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第6話 谷の底

 「シーザ、ここは空気がきれいだな」  プキュイ、と小さな声で鳴いて、シーザは顔を出す。強い風が吹いて、ロンたちを乗せたリフトを揺らした。  ロンとシーザがいるのは、とある森の上空だ。一つ前の乗り場までは、安全に配慮されたロープウェイが出ていたが、途中からはリフトしかなく、ロンたちは危険生物にいつ食べられてもおかしくない状況で、のんびりと空を下っていた。 「見ろ、シーザ。あれだ、ヴァレイ村」  シーザが、指をさされた方を向く。ロンは彼女の頭を右手で撫でた。 「……ほら、あの塔、ノアロの写真にあっただろう? 森の木に隠れてわかりづらいが、きっとそうだ」  シーザは、暫く村の方をじっと見つめていた。しかし、このどこを見ても緑ばかりの景色に飽きたのか、するするとロンのポケットに入り込んでしまった。話し相手のいなくなってしまったロンは仕方なく、一人で壮大な谷の景色を眺めた。  「……もし、お尋ねしたい」  ロンはリフトを降りると、すぐに村人に声をかけた。村人は振り返り、ロンの顔を見て目を見開いた。 「ニェンゲン! ドラァジォドネェ」 「……もし?」 「ドラァ……ジォ、ドッ、ネェ」 「……参ったな。この村……本当にロスティカジン語しか使わないのか」  ロンは思わず苦笑を浮かべた。ポケットから、一枚の写真を取り出して、彼に見せる。写真には、塔の前に立つノアロと、生き物が二人写っていた。 「……ゼオデラさんを知りませんか」 「ン? モォ、アッ、クァ」 「ゼオデラ……ゼ、オ、デ、ラ」 「ゼオデラ……?」  村人は首を傾げる。もう一度ロンが口を開こうとしたとき、彼は突然手を叩いた。 「ロー! ジィエオゼェラ!」 「ジィ……?」 「ジィエオゼェラ! ニェシオン、ニェンゲンドクトァー!」 「ニンゲン……博士……?」  村人はロンの腕を掴む。 「フィコイテェ!」 「わ、えっ、は!?」  ロンは彼の言葉を聞き取れないまま、腕を引っ張られ、村の奥深くへ連れて行かれた。目の前にある蔦の絡んだ大きな建物は、上空から見たあの塔だ。 「ジィオ!」  村人はドアをドンドン叩く。扉を開いてにゅっと顔を出したのは、先程の写真に写っていた、若い半獣人だった。  この半獣人は花人との混血らしく、頭からは動物の耳と花の生えた短い角を生やし、髪の毛の隙間や茶色い皮膚からは美しい花を咲かせていた。手足には焦げ茶色の毛が生えていて、やや丸っこい尻尾と耳が可愛らしい。 「貴方が、ジィエォ……ええと、ゼオデラさんですか?」 「ニンゲン……」  彼はキラキラと目を輝かせて、ロンの手を掴む。あまりに強く握られて、右手に鈍い痛みが走った。 「ははっ! ニェンゲン、来た!」 「え、ええと……」 「おれ、ジィエオゼェラ!」  彼はぱっと笑みを浮かべ、そう言った。どうやら、ゼオデラで間違いないらしい。 「ジィエオ……ゼーラ?」 「ロー!」  ゼオデラはパチパチと手を叩く。ロンは自分を指差して、彼に目線を合わせた。 「俺は、ロン。クロバロン……です」  拙いロスティカジン語で、ロンはそう言った。 「ロン……?」  ゼオデラは首を傾げ、それからぱっと笑った。 「ノーア! ノーアロー!」 「そう! そうです、ノアロ、ノアロの……!」 「ロー……。ロン……センセイ」 「……騒がしいと思ったら……」  突然、長い(ひわ)色の髪の男が、二人の前に現れる。腕を組み、少しキザな立ち姿で、男は顔を傾ける。 「ロン……ですって?」 「…………貴方は?」 「リービ、ニェンゲン、ドクトァ!」  ゼオデラはそう叫び、両手を広げて彼の方へ指先を向ける。男は微笑んだ。 