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第2話 雨の国
空高く伸びた木々に囲まれた、雨の多い国、レイニャスト。生活圏には太陽の光がほとんど届かず、じめじめとしていて昼でも薄暗い。ここに住む生物は、"ヨロイキボウ"という、大きく丈夫で、酸に強い植物の中で生活している。ある一部の地域を除いて、レイニャストに生えている木のほとんどは、このヨロイキボウだ。硬い幹になんとか穴を彫り、その中で守られて暮らす生活様式は、かつて酸の雨に苦しみ、鉛の海に殺された生き物たちの、なんとか生きたいという声を感じさせる。
「大丈夫かシーザ、あまり顔を出すなよ」
キュ、と分かっているのかいないのか分からない声でシーザは鳴く。空模様を気にしつつ、ロンは手紙の中に入っていた写真と風景を見比べながら、森の中を進んだ。湿った地面は歩きづらく、少し歩くだけですぐに苔や蔦に足を取られてしまう。その上、人工的に設置された腐りかけの木の板も、踏み場所を間違えれば一瞬で折れてしまいそうだ。ロンは一歩ずつ、慎重に森を歩いた。
太い蔦の絡み合ってできた橋の上を通りかかったとき、ロンはノロノロと歩く魚人を見つけた。雨の多いこの国には、当然水場も多い。そこに住んでいる者だろう。
「……もし、水の方。この方をご存知ありませんか」
魚人はゆらりと顔を上げた。ロンは一枚の写真を差し出し、そこに写っている男を指差した。
「……うん? ……ああ、ツォゼフ師匠だろうでな」
「ツォゼフ」
「そうだろうで」
魚人は、訛った言葉でそう言った。どうやら高齢の男性らしく、声は低く嗄れていた。彼は頬の鱗をぽりぽりかきながら、ロンのことをまじまじと、物珍しそうに見た。
「お前、ツォ師匠のところへ行きたいのか」
「ええ」
「ああ……それなら、地図出しなって」
ロンは言われた通り地図を広げた。
「ツォ師匠の家なら……ああと……この地図なら……、ここだろうでな。今はここだが。……が、お前一人で行くのかい」
「ええ」
「……ああ、ああ。それなら、気をつけなって……」
男は、ぎこちなく笑った。それから、またゆっくりとした動きで橋を渡っていく。
ロンは地図を頼りに、太いツタを歩いて登り、腐りかけの木々を踏みしめて進む。やっとのことでたどり着いた小さな集落は、どの家もボロボロで、生き物の気配もなかった。
集落を奥まで進むと、他の家と比べてもいっそう古い一軒の家から、何かを引きずるような、かすかな音がした。ロンは立ち止まり、小さく息を吐いてから、その家の扉を叩いた。
扉はすぐに開いた。五センチメートルほどの狭い隙間から、薄橙色でやや湿っぽい肌が見えた。
「もし。昔、ここにニンゲンは来ませんでしたか」
「……ああ、いらっしゃったか……」
扉を完全に開いて顔を見せた生き物は、ロンを見て黒い目をぱちぱち瞬かせた。彼の下半身はナメクジに似た形状をしており、足と呼べるようなものはない。扉にかかっている手も触手状で、しかし顔だけはニンゲンに似ていた。どうやら、彼はニンゲンと何か別の生き物の混血らしい。彼は、ロンの顔をまじまじと見つめて、二度頷いた。
「……お前の言うニンゲンというのは、つまりノアロのことだろうかな」
「そ、そうです。ご存知で?」
「ああ……彼には世話になったもんで。私はツォゼフ。……どれ、上がっておいきなって」
「そんな、よろしいのですか?」
ツォゼフはゆったりと頷き、ドアから顔を出して右へ左へ振った。
「……うん。もうじき酸の雨が降るだろうでね……、ニンゲンは外に出ないほうがいいだろうがな」
「酸の雨が降るかどうかがお分かりになられるのですか?」
「早く入りなって。……ニンゲンは弱いだろうでな」
ツォゼフに手招きされて、ロンは体を屈めて中へ入った。部屋の中は、ジメジメとしていて暗く、外から入ってくる光以外に、明かりもなかった。
「……そこ、お座りなって……」
「ありがとうございます」
ロンは椅子に座ると、ツォゼフを目で追った。彼はゆったりと部屋の中を這い回り、何かを持ってロンの前に座った。
