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第12話 さらりと告げられる
風呂から出たら、俺が途中まで作っていた煮物は、具材が少し小さく刻みなおされてシチューに化けてた。
師匠の作るシチューは、バターとミルクの入った優しい味のもの。
ここに来てからしか食べていないけれど、なぜか懐かしいと感じる。
とろとろに煮込まれたシチューとパンで、遅めの夕食になった。
食べながら、照葉の身体のことを師匠と照葉が話す。
俺はそれを聞きながら、照葉の身体のことが心配になる。
本人は少し疲れて休んだだけのつもりだったと、今回のことを言っている。
けど。
疲れやすさは、昔からだし今までだって俺が気付かなかっただけで、ちょっと休んだだけのつもりなのに時間がたっていたってことは、あったのかもしれない。
「師匠、仕事の割り振り、変えちゃだめですか」
俺は二人の話が途切れた時に、そう言った。
帰る道々話した時にも、照葉に言ってはみたけど、以前それで師匠を怒らせたからと照葉は嫌がった。
けど、思いが通じた今となっては尚更、俺が嫌だ。
照葉がどこかで一人で倒れているなんて、考えただけでもぞっとする。
照葉の身の安全を一番に考えて、何が悪い。
だから師匠に、材料を採取に行く仕事と薬を作る仕事に分けたい、そう告げた。
「ああ、いいんじゃねえの?」
「はあ?」
「え?」
以前に叱り飛ばされてけんもほろろに却下されたから、言葉を選びながらおそるおそる告げた俺に、かえってきたのはあっけない返事。
いつもと変わらぬペースで食事を口に運びながら、あっさりと師匠は言いきった。
「……でも、師匠、以前にお伺いしたときには、けんもほろろでしたよね?」
「お前ら、前回なんて言ったのか覚えてねえのか? 理由が『したくない』だったんだぞ? 『したくない』! そんなもん、あたりまえだ。子供みたいな我儘、聞き入れるわけがない」
「はあ」
「今回は違うんだろ? きちんとお互いの状態を見て、お互いの特性を活かすための選択だ。だったらそれを俺がどうこう言うのは、おかしな話じゃねえか」
にやり、と師匠が笑う。
ここしばらく閉籠りきりだった人とは、思えない人を食ったような顔。
「ついでにな、俺からも話がある」
「はい?」
「なんですか?」
「お前たち、独立諦めろ」
……はああぁぁぁ?
かしゃん、と俺の手から匙が落ちた。
照葉も驚きを隠してない。
「どういうことですか?」
「無理だろ。どう考えたって、お前ら他の奴らみたいに、完全に一人での独立はきついだろ」
あっさりと師匠はそういう。
「……それは、俺の身体のことがあるからですか」
凍りついたような顔で、照葉が言った。
照葉にはキツイ材料の採集作業。
けど、問題は照葉だけじゃない。
俺にはどうやっても師匠や照葉みたいに、客が納得する見た目や味の薬が作れない。
わかってる。
独り立ちは、キツイ。
「違う違う」
してはいけないことをした時や、危険のある時、師匠的にダメだと思った時はものすごい勢いで叱り飛ばされるけれど、照葉や俺がものわかりが良くないとき、師匠は怒らない。
困った顔をして笑う。
面白くてバカにして笑っているんじゃない。
俺たちのバカさ加減が、愛しくて仕方がないんだと、言う。
今も、そんな顔をして照葉を見ていた。
「一人ずつの独立は無理じゃねえかと思うけど、二人なら大丈夫だろ。お前ら、二人でここを継げ」
「二人で、ですか」
「そうだ。お前たちも考えてたんだろ? そのための役割分担じゃねえのか?」
「そうです……けど」
いつの間にか止まっていた食事の手。
師匠は手振りで食事を続けるように、という。
「お前たちもそろそろ、見極める時期だとは思っていたんだ。他の奴らにもそうしていたように、な。知識を伝えるのも、ここで終えるか、先へ行くか。方向はどうするかってことも含めて」
俺達には今のところ、呪い師の基本中の基本しか教えていないのだと、師匠は言った。
兄弟子たちの中には、それこそ魔法使いの入り口まで足を踏み入れている者もいるし、医者の方向に向いたものもいるし、この段階で独立を許したものもいると。