「……知識の探求者が、こんなところへよくいらっしゃいましたね……」 「ずいぶん……流暢なブレウィジン語ですね……」 「ブレウィズの出身です、ロン先生。……私がこの言葉を使っていたのは、貴方の生まれるよりもうんと前ですがね。……私はリヒ。ここの人たちが言うように言えば……リービ」 「リヒ……」  美しい髪と、身体から生える花。どうやら彼は花人らしい。しかし、今までロンの見てきた花人とは違い、花は咲きっぱなしで、身体中を埋め尽くすように、びっしりと生えている。 「……言葉が通じなくてお疲れでしょう。どれ、少し休んで行かれては」  リヒはそう言って、塔の扉を開いた。  塔の中にはガラクタのようなものが色とりどり散乱しており、小さなトリやネズミの姿も見えた。階段を上り、通されたフロアには、大きな机と、それを囲むように四脚の椅子が並んでいた。 「どうぞ、お好きに座ってください。今飲み物をゼオに頼みますから」  リヒはそう言って、側へやってきたゼオデラに何か耳打ちした。ゼオデラは、リヒの耳のすぐそばで威勢のいい返事をして、キッチンへかけていった。ロンは椅子に腰掛ける。リヒはロンの反対側に座った。 「言葉が通じないのが、こんなにも大変とは思いませんでした」 「ここは特に酷いでしょう。閉鎖的な村ですからね」  リヒは言った。確かに、この街で使われているロスティカジン語は、今まで学んできた、一般的なものとは少し違うように聞こえる。 「貴方には、一度お目にかかってみたかったのです。……しかし、なぜこんなところへ?」 「……実は、あの馬鹿な男から、手紙が届きましてね。迎えに来てくれ、と」  苦笑をこぼしながら、ロンはそう言う。リヒは頷いた。 「なるほど。どちらまで?」 「ロストシティです」 「ああ、かなり古い自然がそのまま残る辺りですね。ノアロがよく行っていた街だ」 「そうです、アイツの……好きな街です」  リヒは頷く。ロンの声には、まるで妬んでいるかのような色がついていた。 「先生、ロスティカジン語は?」 「……ええと……文法と簡単な単語程度なら。使ったことはもちろんありませんし……、聞いたのも、今日が初めてです」  ロンは苦笑を溢した。リヒは納得したように頷き、部屋の入り口に立っていたゼオデラに手招きした。 「……なるほど、だからノアロは、貴方をここへ寄こしたのですね。この先でブレウィジン語も話せる生き物は滅多にいませんから」  リヒは、ゼオデラが持ってきたカップをロンに差し出した。カップの中の水には、赤い色がついている。 「ご存知だったようですが、この子はゼオデラといいます。私の……弟子のようなものです」 「はい。ノアロが書き残してくれていたので、名前だけは。……しかし、貴方の名前を書いてくれていれば、失礼もなかったのに」 「はは、お気になさらずに。ノアロが私でなくこの子の名前を書いたのは……おそらく、私の名前の発音が難しいからでしょうね。『リヒ』じゃ通じませんし」  リヒは苦笑を溢した。この街の発音は少し独特で、ブレウィズで生まれ育ったロンには、真似をすることさえ難しかった。例えば、「リービ」の「リ」の音には、頭に「グ」に似た音がついている。いくら正規の文法と単語を必死に勉強していようと、方言には通用しない。ロンもお手上げである。  ロンはカップに口をつける。ほのかに甘い香りがして、渋みのないすっと透けるような味がした。 「おいしい」 「それは良かった。ここの水は少し味がついていますから、誤魔化すためにこういった茶葉や果物を入れるんです」  ロンは中身を一気に飲み干した。リヒが、クスクスと笑う。 「先生は紅茶がお好きなのですね」 「……ああ、すみません、おいしくて、つい」 「いえ、構わずに。ブレウィズじゃ、珍しいタイプですね」  ブレウィズでは、ほとんどの生き物がお茶ではなく水を飲む。ブレウィズの水は新鮮であるため、そのまま飲んだほうが効率的だからだ。