「……ノアロはなぁ……、よくうちに寄っては、面白い食べ物を置いていっていたんが……」
ツォゼフは机の上にコップを並べると、そこに新鮮な水を注ぎ入れた。現代において、透明な水が見られるのは、ここ、レイニャストの周辺地域と、目的地のロストシティ近辺くらいである。かつては生命の母とも呼ばれた海の半分以上が、ヘドロの塊と化してしまった現代において、水は極めて貴重な資源である。
いくらレイニャストとはいえ、水は高価だ。ロンは、コップを差し出してきたツォゼフに深く頭を下げ、それを受け取った。
「それでよく、『先生』とやらの話をしていたんが、先生とはつまりあんたのことだろうな」
「……彼の口から出る『先生』は、確実に私ですね」
ツォゼフは一つ瞬きして、目を伏せた。
「そうだろうでな……。写真を毎度見せられた……、あんたの顔を、ひと目見てわかるくらい」
ツォゼフは水を一口飲んで、静かな声で呟いた。
「……気になっとったが……ノアロがここへ来なくなったから……」
その時、開いていた窓から、ぼたぼたと重たい雨が降り込んできた。驚いたロンが振り返る。先ほど彼の言った通り、本当に、酸の雨が降り出したのだ。
「ああ、ああ、窓今閉めるが。危ないでな、離れなって」
ツォゼフは酸の雨をものともせずに、窓を閉めて机に戻ってきた。
「……ニンゲンは、雨にも負けるくらい弱いのに、どうして旅なんかするのだろうかな……」
そう呟いたツォゼフの声は寂しげで、また、どこか悔しそうにも聞こえた。
「……私にも、分かりません」
ロンは言った。
「…………ははは、同じ生き物でも分からんのか? ノアロはやっぱり変わってただろうがな!」
「……アイツくらいですよ。この身体で、こんな世界を旅しようなんて阿呆なニンゲンは」
「はっはっは、ニンゲンじゃなくて、ノアロが阿呆だったのか!」
彼はゆっくりと笑い声を上げる。
「がなぁ……どうにもかわいくて仕方なかったでな……。ノアロは、俺の人生の癒やしだったが……」
ツォゼフは俯いて、か細い声で言った。
「そうか……死んだだろうがな、ノアロは……」
ロンは、何も答えず、ただ逃げるようにコップの水を一口飲んだ。ツォゼフは、静かに微笑む。
「……先生は、飯はノアロと同じで良いだろうかな?」
「よ、よろしいのですか」
「ノアロの話が知れてよかったでな……、遠慮すなって」
ロンは小さく笑みを溢した。
ツォゼフとロンは、それから夢中になってノアロの話をした。ツォゼフはノアロのことを、たまにやってくる野生の生き物のようだと言って笑った。
日が暮れ、夜が更けて、朝が近づいた。たらふく話を堪能してから、二人は寝床に入った。
ロンは、外から入ってくる光の下で、ノアロが送ってきた写真を眺めた。レイニャストの写真で目立つのは、やはり、ツォゼフの姿だ。ノアロが一人で写っている写真を撮ったのも、おそらく彼だろう。ノアロの表情が、「先生」である自分に向けるものとよく似ていた。
「…………ノア」
写真を指先で撫でながら、ロンは呟いた。笑顔の彼は、今にも飛び出してきそうなほどに活き活きとしている。
一枚の写真を持って、ロンは仰向けに寝転がった。この家の中で撮られたものらしく、先程までロンがいた部屋に、ノアロと、家主のツォゼフが大量の料理を並べて立っている。裏返せば、「旅の師匠みたいな人」と書き記されていた。
「…………ノアロはやっぱり、死んでるかな、シーザ」
チチ、と鳴きながら、シーザはロンにすり寄ってくる。ロンは腕をおろして、胸の上で手を組んだ。
「……それでもいいはずだったんだ……、死体の回収だってやるつもりだったんだ」
ロンは少し身じろいで、シーザを自身の方へ引き寄せた。
「……受け入れられるとは限らんだろう……なぁシーザ」
心と理性が乖離する。本当は、分かっているのだ。彼が生きてなどいないことは。だから、自分は跡追旅行をやっている。
――けれども、この旅の先で、またノアロに会える気でいる。例えば、足を失くして帰れないだけではないかとか、ロストシティが気に入って、そのまま住んでしまっているのではないかとか。
「……はは、だったら俺は旅に負けたってことか? …………それはありえないな」
