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第五章 深まる秋 図書館

 中間試験の結果が出た。一言で言うと、散々だった。前回の期末試験ではそれなりに健闘したのに、今回は一学期の中間よりもさらに酷い。平均点に届かない科目まである。これでは、廊下に掲示されるどころの話ではない。それもこれも、勉強に充てるはずの時間を、樹とのいかがわしい遊びに割いてしまったせいだ。それなのに、諸悪の根源である樹は、成績優秀者一覧表に余裕で名前を連ねている。腹立たしいことこの上ない。   「あれあれ? どこ行くんだい。アイス屋はこっちだぜ」    樹は駅前のショッピングモールを指して言うが、俺はスクールバッグを肩に掛け直した。今日は遊ぶつもりはない。今日だけでなく、しばらく放課後は遊ばない。   「新作フレーバー試してみようって、昼休みに話してたじゃないか。オレもうアイスの口になっちゃってるのに」 「一人で行け」 「えぇー、悠ちゃんが行かないなら行かないよ。つまらないし。っていうかこの道って、もしかして図書館に行くのかい? また勉強? 試験終わったばっかりなのに? 悠ちゃんは真面目だなぁ」 「うるさい。俺はお前とは違うんだ」    授業を聞いているだけで満点が取れるお前とは違う。男としての出来栄えも、悔しいけど、お前とは全然違う。何もかもにおいて、樹は俺の手の届かないところにいる。いつだって、俺は置いてきぼりを食う運命だ。    図書館に来るのは夏休み以来だ。あの頃はキンキンに冷えた冷房が一瞬にして汗を吸い取り体温を奪い尽くしたものだが、今日は屋外との気温差をあまり感じず過ごしやすい。広い館内は相変わらず薄暗く、敷き詰められたカーペットは独特のにおいを放つ。自習室には、受験生と思しき学生の姿がちらほらあった。    適当に席を取り、歴史の教科書を開いた。樹の授業中の様子は知らないが、俺はこのところ授業に身が入らず、基本的な教科書の内容さえも理解が追い付いていない。だからとりあえず復習から始める。    樹は長い脚を組んで俺の向かいに座り、小難しそうな科学雑誌を読み始めた。科学は俺も得意な分野だが、わざわざ最新の学説に目を通すほどの意欲も、時間的精神的余裕もない。学校で習う内容だけで十分だ。    樹は頬杖をついて、真剣な表情で紙面に目を落とす。しなやかな指がページを繰る。紙の擦れる音が響く。始めは乗り気じゃなかったくせに、驚くほど集中している。こういう時の樹の姿は、実にいい男ぶりだ。だけど、キスの時の表情の方がもっと……    俺は何を考えているのだろう。愚か者、と叱咤したくなる。ここへは勉強をしに来たのだ。樹のことなんか見ていないで、教科書を見なくては。でも、一度気になり始めると、どんどん思い出してしまう。思い出さなくていいことばかりを。    俺にキスを迫る時の方が、もっと真剣な表情をしている。キスの直後は、雄くさい色香と熱情、それと隠し切れない獰猛さを併せ持った表情をする。過去はどうあれ、今現在最新版の樹のそんな表情を知っているのは、きっと俺だけだ。そう思うと、得も言われぬ優越感と高揚感が満ちる。胸の奥がチリチリと焼け焦げるようだ。   「……悠ちゃん」    ゆっくりと、樹が視線を上げた。言い逃れできないレベルでばっちり目が合う。   「勉強するんじゃなかったのかい」 「……し、してる」 「そう?」    慌てて教科書に目を落とす。でもどこまで読んだか覚えていない。そもそもこのページを読んでいたかどうかも怪しい。無意識にページを捲っていたかも。   「悠李」    樹の手が、そっと触れた。沸騰したやかんにうっかり触った時みたいに熱くて、思わず振り払った。火傷したかも、と思って確認するも、もちろんそんなことはない。    ほんのちょっぴり触れられただけでこんな風に感じるなんて、俺の体は本当にどうにかなってしまったのだろうか。ほんのちょっぴり触れられただけなのに、心臓が異様な速さで胸を打つ。この心音と乱れた息遣いは、きっと樹に悟られてしまっただろう。