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第14話

 すっかり乾いていた自分の服に手早く着替え、昨夜は使わなかったプール支度のバッグを持って急ぎクラブに向かった。スケジュール外の行動にも躊躇はなかった。今の貴弥はそこに何が待っているのかと、ただ胸をときめかせるばかりだ。    恭平に会いたい。早く会いたい。昨夜のことは、夢ではなかったと言ってほしい。ずっとそばにいると、もう一度聞かせてほしい。  彼が盗っていった人質は時計ではなく、きっと貴弥の心だ。  メモに書かれた通用口を入って更衣室に向かう。中は見事に無人だ。いくらインストラクターでも、休館日に勝手に施設を使ったりしていいのだろうかと心配になるが、彼ならどんなことでも魔法みたいに可能にしてしまいそうな気がした。 「お、来た来た。おはよう!」  いつものように歩行者用のコースから、向日葵みたいな笑顔で恭平が手を振ってきた。  胸が高鳴り、まともに目を上げられない。昨夜の口付けがその感触までリアルに思い出されて、貴弥の足はステップの手前で止まってしまう。 「昨夜はよく眠れたみたいだな」  いい雰囲気のところで寝入ってしまった貴弥に対する嫌味ではなく、心からの言葉らしい。  おかげさまで、と言うのも変で、 「あのベッドは、ぜひ採用した方がいいと思うよ。疲れが取れた」  などと、俯いたまま的外れな答えをしてしまう。相手が笑った。 「ご意見どうも。昨日あれで、水の感じが少し掴めただろ? てことで、あの感覚を忘れないうちに今日のレッスンだ」  期待していたわけではないが、もう少し色っぽい方向へ話が進むかと思っていたので、貴弥はキョトンとしてしまう。 「レッスン?」 「そう。今日は久しぶりに、タカ兄ちゃんと宝探しゲームをやろうと思ってさ」  そう言って恭平は、ここで、と手を回してプール全体を示した。いつもよりプールが広く見える理由に、今気付いた。コースロープがないのだ。普段頼りにしているものがなくなると、茫漠と広がる水面になんとなく不安を覚え足がすくむ。 「覚えてないか? 宝探しゲーム、昔やっただろ。公園の砂場でさ」  もちろん覚えている。 『10分だけ待っててね』と言って砂場に走る恭平を、貴弥はベンチに座って本を読みながら待つ。ちょうど10分経った頃、頬をリンゴみたいに真っ赤にした恭平が、パタパタと駆けて来る。貴弥の腕を掴んで、砂場に引っ張って行く。  恭平は10分の間に砂の中に宝物を隠している。貴弥がそれを掘り起こしてどれだけみつけられるかというゲームだ。わずか10分でよくこんなに隠せたな、と感心するほどいろいろなものが出てきて、貴弥はびっくりさせられる。  大人からすればつまらないビー玉とか綺麗なスーパーボールとかが、砂山の中から掘り出されると、とてつもなく貴重なお宝のように感じられてくるのが不思議だった。 「あんたの相棒は、このだだっ広いプールのどこかにある。いろんなお宝に埋まってるから、ちゃんとみつけてくれよ」  イタズラっぽく片目をつぶる相手の言葉にプールの底に目をこらすと、そこここにキラキラと光を放つものが散らばっているのが見えた。さすがに呆れた。 「全く、君ときたら……こんなことしていいのか? クビになっても知らないぞ」 「そしたら藤崎時計店で雇ってくれよ。なんだったら永久就職するわ」 「申し訳ないけど、うちは君に給金を払えるほど繁盛してないんだ」  大真面目に答えた貴弥に、 「あんたのその天然っぷり、ホント昔から変わってないな」  と、恭平は声を立てて笑った。 「じゃ、ゲーム開始だ。制限時間は30分。見事人質を救出したらご褒美があるから、がんばってくれよ。……よし、スタート!」

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