ロンは呟いた。分かっているくせに、言い訳ばかり繰り返して、自分はこの上ない愚か者だ。
しかし、愚かでこそ、我々ニンゲンなのだと、ロンは目を閉じた。
窓台に腰を掛け、ノアロは街を眺める。二人の住む、ブレウィズという街は、生き物が多様であることで有名だ。大きさも見た目も性質も違う生き物たちが同じように生活できているのは、ブレウィズの街が澄んだ水と空気を持ち、どんな生き物も過ごしやすい環境であることと、独自で図書館や学校、研究所などを持つ、教育水準が高い街であることが理由だと言われている。
そんな街で、多種多様な生き物の往来を窓から眺めることが、最近のノアロの趣味らしい。
「こうして見ると、この街もやっぱりいい所だな」
ノアロは呟く。ロンは、ノアロが土産に持ち帰ってきたハーブティーを飲みながら、青い髪が風になびくのを見ていた。
「そうだろう。もうこの街にずっといたらいい」
「色々なところを巡るってのはいいもんだよ、先生。この街の良さを改めて感じられるんだ」
それらしいことを言って、ノアロは床に飛び降りる。それから、ロンの隣にすとんと座った。
「先生も旅をしてみたらいい。きっと分かるよ、この自由とスリルのもたらす満足感!」
「……きっと俺には分からない」
ロンは呟いて、カップに口を付ける。ノアロはほんの少しだけ微笑み、ソファーに深く座り直した。
「なあ、先生、『跡追旅行』って知ってるか?」
「……俺のことを誰だと思っているんだ」
ロンはじとっとした目で、ノアロを見る。それから、いつも誰かにものを教えるときのように、自慢げに言った。
「旅人文化の一つで、死んだ旅人の恋人が、その旅人の旅路を追う旅のことだ」
「その通り!」
大きな声でそう言って、ノアロはにこっと笑う。
「太古の文化なのに、よく知ってたね、先生」
「……百年に一人くらいはやってるから、そんなに昔の文化でもないぞ」
「そんなことまで知ってるんだ」
ノアロは、嬉しそうににやにやと頬を緩ませて、ロンの顔を覗き込む。
突然、ロンはノアロの胸ぐらを掴み、彼の身体を引き寄せた。驚いてぽかんと開いた口に、優しくキスをする。ノアロは何も理解できず、ただ唖然としてロンを見ていた。
「…………先生?」
「……なぜ、跡追旅行の話をした?」
ロンの声はいつもよりもやや低く、まるで怒っているようだった。ノアロは目を幾度も瞬かせて、何でもない顔をして言った。
「先生が、やってくれたらいいなぁと思って」
「お前は俺より先に死ぬつもりなのか?」
ノアロはまた目を瞬かせてから、今度は見開いて固まった。問うたロンの瞳が、不安に満ちて揺れていた。
「……分かんないや」
「死なないと言え」
「分からない」
ロンは、歯を食いしばって思い切り左手を振り上げた。それは、確かなロンの怒りを持って、勢いよくノアロへ振り下ろされる。
「…………先生がそんなに怒るところ、俺初めて見た」
ノアロは、淡々とそう言った。ロンの左腕は、ノアロを傷つけることなく、彼のすぐそばで脱力し、黒い瞳からは涙が溢れた。
「……先生?」
ノアロは囁く。その体を全て覆い隠すように、ロンはノアロを抱いた。
「…………俺は、お前が好きなんだ…………」
ロンの口からこぼれた言葉は、まるで懺悔のようだった。
「……俺のことを置いていくつもりか、ノア……」
ロンに抱きしめられて、ノアロは目を伏せる。ロンの手は、縋るようにノアロの服を掴んだ。
「旅に行くななんて、そんなことは言わないから……頼むから、せめて、俺を……、俺を置いて、いかないでくれ……」
ノアロの灰の瞳は、青い睫毛に隠される。ロンの背をゆっくりと撫でながら、ノアロはしばらく無言で、一人何かを考えているようだった。
「……俺は死んでも先生を退屈させないよ。一時も俺のこと忘れさせない。先生を、置いていったりしない」
ノアロはそう言いながら、ロンの身体を抱きしめ返した。
「…………約束は必ず守るよ」
ロンは力なく首を振り、項垂れていく。身体を離し、更に左手でノアロの胸を押し返した。
「俺は……、死ぬなって言ってるんだ……」