そう思うとますます鼓動が速くなる。   「悠ちゃん……なんて顔してるの」    樹は、軽く溜め息を吐いて苦笑した。いや、苦笑とも少し違う。その瞳は確かな熱を孕んでいる。   「ダメだぜ、外でそんな顔しちゃ。勘違いされちゃうよ」    そんな顔って、どんな顔だ。そりゃあ、お前のような美男子ではないかもしれないが、他人に見せられないほど醜くもないぞ。というか、お前と比べたら世の男の大半はジャガイモだ。あまりに無慈悲だ。   「教科書、早く片付けて」 「は? なんで」 「帰るんだよ」 「なんでお前に命令されなきゃ……」 「ここでキスされてもいいのかい」    それは困る。困るが、少し魅力的に感じたのも事実で、余計に困る。他人に見られたいわけじゃないはずなのに、俺って変態なのかな。    俺がぼんやりしていたからか、樹が代わりにてきぱきと片付けた。俺の分までカバンを二つ持って、もたつく俺の手を強く引く。樹の手はやっぱりすごく熱かったが、さっき感じたよりはずっと優しかった。真冬に炬燵へ手を突っ込んだ時のような感じだ。じんわりと汗ばんでゆく。この手汗も、樹に悟られてしまったに違いない。だって、一本ずつしっかりと指を絡めているのだから。まるで鎖で繋いだように。    足を縺れさせながら引きずられるようにして樹の家に帰り、玄関を閉めるなり鍵も掛けず靴も脱がないままにキスされた。立ったままで壁に追い詰められ、膝が震えるがへたり込むことは許されない。腰を抱かれ、顎を掴まれて上向きに固定される。俺の知るキスの中でもかなり激しく強引な、貪り喰うようなキスだ。目が回る。   「んむ、……ふ、ぅぐ、ン゛……っ」    乱暴に舌を抜き挿しされて苦しくて、苦しいのに腰がびりびり痺れる。唾液をたっぷり流し込まれて口の端から溢れて、口周りがベタベタ濡れる。膝がガクガク笑ってしまって、自力では立っていられない。樹に支えられていなかったら、とっくに尻餅をついていただろう。   「ふぁ、ん、ンぅ゛っっ――」    股を割るように差し込まれた膝に刺激されて、俺は呆気なく達した。着衣はほとんど乱れていないのに、達してしまった。足下がふらふらして、気付くと地べたに尻をついていた。立ち上がろうとしても、まるで力が入らない。全くだらしのないことだ。キスで腰を抜かすなんて。    樹がしゃがみ込んで再びキスを迫るので、俺は力の入らない腕で拒んだ。   「べっと……ベッドがいい……」    靴を脱がされ、抱きかかえられて階段を上がった。ベッドにぶん投げられ、強引に口を塞がれる。舌を吸われ唾液を吸われて、声どころか息までをも樹に奪われる。余裕のないキスをしながら制服を剥ぎ取られ、ネクタイを毟り取られ、樹もまた、勢いよく制服を脱ぎ捨てて、スラックスを寛げた。   「悠ちゃん、悠ちゃ……オレの、口でして。おねがい」    お願い口調のわりには、ぬるぬるの先っぽで唇を抉じ開けられ、乱暴に突っ込まれた。直接嗅がされる雄のにおいがあまりにも濃厚で、くらくらする。口腔も鼻腔も、喉の深いところも、そして両方の肺までもが、雄のにおいでたっぷり満たされる。苦しいのか気持ちいいのか、よく分からない。    やっぱり苦しいかも。太くて硬いものが勝手に出たり入ったりするものだから、口を大きく開けっ放しでいなくてはならない。昔虫歯の治療をした時と似た感覚だが、歯医者さんでされたよりもずっとずっと荒々しい。顎が外れそうで、涙が滲む。酸欠で目が眩む。それなのに、そんなことはお構いなしに樹は腰を揺らす。   「ンむ゛っ、ぐっ、んぅう゛……っ」 「はぁ……悠ちゃんの中、あったかくてぬるぬるしてて、すっごく気持ちいい」    熱っぽい溜め息と共に、樹が呟く。   「ん……悠ちゃんのもしたい。いい?」    は? しなくていい。するな。だが、俺の拒絶が樹に届くわけもなく。ベルトを抜かれて下着をずり下ろされ、ろくに触られてもいないのに恥ずかしい液体でべったりと濡れてしまったそこを剥き出しにされた。恥ずかしくて泣きたくなる。   「あは、ちゃんと勃ってる……。オレの舐めて、よくなっちゃった?」    よくない。