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第五章 深まる秋 リビング

 樹に誘われれば、子供の頃みたいに公園に行く。駄菓子屋に行く。駅前のカフェに行く。商店街で買い物をする。ゲームセンターにも行くし、カラオケやボーリングも初めて行った。樹に誘われれば家に行くし、迫られれば……そういうこともするようになってしまった。俺もあいつも、穢い大人になってしまった。でも、こういう関係って何ていうのだろう。名前はついているのだろうか。    樹のスイッチはよく分からない。映画のキスシーンを見た時は何ともなかったのに、レーシングゲームをプレイした時はゴールするなり口を吸ってきた。「体を左右に振ってるのがかわいくてつい」などと抜かしていたが、意味が分からない。漫画を読んでいて立ち上がったその瞬間にベッドへ引きずり込まれたこともあった。その時は特に理由は言っていなかった。    そして今日。リビングの高画質大画面テレビで昨年流行ったアニメ映画を流しながら、ふかふかソファでおやつのサツマイモ蒸しパンを食べていただけなのに、突然押し倒された。樹は、まだ二口しか齧っていない蒸しパンを俺の手から奪い取ってテーブルに置き、流れるようにリモコンを操作してテレビを消した。   「まだ始まったばっか……」 「うん。でも……」    いいかい? と訊いておきながら、俺が答える前に唇を奪う。二三度軽く啄まれ、唇を舐められてから、ぬる、と舌が侵入してくる。樹の舌は長い上に肉厚で、入れられただけで窒息しそうになる。舌が攣るんじゃないかと心配になるくらい、口の中を隈なく舐め回される。前歯の裏側や舌の付け根を突つかれる。   「ぁふ……ふ、ぅん……」    息継ぎは上手くなったと自負している。でもやっぱり変な息が漏れるのは気になる。それに、いくら息を吸っても胸が苦しいのは変わらない。    シャツの裾を捲って、樹の手が滑り込む。何が楽しいのか、ヘソの周りや脇腹、ウエストから背中のラインを熱心に撫でる。熱い手があっちこっちへ行ったり来たりしてくすぐったくて、皮膚が粟立つ。    一頻り撫で終えると、次は胸を触る。両手で、上下左右から肉を寄せるように撫でるのだが、寄せられるほどの肉がないので無意味である。なのに、なぜか樹はいつまでも飽きない。掌をいっぱいに使って無い肉を寄せ集め、若干盛り上がった中心部分を親指の先で捏ね回す。男の胸なんて触って何が楽しいのか全く理解に苦しむが、樹は念入りに触る。   「どう? ここ」    どうと言われても、くすぐったいだけだ。触られている感じがするだけ。   「ちょっと立ってる」 「……寒いからだ」 「そっか。寒いからね。今日は脱がないでしよっか」    スラックスの前を寛げて、中のものを引きずり出される。俺の意思を無視して、キスだけで恥ずかしい形に変わってしまったそれ。居た堪れなくなって、俺は顔を背けた。   「恥ずかしがらなくていいんだぜ。悠ちゃんのここ、かわいくて好きだよ」    意味が分からない。こんなところ、かわいいもクソもあるものか。感想を抱くとしたら、グロいかキモいかだろ。もしかして馬鹿にしているのか。まだ毛が薄くてつるつるしているからって。これから剛毛になるんだからな。   「だって、キスだけでこんなぬるぬるにしちゃってさ。エロすぎだろ」    先端をくるくる撫でられると、腰が勝手に震える。樹に気付かれたくなくて、無理に押さえ込もうと頑張る。   「敏感なのもかわいい。先っぽ好きだろう? ほら、こことかさ。もっとしてあげる」 「ぅあっ……くっ、……」    先走ったものを塗り付けて、弱いところを的確に責められる。意地が悪い、と思いながら、昂った体は容易く翻弄される。もうすぐそこまで、限界が迫ってきていた。狭いソファの中、俺は夢中で両手を広げ、樹に抱きつく。髪に顔を埋めると、樹の匂いが肺を満たす。