いちいち面倒な工程を踏んで、ティータイムを楽しむ生き物などいない。しかし、ロンは紅茶を好んで日常的に飲んでいた。 「……だから、ノアロはお茶好きだったんですね」  リヒは鶸色の髪の隙間から緑色の瞳を覗かせた。 「だから、というか……逆かもしれません」 「逆?」 「ああ、いや、失礼。なんでも」  ロンは苦笑を浮かべた。リヒは首を傾げる。その時、シーザがポケットから飛び出して、窓枠によじ登った。 「あ、こら、シーザ!」 「はは、外が気になるんですね。…………どうです、お話がてら、村を一緒に回りませんか」 「よろしいのですか。ぜひ、お願いします」  ロンの返事を聞いて、リヒはにっこり笑った。  二人はシーザを連れ、階段を降りる。 「……そういえば、『自由旅行記』を読みましたよ。良い書き物でした」 「ああ、ありがとうございます」 「旅に行くだけ行って、夫に旅行記を書かせるとは、ノアロらしいといえばらしいですが……」 「はは、私が頼んだんですよ」  その言葉に、リヒは不思議そうに首を傾げる。 「……あの頃は、アイツの功績を分かりやすくすれば、もっと身体を大事にするかと、ほんの少し思っていたんです」  ロンは俯く。それから、困ったように笑った。 「でも、アイツはそんなものでは変わらなかった。……私が浅はかだった。……しかし、書いているうちに、私もだんだんと、楽しめるようになりましてね。彼の話を録音して、何度も繰り返し聞いて……。そうしていると、なんだか、心が少しは安らいだように感じたものです」 「そうして、貴方は彼を待っていたんですね」  リヒは微笑む。森の木々のざわめきを感じながら、二人は村を歩いた。  ブレウィズの昼下がり。ロンは授業の資料を確認しながら、シーザの背を撫でていた。子どもたちの前で、王様の如く膝上を陣取る彼女は、毛並みを滑らかにして寝息を立てている。 『……な、もう話していい? わかった』  ジリジリと掠れた、ノアロの声。ロンは一度瞬きをして、ソファーにもたれかかった。 『今回の旅は、砂漠に行ったんだ! 地面も空も砂まみれで、ほんと、方角もわかんなくなっちまうようなところでさ』  ロンは目を閉じる。楽しそうに話すノアロの声。彼の口から出る話は、どんな話でも面白く聞こえた。 『はじめは、ほんと、何にもなくてつまんねぇところだったよ。焼き殺されるかと思ったしな! あそこの真ん中にあった機械人間の街もつまらなかった。……けどな、その近くのディザーディラって街を通ったとき……』 「先生、町長様がご相談……って、またアンタ、ノアロの録音きいてるのか?」  ドアを開いて家に入ってきたのは、竜人のレイジアだった。ロンは彼のことをちらりと見て、身体を起こす。 「いいじゃないか、レイジア。お前が損をするわけでもなし」 「はぁ、好きだねぇ先生は」  レイジアは呟いて、頭を掻く。ロンはネズミたちをすべてネズミ部屋に戻して、扉を閉めた。 「……まぁ、今回は長いな、あの遊び人は」 「面白い街を見つけたんだろう。前もそうだった」  落ち着いた声で、ロンはそう言った。レイジアは変な顔をしながら、ロンに持ってきた封筒を手渡す。ロンはソファーに座って、中身を一通り確認しながら、口を開いた。 「……確かに受け取った。それで、なんの用事でここに?」 「町長様がご相談だと。外交の件でなんちゃらって」 「ああ、分かった。場所と日時は?」 「忘れた」  レイジアは、堂々と返した。このくらいの内容を忘れてしまうことは、竜人には珍しくもない。ロンは特に何も言わず、封筒を机の上に置いた。 「ああ、分かった。俺が今から行って確認してこよう」 『先生、スナキリンを見たことあるか? あれはものすごく凶暴なんだ!』 「……ロン先生、それを消してくれ。