「守れない約束はするなって、先生いつも言うじゃないか。……でも、俺が先生を置いていくことは、絶対にないよ。俺は、先生が死ぬまで、先生の心を掻き回し続けて、先生の心の側にいる。必ずそうする。だって、今そう約束した」
「無茶苦茶なんだ……。お前はそうだ、いつもそうなんだ……」
「そうだな、俺は先生に甘えているんだ。……先生は俺を分かってくれるって思っているから」
ノアロは笑う。狡くて、残酷で、誰よりも愛おしい。幸せを求めて、この青く美しい鳥に、手を伸ばしてしまう。
「……なぁ先生。……先生か旅か、選んでほしい?」
ロンは顔を上げる。その目を丸く見開いて、彼はノアロの顔を凝視した。
「俺は、選べるよ」
ノアロは落ち着いていて、そこにはいつもの無邪気や無茶苦茶はなかった。まるで大人のような顔をして、ノアロはそこに座っている。
ロンはしばらくの間黙り込んで、それから、首を振った。
「……選ばなくていい」
ロンは言った。
「俺のために、お前が捨てなくていい。……無理をして、大人のフリなんか、するんじゃない」
ロンはノアロの右手を掴み、ぎゅっと痛いほど握った。
「俺は、ノアロが好きなんだ」
ノアロは、少し泣きそうな顔をして微笑んだ。
「……先生って馬鹿だなぁ…………」
きっと、彼はもう、本当に選べるのだろう。自分が、ただ一言、「選べ」と言いさえすれば。ノアロはもう、子どもではないのだから。選択すること――我慢や諦めを、本当は知っているはずなのだから。
けれど、自由の鳥を手の内に閉じ込めて殺すことは、誰にも許されていない。
いくら馬鹿だと言われようと、自由に空を飛ぶ彼を見上げ、その眩しさに目を細めるとき、ロンは確かに、彼を好きだと感じるのだった。
「……酸の雨が降る前は……ヨロイキボウの葉の表皮が固くなる。こう……葉がむちっとするが」
ツォゼフは、ヨロイキボウを指差しながら、小さな声で言った。湿った土に埋もれている腐りかけの木の板を踏みしめ、ゆっくりと地下へ降りていきながら、ロンは興味津々に頷いた。
「……なるほど、それで見分けられるのですか」
「がなぁ……、初心者には、見分けがつきにくいだろうがなぁ」
「いえ、大変貴重なお話です。……ありがとうございました」
「礼はいいでな」
大きな虫が、頭の先で光を出しながら飛んでいく。光に引き寄せられた羽虫が、その虫の口の中へおさまる。
道を脇に逸れ、二百メートルほどの高さがありそうな大木の枝を渡り、今度は暗い洞窟を進む。しばらく暗闇の中を手探りで歩いていたロンは、突然目の前を満たした光に驚いて、思いっきり顔を上げた。
「……先生、あれが、"ターミナル"だが」
「……ぅ……わぁ…………」
ロンは、目を見開いて、手すりから身を乗り出した。
太陽光の一切差し込まない、鬱蒼とした木々の下、そこには活気溢れる大きな駅があった。木々の根の間を縫うように設置された、入り組んだ線路。草木の絡まった建造物。飛ぶ虫の光とは違う、人工の光が人々を眩しく照らし、汽笛と生き物の声がそこかしこから聞こえる。
ロンは手すりに体重をかけて、感動のままにさらに身を乗り出す。その瞬間、手すりは真っ二つに折れてしまった。
「うわ!」
「……っとと、危ないでな……」
ツォゼフはロンの身体を右腕ですいと支えた。
「……ああ……すみません……」
「ふくくく、ノアロは貴方に似たんだろうかな……」
腐りかけの手すりから手を離し、ロンはじっとターミナルを眺めた。二十近い線路が入り組み、多種多様な生き物が、大きさも形も様々な汽車へ乗り込んでいく。色とりどりの汽車はおもむろに動き出し、各々の旅へ出る。
ここには、酸の雨が降らない。何千年もかけて育った木々が、生き物と建物を、酸の雨から守ってくれているのだ。そのため、このターミナルは多くの路線を持っており、世界的にも大変重要な場所になっている。
「……素晴らしい……」
ロンの瞳が鮮やかに煌めく。ツォゼフは、何かを懐かしむように目を細めた。
「……じゃあ、あとはここをまっすぐに降りていくだけでな」
「ありがとうございました」
「……いいでな。お幸せに。…………ノアロによろしく」
