った蓮香はいただきます、と食べ始めた。
今更、蓮香にドキドキするなんてどうしたんだ、と思う。身体から始まった関係だからなのか、それとも、祐輔がかなり自分に疎いだけなのか。そういえば、蓮香への気持ちを自覚したのも遅かったな、と気付いてしまい、いや、後者は否定したいぞ、と頭を抱えた。
「祐輔さん? 大丈夫です?」
「何がだ? 俺は大丈夫、全然大丈夫」
誤魔化すように言って振り返り、笑顔を見せると、蓮香は「あっ」と言って立ち上がってこちらに来る。
「な、何?」
「祐輔さんを先に食べたくなりました」
耳にふうっと息を吹き込まれ、ビクッと肩を震わせると、祐輔は蓮香の胸を押して抵抗した。
「こら、ご飯冷めるから! 温めた意味!」
「……ダメですか?」
不思議なことに、上からでも上目遣いって言うんだなとか関係のないことを思い、祐輔はその蓮香の顔にかわいいと悶えながら首を横に振る。
「ダメだ。するなら食べてから!」
「分かりました、食べたらしましよう」
言質を取ったとばかりに蓮香は離れて、また席に着いて食べ始めた。今のは蓮香の作戦なのか、それとも天然なのか……それにしても彼の甘えにはとことん絆されてしまうな、とため息をつく。
「……泣いて、ちょっとはスッキリしたか?」
祐輔も席に着きそう聞くと、蓮香は微笑んだ。そこには無理をしている感じはなかったので、祐輔もホッとする。
「ありがとうございます……」
「俺は何もしてない。お前が自分の力で、前に進もうとしてるんだよ」
そうでなければ、蓮香は祐輔に柳を重ね、自分に降りかかった不幸を他人のせいにし、自分は不幸者だ、と騒ぐだろう。──芳川のように。
すると蓮香は、眩しいものを見るかのように祐輔を見た。
「……やっぱり、祐輔さんは俺の憧れです」
「それなんだけど、俺、挨拶に何て書いたか覚えてなくて」
好かれているのは正直嬉しい。けれど、やっぱり理由も知りたいところ。祐輔はそう尋ねてみると、蓮香は覚えてないんですか、と目を丸くする。
「頑張るひとをとことん応援できるひとになりたい。そしてこの会社は、そんなひとが集まった会社だと私は思いました」
今思えば青臭いにも程があるセリフだ。けれど学生時代の蓮香には、それが運命だと感じる程に刺さったという。
「こういうひとと一緒に仕事したいって思いました」
「そ、それは……ありがとう、ございます……」
またしても顔が熱くなってしまい、祐輔はなぜかかしこまって姿勢を正してしまった。蓮香はやっぱり柔らかい視線で祐輔を見ていて、居心地が悪くなる。
「祐輔さん、好きです」
「わ、分かったから……早く食べろっ」
慌てる祐輔に対して、なおも優しい目で見つめてくる蓮香に、狼狽えを隠せないまま彼が食事を終えるのを待った。
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