ノアロの野郎がここにいるみたいでイライラしてくる」 「はっはっは、相変わらず嫌いだな、ノアのことが」  ロンは笑う。レイジアは、ロンのことがちっとも分からないという顔をした。ロンは低い位置で括っていた髪の毛を解きながら、ゆっくりと立ち上がる。 「シャワーを浴びたらすぐに出るから安心しろ。役所か外で待ってても構わんが」 「じゃあ役所にいるよ」  レイジアはそう言って、家の外へ出ていった。ロンは上着を脱いで、ソファーの上に置く。風呂場の前で服を全て脱ぎ捨てて、扉を開けた。  機械から流れるノアロの声を聞くべく、扉は開けたまま、ロンは蛇口をひねる。浴槽の中へ降ってくる冷たい水は、すぐにお湯へと変わった。 「……邪魔だな、この髪も」  ロンは、腰の辺りまで長く伸びた髪を握り込んで呟く。 「いっそノアのように綺麗な青なら、この伸びた髪を見るのも面白かろうが」  独り言を呟いて、くつくつと笑う。しかし、ほんの少しの楽しい気持ちも水と共に流れ落ち、風呂場はすぐにしんと静まり返った。 『スナキリンとリュウグウキリンの違いは、多分エラだよ先生。リュウグウキリンは、元々水の中の生き物なんだろう? スナキリンは、形は似てるけどエラはなかった。ねぇ、先生、スナキリンのエラは退化したのかな? それとも、リュウグウキリンが進化したのかな?』  ノアロの楽しそうな声が、機械から流れている。自分が笑顔で彼の話を聞いていたことが、よく分かる。 「……ノア、もうなんだかつまらんよ」  ロンは呟き、浴槽の中で縮こまる。頭上から降ってくる水粒に、窒息させられてしまいそうだった。 「……先生」  突然、手元に影が落ち、自分のもとに水が降ってこなくなった。ロンは顔を上げる。 「どうしたの、お腹痛い?」  ノアロが、降ってくる水からロンを守るように、ローブで彼を覆っていた。水が、ノアロの服を伝って、浴槽の外に落ちていく。 「…………ノア」  ロンは柔らかく微笑んで、ノアロの首に抱きついた。ノアロがふらついて、床に膝をつく。浴槽から身体をめいいっぱい伸ばし、ロンは彼を抱きしめた。 「遅かったじゃないか」  ロンの声は、ほんの少し震えていた。 「……ご、めんなさい……。今回……そんなに長かった……?」 「二年を短いと言うのなら、お前の首をこのままへし折ってやる」 「に、二年!?」  旅に出ていた本人が、驚いて、かなり珍しい大声を上げた。ノアロは苦笑を溢したり申し訳無さに唇を歪ませたりしながら、自分を抱きしめるロンの腕に手を当てた。 「……先生、とりあえず服を着てくれよ。外で待ってるから」 「分かってる。もう少し」  ロンはノアロをさらに強く抱きしめる。 「…………先生、服が濡れちゃうよ」 「どうせ洗うんだ、関係ない」  ノアロの上着を脱がし、床に放る。薄着にされたノアロは、ばつが悪そうに目を逸らした。 「……ははっ、疲れてるみたいだな、ノア」 「………元気なんだよ」  ノアロは服が水に濡れるのも気にせずに、身を乗り出し、ロンにキスをした。服も床も水浸しにしながら、ノアロはロンの身体を浴槽に閉じ込める。気が付いたときには、ロンはノアロに押さえつけられて、浴槽から出られなくなっていた。 「ま、待て。町長に呼ばれてる、行かなければ……」 「知らない。俺のが大事だろ?」  ノアロの瞳が、熱に揺らめいている。  ロンは目を瞬かせる。少しなら。少しくらいなら、待っていてはくれないだろうか。ロンはノアロの頬に手を伸ばす。ノアロは、浴槽の中へ転がり込んだ。  「……っ、ん……、ン、は……」 「はぁ……は……っ。先生、むこう向いて」  ノアロは青い髪から水を滴らせながら、ロンの肩を掴み、ぐっと浴槽に押し付ける。 「ン……あ……っ、はぁ…………」  ノアロは達したばかりの性器を小さな動きで挿抜した。自分の中で、少しずつ形を持っていくものを感じて、ロンの背が、仰け反ったり丸まったりと、焦れったそうに動く。 