「これから夜長には徹底して原材料のことを教えよう。そのうち行商にも連れて行く。栽培できるものは栽培の方法もだ。俺の知る限りの、素材を手に入れる方法を伝える」
「はい」
「照葉、お前には、薬のことだけじゃなくて身体のことを教えよう。怪我の治し方や病の手当てをだ。そこいらの医者にも負けないほど詰め込んでやる。覚えることは山ほどあるぞ」
「望むところです」
師匠の言葉に照葉が頷く。
嬉しそうな……けど、とても真剣な顔をして。
「お前たちが呪い師として出来が悪いわけじゃねえよ。ただ、その方がお前たちにとっていいだろうっていう判断だ。……わかるな?」
確認する師匠にもう一度頷いた。
それを見て師匠も小さく笑ってくれた。
別に多くを語るわけじゃない。
だけど、伝わってくる。
大事にされている、その感じ。
「ああ、それから。今夜からはお前ら、手前の部屋で寝ろな」
「はい?」
「手前……って、昔使ってた?」
「そうそう、二人部屋」
さっさと食べ終わって、食後の一服を吸いながらあっさりと師匠が口にする。
一緒に風呂に入れっていう指示といい、さっきから、ものすごくものすごーっく、師匠に試されてる気がするのは、俺の気のせいか?
「俺は明日からちょっと遠出するから、留守を任せる」
「し、師匠?」
試されてる。
やっぱり、試されてる!
そう思ったのに、師匠の口から出たのは、思いもよらない言葉だった。
「照葉……あのな、千草が死んだそうだ」
ちくさ?
食卓越しに照葉の顔を見たら、呆然としていた。
「千草さん……? 嘘……」
「真朱が逝ってから、気力が萎えていたようだからな。まだ若いとも思うが……よく、生きたとも思う」
「いつですか?」
「知らせが来たのは、ひと月ほど前だ。お前らのこれからと考えあわせていて、知らせるのが遅くなった」
「いえ……」
ひと月前。
ちょうど師匠があまり部屋から出てこなくなった頃。
照葉と師匠の顔を見比べていたら、照葉が俺に言った。
「前の『日の塔』の長が真朱さまで、千草さんは従者をしていた人だ。俺が塔にいたころに、世話になった」
ゆるりと煙を吐きながら、師匠が呟いた。
「こうやって、どんどん、取り残されていくんだよなぁ……」
呪い師は人の理から零れ落ちる。
知っていたこと。
けれど、こうして目の当たりにすると、複雑な気持ちになる。
「ま、そんな訳で、俺はちょっと『賢者の森』に行ってくる」
「はい」
「二人きりだと思って、盛んなよ」
「ほあ?」
「ぅえ?」
照葉と二人、思わず変な声を出してしまった。
「絶対無理だからな」
「し、師匠……なに……なにを……」
恐る恐る師匠を見たら、にやにやと楽しそうな顔。
「今夜から、照葉は熱が出る」
「何の予言ですか!」
「薬は用意してやるから、ちゃんと飲めよ」
「師匠!」
「冗談じゃなく。今、関節が重くなってきてるだろ。さっきそんな感じに身体がこわばってたぞ」
「はぁ……」
「早めに飯食って薬飲んで、寝ちまえ。そのうち悪寒がしてくるから」
「わかりました」
っていうか。
「師匠……あの……」
盛るなって言われた。
ってことは。
気が付いてる?
やっぱり俺、試されてた?
どう言おうかと口ごもったら、ふふん、と鼻で笑われた。
「気が付かねえわけ、ねえだろ。俺はお前らの“親”だぞ? 余計なこと色々と考えてたんだろうけどさあ……いいんだよ。お前らが幸せだと思うなら、それでいいんだ」
今夜は工房の方で明日からの準備をすると、俺たちの食事がすむと師匠は早々に出て行ってしまった。
「熱が出たら汗は出るから水分補給な。ただ、風邪じゃないから無理に汗をかかせることはねえ。冷やさないように気をつけろ。手に負えないと思ったら、工房に呼びに来い」
あっさりとそう言って出ていく背中。
試すようなことを言って、からかうように笑って。
幸せならそれでいいんだよって。
それだけ、さらりと告げられた。
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