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第17話 照葉の日記 4

某月某日 留守番  別に留守番が初めてな訳じゃない。  けど、こんなに長い時間は初めてだ。  少しさみしい。 *****  行動は六分目。  食事は八分目。  師匠が寝込んでいる時、オレによく言う言葉。  なので、薄曇りの今日は早じまい。  看板を下ろして、工房を閉めて、家に立てこもってしまおう。  一人になって、三日目。  オレは一人に耐性がないんだと思い知らされる。  夜長が口うるさく言っていなかったら、きっと、食事もせずに布団にもぐりこんでいた。  あれだけ念を押して行ったのだ、帰ってからあれこれ詮索されることがすごく簡単に想像できるから、できるだけ食べるけど。  夜長のことだから絶対に、帰ってきてまずすることは、食料庫の中身の確認に違いない。  オレがちゃんと食べていたのかを、確かめるに決まってる。  自分のことよりオレのことばっかりだ。  何をさておき、オレのことを大事にしてくれる。  そういうところが好き。  早じまいにはしたものの手持無沙汰になってしまった。  普段は忙しくて整理することもできないから、資料を突っ込んでいる部屋の整理をしよう、そう思い立って、部屋に入る。  資料の部屋、と呼ばれている部屋には、この家が建ってからのいろいろな書付が残されている。  師匠の師匠が書いたものや、師匠が若いころに書いたもの、それから兄弟子たちがおいていったもの。  夜長やオレの書付に、師匠が書きつけている各弟子たちの成長記録。  一見雑に突っ込んでいるように見えたけれど、一応は師匠も整理していたらしい。  棚を見ていけば、名前ごとになっているのがわかる。  棚の中はぐっちゃぐっちゃだけど。  自分の名前の貼られた棚に置かれている帳面を並べ直す。  書付をいくつか見直して、これは誰にも見られたくないなって、捨てるものを抜いた。  夜長の棚の帳面を手に取って、ぱらぱらとめくっていくと、オレの名前がそこここに記されているのに気が付いた。  オレが体調を崩したの日の天気と行動。  食べたもの、様子。  対処の仕方。  とか。  バカだなぁ。  こんな風に残したら、バレバレじゃないか。  ホントに、夜長はどうしようもない、バカだ。  これで師匠に対して、オレへの気持ちを隠していたつもりなんだから、大バカだ。  自分の研究のことよりも、オレのことばっかりじゃないか。  不覚にも涙が出そうになって、慌てて帳面を元の場所に置いた。  ついでに、上下をそろえて時系列順にする。  中身を確認しだしたら面白くて読みふけってしまいそうで、時間がかかりそうなのに気が付いた。  とりあえず見た目を整えることにしよう。  兄弟子たちの棚を次々と整えて、師匠の棚を整えて。  一番量が多くて場所をとっている、師匠の師匠の棚に手をのばす。  棚の目につかないところの、一番奥。  隠されるようにその箱はあった。  記されているのは、見知らぬ名前。  けれど、紙の上に記されたその文字は。 「師匠の、字……?」  『雪城』そう書き込まれた名前の帳面は、まだ幼い文字で書かれた記録。  それから、殴り書きの続く研究資料らしき紙束。  一番最後に出てきたのは、開封されていない手紙だった。  表面はたくさんの水のあとでぼこぼこになってしまっていて、宛書は読めなくなっている。  差出人は『初瀬』。  研究資料の中に、何度も出てきた名前。  多分、師匠の師匠。  師匠は読めなかったんだ。  残された最期の手紙を、どうしても読むことができなかった。  捨てることもできなくて、たくさんの思いと一緒に、ここにしまいこんでおいたんですね。  どうしようかと少し迷ったけれど、そのまま戻すことにする。  部屋の整理をしたことに気が付いたら、取り出すかもしれないから、オレからは渡さない。  夜長のことバカだなあって思ったけど、仕方ないか。  だって師匠の弟子だからね。  子は、親に似るっていうし。  だからきっと、オレもバカなことしてるんだろうなぁって思いながら、捨てるつもりで取り出した自分の書付を、元の場所に戻した。  いつか夜長が気が付けばいい。  そうしたら、泣くかな。  オレがそうしたみたいに、バカだなぁって笑うのかな。  愛しい想いで、笑ってくれたらいいな、そう思うんだ。  

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