「は、あ……ぁ……っ、ノア……、終わり、だ……。も、時間がない、から……」 「……時間がない? 今の先生の時間は俺のものだろう」 「わかっ、た……、分かったから……退いてくれ……」  ロンは左手でノアロの身体を掴む。押し返そうとしたが、後ろ向きに押さえつけられた身体では上手くいかなかった。 「もう十分だろう……。帰っ、てから……構ってやるから……もう……っ」 「嫌だ」  ノアロはロンの腰を掴み、先程吐き出した白濁液をかき混ぜるように性器を打ち付けた。卑猥な水音を立てて、性器はロンの腹を抉る。 「あッ、あ……ッ! ……バカ……っ、だめ、だって……!」 「先生……」 「だめ、だ……っ、俺、今から……ッ!」  ノアロの指がロンの背筋をなぞり、腰を滑って性器のすぐそばをくすぐる。直接的でない刺激が脳を揺さぶり、欲望と熱が身体の奥から湧き上がった。 「待……ッ! イく、それ……っ、やめ、ろ……!」  ノアロはロンの性器を緩く握り込み、ゆっくりと刺激した。溢れる精液を塗りたくるようにして、手を滑らせる。 「イく、イ、く……! だめ、だ……って、あッ、あぁ、いく、イぐ……ッ」  ロンの身体はびくびくと跳ねて、手は空を握りしめる。酸素を求めて口を開いても、息をする度に快楽が押し寄せてくる。 「イく、イ…………ッ! は……、あ、あ……っ」  ノアロは、精液を吐き出したロンの性器を緩やかに扱き続ける。 「あッ、あ……ッ、ぁ…………ッ」  ロンの口は小さく喘ぎ声を漏らし、押し寄せる快感を逃そうと悶えた。ぴくぴくと痙攣する内壁に密着したノアロの性器は、また再び動き始める。 「待っ……! や……っ、待て、いま……ッ」  ロンは目を白黒させ、思わずノアロの身体を掴んだ。 「い、ま……ッ! ゔ、ン……ッ、あ、あ、だめ、ノア……っ。だ、め……ッ」  内壁はきゅっと収縮し、ロンの身体は狂ったように何度も跳ねる。ノアロは性器から手を離して、ロンの腰を掴んだ。 「あ゙、あ……ッ、あ、とまっ、て……ッ、イっ、ら……、おわっ、て……ッ、いかな、きゃ……、ノアロ、ノア……ッ!」 「う、ん……? 行かなくていい、よ……、行かなくていい……」  興奮からか、ノアロの声は異様にふわふわとしていた。 「ばか……ッ、これ、か、らぁ……っ! あッ、あ……っ、ぅ……、う、やく、しょ……っ、レイジア、が……ッ」 「分かったってば。もういいだろ、人の話は」 「あ、あ゙…………ッ!」  打ち付けられる欲望が、容易くロンの最奥まで届く。ロンは涙と水滴に半分溺れるように喘いだ。 「ノ、ア……ッ、ノアロ……! あ゙ぁ、あ……ッ! のあ、ノ、ア…………ッ!」  ロンはバスタブの縁をぎゅっと掴む。彼の性器からは白い欲望が力なく吐き出され、濡れた足が滑った。ノアロは肩で呼吸をしながら性器を引き抜いて、浴槽の中でへたり込むロンの口元を掴む。 「は……、何……」  ノアロの手は、そのままロンの頭を無理やり捻って、彼に横を向かせた。ノアロは、ロンの口に噛み付くようなキスをする。遠慮も配慮もなく、ただロンを貪る。ロンの背はびくびくと跳ね、彼の後孔からは白濁液が溢れ出た。 「……ぁ……、待て……、出……っ、ノア……ロ……」 「は……っ、は…………っ。もう一回、先生」  獣のような目をして、ノアロはロンの右手を掴む。 「待て……ッ、まだ……!」 「もう一回……」  ノアロはロンの腕を引き、向かい合わせに膝をつかせた。薄く笑ってこちらを見上げるノアロの髪が、解けて流れる。 「先生」  ノアロに微笑まれ、ロンは思わず腕を伸ばした。  抱きしめておかなくては。繋がっていなくては。彼が、また旅に出てしまわないように。いなくなってしまわないように。  ロンは、快楽と酸欠にふやけた頭で、ノアロの上にまたがった。自分を貫かんとする、欲望を受け入れる。 