いいわけない。こんなの、痛くて苦しいだけだ。だが、俺の抵抗は意味を成さない。剥き出しにされたそこが、甘い粘膜に包まれる。強烈な快感が走り、俺は口の中のものを吐き出した。が、すかさず捻じ込まれた。   「ほら、悠ちゃんもしてくれなきゃ。お互いよくなろう」 「ゃ、は、むり……っ」 「大丈夫。ゆっくりするから」 「ぁ、んぐ……」    大丈夫なものか。口は樹に犯されて、下も樹に犯されて、もう訳が分からない。気持ちいいのと苦しいのと恥ずかしいのが綯い交ぜになって、頭がおかしくなる。縋り付けるものがなくて、樹の太腿に爪を立てた。    そもそも、この体勢は何なんだ。お互いのものを口でし合う必要なんかあるのか。普通に手でするんじゃダメなのか。この体位を発明した奴は、性に関して相当貪欲な奴に違いない。けれども、この体位を実践している俺の方がよっぽど……   「んぇ゛、っ」    俺はまたそれを吐き出してしまった。樹が何か文句を言うが、俺のを銜えているから何を言っているか分からない。唾液をたっぷり纏わせた肉厚な舌をねっとりと絡ませて、弱いところばかりを器用になぞって、先走ったものをわざと音を立てて吸い上げる。そうやって俺を責め立てながら、うまく腰を使って口の中まで犯そうとする。   「悠ひゃん、くち」 「やっ、も、むり……っ」    俺の方も必死に首を振って、その凶暴な肉棒から顔を逸らす。   「かっ、かむ、かんじゃう、からっ」    カチカチと歯を鳴らすと、樹は腰を引いた。   「それは怖いな」 「っ、だから」 「じゃあこっちでして」    手を取られ、握らされた。片手では収まらないくらいデカくて、グロテスクなほど血管の浮き出た、赤黒いそれ。脈打つ様子は漲る生命力を象徴するようだ。正直怖い。俺のものとは違いすぎる。こんなものが、さっきまで口の中で暴れ回っていたのか。   「悠ちゃん」 「あ、ぅ……」    直視できなくて、樹の太腿に顔を埋めた。雄のにおいよりも樹のにおいが強くて、少し安心する。自分でする時のように幹を扱き、先っぽを指や掌で撫でると、ピクピクと小刻みに震えた。反応があると、ちょっと嬉しい。    しかし、触る方にばかり集中してもいられない。悔しいけど、樹は結構なテクニシャンらしい。気を抜くとすぐ腰砕けになりそう。というか、横になっているから分からないだけで、たぶんもうなっている。三回は砕けていると思う。    目の前がチカチカしてきた。そろそろ昇り詰めそうだ。舌の動き、吸い方が一層激しくなる。我慢できずに腰を揺らすと、樹に押さえ込まれた。自由に動けないまま、強制的に高められる。   「んぅ゛ぅ……っ、んン゛っっ――」    樹の太腿に噛み付いた。筋肉質で硬い。でも、噛むほどに樹の味がして嬉しい。鬱積していた欲望を放つことができ、全身が悦びに打ち震える。    不意に、視界に影が差した。限界まで張り詰めた赤黒いあれが、俺の口に目掛けて飛び込んできた。上から押し付けるように奥まで突かれ、熱湯が喉を灼いた。鼻の方まで、つーんと痛い。昔プールで溺れた時の感覚と似ている。でも、あんなのよりずっと強烈だ。濃厚な雄の味が、脳を直接叩く。   「ゔぇ゛っっ」    解放されるなり、真っ先にそれを吐き出した。青臭くて苦くて、とても口に入れていい代物じゃない。ねとねとした味が、まだ舌に残っている気がする。咳き込んでみても、喉に絡んだのがなかなか取れない。    樹は、なぜか少し残念そうにしていた。そりゃあ、シーツを汚したのは悪かったと思うけど、いきなりあんなものを突っ込まれたんだからしょうがない。ちゃんと拭くから、許してほしい。      樹とのこの精子くさい関係について、俺はまだ名前を付けられずにいる。青臭くて苦いねばねばを食わされることになるなら、最初からアイスクリーム屋に寄り道すればよかった。と思うのに、でも、樹がこれを俺に食わせたかったのならそれでもいいかもしれないなんて、馬鹿げたことを考えてみたりもしてしまう。

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