ツォゼフはにこりと笑って手を差し出した。ロンは、ゆっくりと右手を持ち上げて、その手を握る。
「ええ。……では、お元気で」
ロンがそう言うと、ツォゼフは頷いた。握る手に、わずかに力がこもった。
「ああ……お元気で……」
旅人を送り出す言葉は様々ある。無難なもので言えば「またいつか」「どこかで」などだ。どれも、いつかの再会を約束するような言葉である。
あるいくつかの言葉は、旅人において深い意味を持つ。例えばこの「元気で」というのも、その一つだ。
ツォゼフは、いつまでも、その去りゆく旅人の背を見つめていた。
ロンは階段を下りきり、ターミナルの入口へ着いた。懐から財布を取り出す。
「……スティミューラまで。ニンゲン一人と、コイツで」
ロンはシーザを指さして、金を差し出した。駅員は、きょとんとして首を傾げる。
「ニンゲン? ニンゲンが、何しに森を通るんです?」
「旅へ。人を追っているんです」
「へえ……、珍しい話で。ニンゲン……ニンゲン……。ああ、ニンゲンはもう少し待ってもらわにゃなりませんよ……、特殊小型生物線は月に三本ですでな」
「具体的には、どの程度待てばよろしいですか」
「……ふむ……あと五日くらいですね」
「分かりました。では、それに乗せてください」
ロンは切符を受け取ると、それを財布に入れて、また懐に戻した。
「……そういえば、昔、ここからよく旅に出ていたニンゲンの旅人がいましたねぇ」
駅員が、ぼんやりつぶやく。ロンははっとして、すぐに胸ポケットから写真を一枚取り出した。
「ソイツはもしかして、こんなニンゲンじゃありませんでしたか」
「ああ、そうそう。青い髪の……。珍しい奴で、たまに大型生物線にも乗りたがりましたね。早く行きたいからと」
「ああ、やりかねない……」
「……最近は見なくなりました……、どこで何をしているのでしょう」
駅員はぼんやり呟いた。ロンは胸に写真を戻して尋ねる。
「このそばに、ホテルのようなところはありませんか」
「特殊小型生物線の横のところに、小型生物用のヤドノキホテルがありますで……そこで休んでいかれると良いかと」
駅員はそう答え、にこりと笑った。
ターミナルの中は、娯楽施設から宿泊施設まで、何でも揃っていた。ロンはふらふらと寄り道しながら、特殊小型生物線と書かれた看板を辿る。だんだんと人通りがまばらになり、明かりの数も減ってきた。不安になりながらたどり着いた先には、大きな木が一本と、その前に受付の生物がいた。
この大きな木は、"ヤドノキ"と呼ばれる植物だ。ヤドノキの中にはいくつかの空洞があり、ニンゲン程度の大きさの生き物にとっては、部屋くらいの大きさがある。ロンたちの暮らしていたブレウィズの住宅といえば、これを改良したものが多い。ロンは我が家を思い出し、早くも懐かしいような気持ちになって、少し笑った。
ロンは受付を通り、ヤドノキを登る。受付から二つ上の階の部屋に通された。中は狭いが、ベッドと、人一人が十分に暮らせるスペースがあり、奥にはトイレとシャワーも付いていた。
ロンは早速シャワーを浴びて、ベッドに転がった。シーザが、主人の顔周りに擦り寄ってくる。
「ふふ、お前、腹が減ったんだろう」
ロンは起き上がると、リュックサックを開いた。シーザは部屋中を駆け回り、時折扉を身体でこじ開けようともする。
「……シーザ、危ないぞ。お前はここでは本来食材だということを忘れるな」
ロンが声をかけても、シーザはロンの周りで飛び跳ねるばかりで、言うことを聞かない。抱き上げると、するりと抜け出してロンの身体をはいまわった。
「…………なんだ、こら……なんなんだもう……」
ロンはくつくつ笑った。シーザを捕まえて、自分の膝の上に置くと、餌である木の蜜を指先に乗せて、彼女の前に差し出した。右手でシーザの背を雑に撫でながら、ロンは写真を眺める。
「明日は……ほら、ここに行こう。……おそらくターミナルの北側だろう。きれいな写真だ。俺も見てみたい」
ロンは写真を目の高さまで持ち上げて、わずかに微笑んだ。
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