「あぁッ、あ……ッ! 当たる……ッ、あだ、る……ッ! 奥、が、あぁ、あ、おく、おぐ……ッ!」  ロンの爪が、ノアロの背を引っ掻く。その痛みに、ノアロが、恍惚と笑った。 「……は……ッ、先生……先生……ッ」 「あぁ、あ……ッ! い、く……、イ、ゔぅ、イく……ッ、いぐッ、の、あ…………ッ! あ……、あぁ…………ッ」 「先生、もっと俺の身体傷つけて……ッ、先生……ッ、先生の印を、先生の……!」 「嫌……ッ、嫌だ、ノア、嫌……ッ、ぅ、ゔ……っ」 「……はは……泣かないでよ先生……」  ノアロはロンの目元を指先で拭う。ロンは快楽を逃すすべを失って、苦しそうに俯いた。 「あ゙、ゔ、う、いく、イぐ……ッ! あッ、あ、ノア、ノア……ッ、イく……っ、イく、イ…………ッ!」 「…………ン、は……。うん、そう……先生……ぎゅっとして……きもちいい……」 「あ、あ゙……ッ!? ノア……、ノアロ……!」  ぼんやりと視界が白む。立て続けに与えられる快楽で、身体の感覚が麻痺していく。熱に、のぼせる。 「……の、あ……ッ、あ、……あ…………ッ」  身体を揺さぶられながら、ロンの意識はすっと落ちていった。  「…………だから、俺が悪かったって言ってるだろ?  お前の説教はくどいんだよレイジアさん」 「何度だって言わせてもらう! お前はロンをちっとも大切にしてない!」 「だぁから、ごめんなさいって! もういいだろ?」 「…………何の話をしている」  ロンは掠れた声で尋ねる。目を開くと、部屋にはノアロと、機嫌の悪そうなレイジアがいた。 「……先生!」 「ノアロは後だ。このネズミが……。レイジア、悪かった、待ってただろう」 「そうだ! アンタはノアロに甘すぎるぞロン!」 「…………すまなかった。町長は?」 「呆れてらっしゃった。ノアロが来るといつもこうだ、と」 「……悪かったな、明日行くよ。伝えておいてくれ」 「はいはい。じゃあな」  どうしようもない奴だと呟いて、レイジアは家を出ていく。ロンはゆっくりと起き上がり、頭を掻いた。 「…………ノアロ」 「ご、ごめんなさい先生……」  ノアロはしょげて小さくなる。 「……っとに……! 俺が意識飛ばしたのが分かんなかったか?」 「分かってた……」  けど、とでも続きそうな声音で、ノアロはそう言った。 「お前はほんとに、何回も何回も……! あの後どれだけ俺の身体を好き勝手揺さぶったんだ? 大概にしろ!」 「……だって、先生が俺のことを……!」 「誰がここまで許したんだ! ……はぁ、お前はほんとに…………」  ロンはどこもかしこも痛む身体をなんとか動かして、ゆらりと両手を広げた。 「ほら。俺はまだ、お前におかえりも言っていない」  ノアロは目を見開いて、それからおとなしくロンの腕の中に収まった。 「…………先生、ただいま」 「……おかえり、ノア」  ノアロはロンの身体を強く抱きしめて、小動物のように擦り寄った。ロンの匂いをめいいっぱい胸に吸い込んで、またぐりぐりと頭を押し付ける。ロンの頭を引き寄せ、少し腫れた口に優しくキスをした。それから、指先をロンの腹に滑らせる。 「……おい、またやる気かこの……ッ」  くたくたのロンの身体は、ノアロの力で簡単にベッドに戻される。ノアロは彼に乗り上げ、熱に蕩けた瞳で見下ろした。  この美しく、燃えるような瞳の前では、ロンは無力だ。ロンはノアロにされるがまま、その欲望を受け入れ、満たし合った。  「ノアロといえば、彼は純粋なニンゲンなのですか?」 「え?」  村の中心までの道を歩きながら、不純な思い出に浸っていたロンは、慌てて顔を上げる。 「彼は、ニンゲンらしくないところがあるでしょう。どちらかと言えば……獣にでも近いような」  リヒの言葉の真意をはかりかねて、ロンは黙り込んだ。 「ほら、まるで大きな鳥のような。