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第11話 浮かれていてもしょうがない

 森の中をゆっくりと進んで、家に帰ろう。  手にした灯で足元を照らして、木の根をよける。  振り向いて照葉の足元を照らしなおした。   「照葉」 「うん、ありがと」  本当は手を引いて歩きたい。  そこに照葉がいると、ちゃんと感じ取りたい。  けれど夜の森は暗くて足元が悪いから、二人分の荷物を持っている俺に残念ながら余裕はない。  照葉も杖をついて、転ばないように丁寧に歩くのに集中している。 「夜長」 「ん?」 「道に出たら、手を繋いでいい?」 「ああ」  小さなことだけれど、同じことを感じているのが、嬉しい。  森を抜けて荒れ地の中の行く、踏み固められた道にでた。  ここからは暗いながらも足元が安定する。  片手に灯を持って、片手を照葉に差し出した。 「うん」 「気をつけろ」 「大丈夫、ありがと」  森の中で歩きながら、時々交わされるのは、単語だけの会話だった。  足元が安定して手を繋いだことで、照葉がほっと肩の力を抜いたのがわかった。  こんな些細なことも、同じなのが嬉しいと思う。  手の中の照葉の体温も。 「最初は、悔しかったんだ」 「ああ」 「ついこの間まで、夜長と同じに動けていたのにって」 「そっか」  道々で話をしながら家路をたどる。  話すのは今までのことや、これからのこと。  こんなに穏やかな気分で家に帰るのは、多分、数年ぶりだ。  照葉を意識してからは、自分が揺れていて穏やかではなかったから。  他には何もない荒野のなかに、ポツと灯が見える。  あれが、俺たちの家。  灯を見つけて照葉が立ち止り、ふ、と小さく笑った。  子供のころ、まだ兄弟子たちがいて俺達が碌に手伝いもできなかった時分。  かつてそうだった時のように、師匠は家の中に火を入れて湯を沸かして俺達を待っていてくれた。 「ただいま戻りました」 「ああ……おかえり。何ともなかったんだな?」 「はい」  外套を脱いで手を洗い、持ち帰った荷をほどく。  その間に照葉は簡単に師匠の診察を受ける。  暖炉の前に座ったら、当然のように体を温める薬湯が差し出された。 「ありがとうございます」 「懐かしい……」 「ホントに、お前らは世話が焼ける。最後の弟子は最後らしく、もう少し俺に楽させやがれ」  最近部屋にこもりっきりだった師匠も、ホッとしたようにいつもの調子で悪態をつく。  暖かな部屋。  薪のはぜる音。  俺たちが薬湯を飲み干すと、容器を回収しながら当然のように師匠が言った。 「風呂、できてるから温まってこい。夜長、手伝ってやれ」 「え」  風呂?  一瞬師匠に何を言われているのか、理解できなかった。  風呂ですか。  照葉と二人で?  そりゃあ、今までだって照葉の調子次第では入浴を手伝っていたけど。  多分、さっきの診察で、師匠が今夜は手伝いがいるだろうと判断したんだろうけど。  俺かよ?  師匠じゃダメかな。 「や、俺はあとでいいです。先に食事の準備を……」 「今日はもういい。しといてやる」 「いや、でも……」 「お前も身体が冷えてるだろ。ついでに温めて来い。何だ、なんか問題でもあんのか?」  じろりと睨まれて、言葉に詰まる。  ある、といえばある。  ない……訳じゃないこともない。  想いが通じ合ってすぐで……あまりにもすぐで、照れてしまった。  それだけの話、なんだけど。 「なんだよ? 問題あるなら言え」 「いや……はい、ないです。すぐに入ります」  それでもまだ師匠に告げるだけの余裕はない。  ないよね、あるわけないだろう。  結局、風呂に追いやられて照葉を助けて湯を使い、二人で湯船に納まった。 「夜長……何でそんな隅っこ?」  風呂なんだから当然素っ裸。  なので俺は照葉に背を向けて、湯船の中でできるだけ身を離そうとした。  人がわざわざ、そうしているのに。   「気にするな」 「するに決まってんだろ」 「慮れよ」 「やだ」  照葉はわざと俺の背に寄り添おうとする。  ちゃぷん、と湯が波立った。  照葉の素肌密着とか俺の理性が焼切れる! と、湯から出ようとした瞬間に、風呂の外から師匠の声がする。   「おい、ちゃんと温まれよ。こっちはしといてやるから、変に気を遣うんじゃねえぞ。着替え、汗取りの分も置いておくから、湯冷めしねえようにしろよ」  何の拷問?  いたずらが見つかった時みたいな気分で、俺はしおしおと湯の中へ身を沈める。  そんな俺を見て照葉が楽しそうに笑った。  くそう。  それならそれで、開き直るまでだ。  照葉を抱き寄せて、俺の足の間に座らせた。 「夜長……」  振り向いた照葉が困ったように眉を寄せる。  ほら、困るだろ。  お前だってそうだろうし、俺だってそうだ。  気持ちが通じ合ってすぐに、裸で密着とか、身体は素直に反応するに決まってんだろ。 「だから言ったろ、慮れって」  そのまま、照葉の唇をふさいだ。  温かな湯の中で密着する素肌にあおられて、師匠に気づかれないように気を付けながら口付を交わす。  浮かれてる。  わかってる。  でも、照葉が無事で安心して、思いが通じて嬉しいのだから、しょうがない。 「夜長……もうだめだ、のぼせる」  真っ赤な顔をして照葉が音を上げたので、俺たちはそこまでで風呂から出た。

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