髪を口に含んでしゃぶると、樹の味が体全体に染み渡る。このまま絶頂へと駆け上がりたい。   「ちょ、ちょっと、待って待って」    なのに、あっさりと引きずり下ろされた。気持ちいい手が離れていって、口の中から髪の毛がずるりと抜けていく。涎でベタベタで、その一房だけ色が変わって見えた。    抱きつきたい体がどんどん離れていく。今まで覆い被さっていた温もりが奪われると切ない。亜麻色の塊を一生懸命追いかける。やっと捉まえ、指に絡めて安心したのも束の間、爆発寸前で放り出されたせいで限界まで研ぎ澄まされた神経の塊が、温かくてぬるぬるとした何かにすっぽりと覆われた。    手ではない。絶対に手ではない。手よりもずっと柔らかくて滑らかで、たっぷりと包み込まれる感覚がある。粘液を纏った柔らかい肉片が、先端をぬるりと撫で上げた。それが樹の舌であり、そこが樹の口の中だと気付いた瞬間、視界が白くスパークした。    何だって、口でなんてする必要があるんだろう。手でするだけで目的は達成できるのだから、わざわざ口でなんてしなくてもいいのに。毎日洗ってはいるけれど、それにしたって絶対綺麗なところじゃないのに。こいつの衛生観念はどうなっているのだろう。   「……悠李」    声に意識が引き戻された。樹が俺を覗き込んでいる。あんまり見ないでほしい。たぶん酷い顔になっている。白目を剥いていなければいいが。涙で霞んで樹の顔はよく見えない。頭もぼんやりする。酸素が足りていないせいだ。とにかく息を吸うことで精一杯。   「こっち」    弛緩した体を無理やり抱き起こされて、樹の膝に跨るように座らされた。太腿が震え、自力で座っているのも辛く、樹の胸にしな垂れかかった。いつの間にか樹の前も寛げられていて、そそり立つ肉の棒が腹の間で揺れていた。   「もっとくっついて」    腰を抱き寄せられ、樹の張り詰めたそれと俺の萎れたそれが密着する。達したばかりの今そんな風にされると、感じすぎて辛い。   「やっ、まだ……っ」 「悠ちゃんもオレの触って」 「ぁ、あ、……」    樹に導かれるまま、二人分のそれをまとめて握りしめる。俺の手の上から樹の手が被さってきて、俺の手ごと上下に動かし始めた。樹の手は大きくて温かくて、触れられるとほっとする。なのに、樹のそこは岩みたいに硬く、鉄みたいに熱くて、その熱で俺のものまで灼けてしまいそうで、その硬いので穿たれそうで、怖い。自然と腰が引けるが、その都度抱き戻される。    ぬるぬるの汁が止め処なく溢れてきて、いくら握りしめようにも手が滑る。どちらがどちらのものかももう分からないくらい、どろどろに混ざり合ってしまった。耳を塞ぎたくなる粘着いた水音が、樹の乱れた息遣いの合間に聞こえる。だけど、樹が余裕をなくす時、俺は初めて、こいつを征服した気分になれる。悪くない気分だ。もっともっと、俺を欲しがればいい。   「っ……悠ちゃんの手、気持ちい……」    樹の甘い声がくすぐったくて気持ちよくて、俺は夢中で、まだ生々しい歯形の残る首元に噛み付いた。    樹の手に力が入った。腰を強く抱かれ、耳を舐られる。樹も、俺と同じように口寂しいのだろうか。唾液がだらだら溢れてきて色んなところへ流れていくが、構いやしない。だって、もうそろそろ飛び立てそうなのだ。何もかもを置き去りにして、重力から解き放たれたい。   「ンぅ゛――ッ」 「くっ……」    どちらのものともつかない大量の温かい粘液に包まれる。腹の間が水浸しで気持ち悪い。なのに、樹の手はまだゆるゆると動き続ける。   「んぁ゛、は、やだ、やっ、もうむりっ……」 「だって、まだ終わりたくなくて……いい?」 「んゃ……む、りぃ……」 「ちょっとだけだから。ねぇ、悠李……」    意識が遠のく。忘れかけていたが、おやつの蒸しパンをまだ一つも食べられていなかった。

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