思わず見上げてしまうような男でしょう」 「あ、ああ……なるほど……」  何かバレてしまっていたかと、ほんの少しひやっとした。ロンはほっと胸を撫で下ろす。  しばらく歩くと、小さな村が見えてきた。ツリーハウスのような家々が立ち並び、建物の素材は木材ばかり。まるで森と同居しているような空間だ。 「ドクトァ!」  遠くで、こちらに気づいた青年たちが手を振る。リヒは手を振り返した。 「そういえば、貴方も博士なのですか」 「はは、ええ。まあ、私は古い生き物ですから……、貴方のように知識そのものを追う、今現代で言う『博士』ではなくて……、ニンゲン的文化を専門にしている、いわゆる『専門家』ですが」  リヒはそう言った。 「ですから、貴方とノアロの『自由旅行記』は非常に興味深かった」 「……それは、ますます光栄です」  ロンは恥ずかしそうに呟いた。  村の中心部まで行くと、村の生き物たちが、色とりどりの装飾を、村の至るところに取り付けていた。この辺りの家は、どこの家も、扉に何やら十字架のような形の飾りをかけている。 「……先生、興味があられますでしょう」 「あ、ああ……すみません……つい」 「ふふ、本当に『探求者』なのですね。……あれは妖精よけです」 「妖精ですか」  妖精とは、植物でも動物でもない、変わった肉食生物である。虫の突然変異種とも言われているが、詳しい生態はほとんど分からない。かなり賢く、面白いものが好きな性格で、主に森に生息し、群れを作って生きる。手が六本生えていたり、羽が生えていたりと、その姿は種類が多く、謎めいている。 「もうすぐ、妖精を巻き込んだ村の祭りがあるのですが、妖精たちはそれを待ちきれないようで、時々この辺りの家を荒らしに来るのです。……あの十字架のかかっている家には入ってはならないと、彼らも理解しているので、あれをかけていれば、妖精の被害を防ぐことができます」  リヒの説明を聞き、ロンは興味深そうに笑った。 「……妖精は十字架が嫌いなのですか?」 「いやいや、きっと約束を守っているんです」 「約束ですか。それはかなり……賢いというか……、不思議な奴らだ……」 「ふふ、楽しそうですね、先生」  リヒはくすくす笑った。 「あ、そうだ。あの子たちはノアロのことをよく知っていますよ。子どもの頃に、よく遊んでもらっていましたから」  リヒはそう言って、祭りの準備をしていた男たちを呼び集めた。 「こちらはロン。ロン先生です。あのノアロの旦那様ですよ」  リヒはロスティカジン語で、ロンにも分かるよう、ゆっくりとそう言った。すると、彼らは目をキラキラ輝かせて、ロンの腕を握り、何か早口で言った。リヒが短い言葉を返して、ロンを振り返る。 「……はは、彼、『二ヶ月後の祭りに参加してほしい』と言っていますよ」 「え、祭りに?」 「難しければ構いませんが……、言葉の勉強をすることもできますし、いかがですか?」  ロンは顎に手を当てて考える。それから、眉をひそめて腕を組んだ。 「…………二ヶ月後か」 「祭りには、この森の妖精たちが参加します。祭りの後、彼女らが暴れ疲れて眠っているうちに出立すると、妖精の被害が最小限で済みますよ」  リヒは微笑み、ロンとまっすぐ対峙した。 「跡追旅行を急ぐことはありませんよ。ノアロはきっと、貴方に自分と同じ楽しみを味わってほしかったんだと思います」  それを聞いて、ロンはリヒを見る。それから、ほんの少し笑って、目を伏せた。 「……そうだな、そうしよう。あれだけ待たされたんだ、少し待たすくらいで丁度いい」  リヒと村人は、顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。

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